次の世界でも、私を探してくださいね。

18

 離山はさっそく後宮の名簿を当たってみたのだが、「桃風」という名前はどこにも見つからなかった。後宮の人事府に尋ねても、過去にも、それらしき女性はいなかった。
 
 離山はもっと情報がほしいと思って、芍薬麗園に竹香を訪ねた。
「後宮では違う名前を使っていたかもしれない。お母さんの容姿に、何か特徴とかあるかい」
「赤ちゃんの時の記憶が全くないから、どんな顔なのかとか、全然わからないのです」

「そうだよね。今度、ぼくが直接、後宮に出かけて行って、見つけるから。チーチーに少し似ている感じの女性がいるかどうか、探してみる」
「中に、入れるんですか」
「はいれるんだよ。なにせ、高級役人だからね」
 離山がちょっと笑ってみせた。

「今度、皇后にご挨拶に行くことになっている。その時に、何かわかるかもしれない」
「うれしいですけれど。でも、どうしてわたしに、そんなによくしてくださるんですか」
「ただそうしたいからだよ。それなら、だめかい」
「世の中に、こんなに親切な人がいるのかしらと思って」
「何の魂胆もないから心配しなくていいよ。チーチーのお母さんなら、きれいでかわいい人なんだろうなぁ。だから、きっと見つかるよ」
「まさか、そんなこと」
 竹香は顔を赤らめて、おろおろし始めた。
「どうしたの?」
「……」
「何か悪いこと言った?」

「そうじゃなくて。きれいとか、そんなこと、言われたのははじめてだから」
「そんなこと、ないだろ」
「言われたことないですよ、全然」
「きっと忘れているだけだよ」

 この離山という人は、変なところで変な自信がある。わたしの何を知っているというのだろう。

 離山は皇后に挨拶をすませた帰り、小菜に会いにでかけた。小菜はこれまでは裁縫部にいたが、最近第二妃付きの女官に昇格したのだという。竹香が言っていたように、都会風な顔立ちで、際立って美しい人だった。
 
 竹香や中柿おじさんのことを伝えると、庭を見ながら、あの芍薬麗園で、チーチーと歌ったり、踊ったりしていた時が一番楽しかったと言った。

「でも、楽しいことばかり続けてはいるわけにはいかない。人生は短いし、若い時はもっと短いのだから」
 小菜は芯のしっかりしている女性のようである。

「皇子が歌を聴いてくれていて、その縁で、後宮にはいることができたのはうれしかったです。これが、私の夢でしたから」
 でも、その面接の時、チーチーも踊りを披露するはずだったけど、どうしても後宮にははいりたくないからと、足をわざと怪我したことを話した。

「チーチーは後宮にはいると、一生外に出られなくなるから、絶対にいやだって」
「それで、洗濯部に残るほうを選んだのですか」
「そうなのです。チーチーに野心はないの。心がきれいで、本当にいい子」
「故郷では大変だったようだけど、ここに来てからはいいことばかりで、毎日が幸せだって言っていたから、それはよかったと思う」
 離山がそう言うと、小菜が急に厳しい顔をした。
「そうですか。離山さまなら、もっとわかってくださる方だと思っていましたけれど」
「私かせ何か誤解しましたか」

「子供じゃないですから、毎日が幸せって、そんなことあります?」
「どういう意味ですか」
「毎日が幸せだって、必死に思おうとしているということですよ。昔を忘れてしまったのなら、わざわざ忘れたなんて言う必要がありますか。父が壁ひとつ隣りに住んでいたので、言っていたことがあります。チーチーは、昼間は笑顔でいるけれど、夜にはよく泣き声が聞こえていたって」
「そうなのですか」
「そうですよ。でも、このことは、絶対に言わないでくださいよ」
「言いません。泣いていた理由は何ですか。故郷のことですか。人のことですか」
「詳しくは話さないからわからないけれど、たぶん人のこと。チーチーは人を信じられないのです」
「何があったのですか」

 離山の瞳が真剣すぎたので、小菜は少し教えてあげることにした。
「なんでも、すごく思っていた人がいたみたい。その人とは幼馴染で、お兄ちゃんみたいな人。でも、そういうふうに思っていたのはチーチーだけで、あっちはからかっていただけみたい」
「いったい、何があったのですか」
「詳しいことは知りません。チーチーはその頃のことは、忘れようとしているみたい。でも、忘れられないから、泣くんでしょう」
「今も泣いているのですか」
「そんなことは、知りませんよ」

 離山は杖をつきながら、後宮を去っていった。小菜はその後ろ姿を見て、こんな寂しい後ろ姿は見たことがないと思った。

 将来は皇帝の側近の地位を約束されている優秀な若き役人、ほしいものはすべてを手にいれることのできる幸運な青年なのに、どんな悲しいことがあり、何を想って生きているのだろうか。

 手にひどいアカギレに悩まされていた洗濯女たちだって、もっと朗らかだった。
 心の姿はないから、離山という青年の心の中を見ることができない。
 でも、あの若い役人がチーチーのことを思っていることはわかる。感じる。


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