こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士~前世殺し合った勇者と魔王ですが、偽装恋人はじめました~

1,デートの前に

「わああ。やってくれると思っていたけど、リュートは女の子になってもすごく可愛いね。今までどうして隠していたの? 僕だけの妖精さんだから?」

 アイネは両手を胸の前で組み合わせ、目を輝かせて言った。

(やってくれると思っていた、ってなんだよその自信と信頼は。俺はお前を殺した元魔王だぞ)

 胸の中クリティカルなことを毒づきつつも、声に出すことはない。
 リュートは無言のまま、少しだけ頭痛を覚えて額を手でおさえた。
 繊手。長く細い指。血管が透けるほど色が白い。
 正面に立ったアイネが、その手に手を添えて、自分の胸元に引き寄せつつ甘く囁いてくる。

「指輪の一つでもしようよ。僕が買うから。このまま一緒に城下で買い物をしようね。せっかくだから可愛い服たくさん買わないと。ああ、指まで食べたいくらい可愛い」

 手に頬を寄せてきたので、本当に食べられるかと思った。

「アホか」

(お前こそなんだよ。汗臭い男に紛れてその綺麗すぎる肌やばいだろ。絶対悪目立ちしてる)

 そんな本音も、もちろん口にはしない。

 ――女の子になってほしい。

 打ち明けられた翌日、アイネが非番だというので、朝から宮廷魔導士リュートに与えられた宮殿片隅の私室に招いた。
 あらかじめ性別を変えた人間型で待っていたら、見た途端に飛びつかれて、顔にひっかけていた黒縁眼鏡は奪われて、喜色満面で全身眺めまわされているのであった。

「この部屋から灰色のローブを着て出たら、何かの拍子にリュートと妖精さんが同一人物ってばれちゃうかも。女の子の服持ってないかと思って、用意してきて良かった」

 ぶかぶかのローブに埋もれていたら、白のドレスと赤いフード付きのケープを渡されて……。

「赤ずきんちゃんになれと。この俺に」
「声まで可愛い。なんなのそれ、僕を悶え殺す気?」

 少しばかり高い位置からのぞきこまれて、リュートは俯いて顔を逸らした。
 女性型をとることがあまりなかったせいで、どうしても習熟が足りずにやや幼い姿になってしまうのだ。見た目はせいぜい十代半ば。
 男性型は二十代前半かそれ以上には見えるはずだし、身長もぐっと高いのだが、今はアイネに見下ろされる程度のサイズ感である。

 アイネは女性としては平均以上の身長であるが、男性型のリュートよりも頭ひとつ分小さい。普段、ガタイの良い近衛騎士たちに混ざっているとどうしても飛び抜けて小柄に見える。
 そのせいもあってか、現在のこの「騎士と小柄な女の子」の身長差にやけに機嫌をよくしているようにリュートには見えた。

(アイネからは、俺が男のときも顔が良いとはずいぶん言われていた気がするけど、女のときはさらに容赦なく褒め殺してくるな。もしかして、こいつは女性を愛でるほうが好きなのか? 気持ちは完全に男というか)

 王子の求婚を全力で嫌がっていることから考えても、その可能性はある。

「早く着替えちゃってよ。今日はいっぱい遊ぼう」
「着替えてって……。まずお前はどこかへ行け。最低限、後ろを向いていろ」
「なんで? 男同士だろ。そんなの、近衛騎士隊では誰も気にしないよ?」

(気にしないのかよ!? 普段どうやって生活してるんだよ、お前、男の目の前で普通に着替えてるのか!? よくそれでバレねーな!!)

 本人には言えない。
 どっと疲れた。

「あのな……。お前が構わなくても、俺は構うんだよ。一応いまのこの姿は、女装じゃなくて本物の女性の体なんだ。お前のような若い男にじろじろ見られたくない」
「僕が襲うとでも?」
「襲……っ、いや、そこまでは言ってない。ただ遠慮しろと言っているんだ」

 ぶつぶつと言うと、ふっと笑われた。唇が魅惑的につりあげられる。
 そのまま、至近距離まで顔を寄せてきて、低めた声で囁かれた。

「そもそも自分はどうなの? つまり魔法で女性の体になれるとして……意識は男のままなんだよね? 自分の女性の体についてどう思う?」
「興味がない」

 リュートは人間ですらないのだ。男だろうが女だろうが、知ったことか、である。
 気のない反応続きであることを察したアイネは、ひらっと手を振って背を向けると、ドアの方へと歩いていく。

「ここにいる。女の子の服の着方わからなかったら、聞いてね。手伝っちゃう」

 肩越しに振り返って、にこりと笑いかけてきた。
 非番ということもあって、アイネの服装はとにかくチャラい。着崩した白のシャツに、草色っぽいスカーフを首から緩く結んで垂らし、革の小物入れや鎖のじゃらりとついたベルトや布を巻き付け細い腰をカバーしている。遊び人風の男装だ。

(女の恰好なんてもうずーっとしてないくせに……。なんで服の着方なんかわかるのかね)

 その話題に触れる気はないので、リュートはローブを脱ぎ、用意されたドレスに袖を通す。
 打ち合わせたわけでもないのに、アイネが想定した「小柄な女の子」とリュートの女性型はぴったりだったようで、無理無く着こなすことができた。
 最後に赤のケープを肩にのせる。

「着た」
「えっっ、リュート、かっわ」
「いい。そういうのいい。胸は少しきついけど、こういうもんなのか?」

 アイネの感動を遮って、リュートはそっけなく言った。全身を眺めていたアイネは、言われて気付いたように、ケープでそれとなくカバーされた胸元に視線を向ける。

「……えっ、リュート巨乳? 男のときはそういう感じじゃないのに?」
「男のときは何も無いな」
「そうだよね。どちらかっていうと、結構鍛えている感じ。普段寝ているだけなのに、不思議だなと思っていた」

 探りを入れるというほどあからさまではないが、日常的に観察されているらしいことはその一言だけで伝わってきた。

(いったい、アイネは俺の何がそんなに気になっているんだ? ルミナスの記憶もないくせに)

 アイネの興味関心に不審を抱きつつ、リュートは首を傾げて「長話をしている場合か?」と話を戻した。

「あ、うん。その魔法って、効果時間とかあるの? 出先で突然切れちゃったりしない?」

 歩き出すとすぐに追いついてきたアイネが、「恋人のふりだから、お願い」と手を繋ぎながら言ってくる。
 振りほどくのも面倒なため、されるがままになりながらリュートは気のない声で答えた。

「効果時間というか、一度変化してしまうと、最低でも丸一日は戻れない。だから、念のため早朝に変わったんだ。昼間から変化すると明日の昼までまともな活動ができなくなるから……べつに普段仕事していないから支障はさほどないけど」」

「ありがとう! 今日は本当に、一日デートでそのために準備してくれていたんだ? 嬉しいな」

 嬉しかったらしい。
 水を差すつもりもなかったので、リュートは握る手に力を込めて「行くぞ」とだけ声をかけた。

 長い一日がはじまりそうだった。
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