次の世界でも、私を探してくださいね。
19
この頃、何かおかしい、と竹香は思う。
芍薬麗園の花が枯れていく。
朝、麗園に行くたびに、枯れている花が増えている。初めは自分の世話の仕方が悪くて、花が枯れていくのかと思い、本を読んだり人に訊いたりして対処法を考えていた。人の手を借りて、土を入れ替えたりしたけれど、効果がない。
そんなある日、花が引っこ抜かれているのを見て、誰かが故意にやったのではないかと思い始めた。
それが最近では大胆になり、花がごっそりと無くなっていたり、池に花びらが大量に浮かんでいたりする。
それが、頻繁になっている。
なんとかしなければならない。
竹香は庭に敷物を敷いて、一晩中、見張ることにした。そして、その3日目、朝の2時を過ぎた頃、入口にあやしい人影を見た。
これだ。
竹香はそっと起き上がって、体勢を整えた。
あやしい人物は落ち着かない様子で、あたりを見回して、ため息をついたりなどしている。
花どろぼうを見つけたぞ。
竹香は両手に泥饅頭を握って立ち上がった。泥饅頭で攻めるのは子供のころからの得意な兵法である。
「そこにいるのは誰だ。名を名乗れ、花どろぼうめ」
竹香は大声で叫びながら、影に向かって泥饅頭をひとつ投げた。
ところがその影ときたら、なんと片手でその泥饅頭をキャッチしたではないか。これまでの相手はたいてい女子か子供だったが、今度は大人の男のようだ。なかなかやるではないか。
でも、「泥饅頭のチーチー」で鳴らした竹香には、まだ3連発投げという奥の手がある。
「待て、待て」
その影が大声で言って、灯を自分に近づけた。
その人は豪華な衣装を着ていたので、泥棒ではないようだ。竹香は急いで、泥饅頭を握った手を下げた。
「名を名乗りましょうか」
その人の姿を見て、彼がこの庭の所有者の遠音皇子なのとわかった。
「申し訳ありません。間違えました」
竹香は泥饅頭を後ろに隠して、ひざまずいた。
「こんな時刻に、どうしたというのですか」
遠音皇子が穏やかな声で尋ねた。
竹香は庭が荒らされているので、犯人捜しをしているのだということを説明した。
「あなたは、たいそう仕事熱心な責任者ですね」
遠音皇子は笑って、竹香を立ち上がらせた。
遠音皇子は今夜、町に行った帰りに、ちょっと母の庭に寄ってみたのだった。
「このところ、不愉快なことが続いていましてね。でも、あなたの武勇を見たら、とても愉快な気持ちになりました。これからも、母上の庭を守ってください」
「すみませんでした。はい、がんばります」
「お名前は」
「竹香と申します」
「覚えておきましょう」
遠音皇子が立ち去った後、竹香はほっとして泥だらけの手を池で洗った。
いったい花どろぼうはいつ現れるのだろうか。
この芍薬麗池はとても大きくて、前に住んでいた長屋の部屋なら100個ははいる。竹香はまだ海というものを聞いただけで見たことがないが、池がこんなに大きいのなら、海はどのくらいの大きさなのだろうと思う。
数日後の朝、庭に行くと、芍薬麗池には、枯れて茶色に変色した芍薬の花びらがいっぱいに浮かんでいた。
またか。
池に浮かんでいる花びらがいつもより多いではないか。
竹香はそれをすくいあげようと魚すくい網をもって、いつものように小舟に乗った。いったい誰の仕業なのだろうか、いったい何のために。
舟を漕いで池の中央まできた時、舟底の木栓がぽんと音を出して抜けて、上に飛んでいった。
あれーっ。
見る見るうちに舟に水がはいってきて、竹香は穴を両手で抑えた。でも効果がないので、今度は上着を脱いで穴につめてみたが、水の勢いには勝てない。舟は頭のほうから沈み、あれよあれよという間に、竹香は水の中にぶくぶくと沈んでいった。
一度は水の上に顔を出せたが、竹香は泳ぎ方を知らない。
手足をばたばたさせてあえぐばかりで、口や鼻から、いやというほど水を吸いこんでしまった。こんなに苦しい思いをしているのに、ちらりと見えた空は青い。空も、花も木も、そこにあるだけで、助けてくれることができない。
これがわたしのさいごということなのかしらと竹香は思う。死とは、こんな突然にやってくるものなのなのだ。
何がなんだかわからないけれど、人生を無駄にしてしまった気がする。こんなはずではなかった。ごめんなさい、と言いたい。
芍薬麗園の花が枯れていく。
朝、麗園に行くたびに、枯れている花が増えている。初めは自分の世話の仕方が悪くて、花が枯れていくのかと思い、本を読んだり人に訊いたりして対処法を考えていた。人の手を借りて、土を入れ替えたりしたけれど、効果がない。
そんなある日、花が引っこ抜かれているのを見て、誰かが故意にやったのではないかと思い始めた。
それが最近では大胆になり、花がごっそりと無くなっていたり、池に花びらが大量に浮かんでいたりする。
それが、頻繁になっている。
なんとかしなければならない。
竹香は庭に敷物を敷いて、一晩中、見張ることにした。そして、その3日目、朝の2時を過ぎた頃、入口にあやしい人影を見た。
これだ。
竹香はそっと起き上がって、体勢を整えた。
あやしい人物は落ち着かない様子で、あたりを見回して、ため息をついたりなどしている。
花どろぼうを見つけたぞ。
竹香は両手に泥饅頭を握って立ち上がった。泥饅頭で攻めるのは子供のころからの得意な兵法である。
「そこにいるのは誰だ。名を名乗れ、花どろぼうめ」
竹香は大声で叫びながら、影に向かって泥饅頭をひとつ投げた。
ところがその影ときたら、なんと片手でその泥饅頭をキャッチしたではないか。これまでの相手はたいてい女子か子供だったが、今度は大人の男のようだ。なかなかやるではないか。
でも、「泥饅頭のチーチー」で鳴らした竹香には、まだ3連発投げという奥の手がある。
「待て、待て」
その影が大声で言って、灯を自分に近づけた。
その人は豪華な衣装を着ていたので、泥棒ではないようだ。竹香は急いで、泥饅頭を握った手を下げた。
「名を名乗りましょうか」
その人の姿を見て、彼がこの庭の所有者の遠音皇子なのとわかった。
「申し訳ありません。間違えました」
竹香は泥饅頭を後ろに隠して、ひざまずいた。
「こんな時刻に、どうしたというのですか」
遠音皇子が穏やかな声で尋ねた。
竹香は庭が荒らされているので、犯人捜しをしているのだということを説明した。
「あなたは、たいそう仕事熱心な責任者ですね」
遠音皇子は笑って、竹香を立ち上がらせた。
遠音皇子は今夜、町に行った帰りに、ちょっと母の庭に寄ってみたのだった。
「このところ、不愉快なことが続いていましてね。でも、あなたの武勇を見たら、とても愉快な気持ちになりました。これからも、母上の庭を守ってください」
「すみませんでした。はい、がんばります」
「お名前は」
「竹香と申します」
「覚えておきましょう」
遠音皇子が立ち去った後、竹香はほっとして泥だらけの手を池で洗った。
いったい花どろぼうはいつ現れるのだろうか。
この芍薬麗池はとても大きくて、前に住んでいた長屋の部屋なら100個ははいる。竹香はまだ海というものを聞いただけで見たことがないが、池がこんなに大きいのなら、海はどのくらいの大きさなのだろうと思う。
数日後の朝、庭に行くと、芍薬麗池には、枯れて茶色に変色した芍薬の花びらがいっぱいに浮かんでいた。
またか。
池に浮かんでいる花びらがいつもより多いではないか。
竹香はそれをすくいあげようと魚すくい網をもって、いつものように小舟に乗った。いったい誰の仕業なのだろうか、いったい何のために。
舟を漕いで池の中央まできた時、舟底の木栓がぽんと音を出して抜けて、上に飛んでいった。
あれーっ。
見る見るうちに舟に水がはいってきて、竹香は穴を両手で抑えた。でも効果がないので、今度は上着を脱いで穴につめてみたが、水の勢いには勝てない。舟は頭のほうから沈み、あれよあれよという間に、竹香は水の中にぶくぶくと沈んでいった。
一度は水の上に顔を出せたが、竹香は泳ぎ方を知らない。
手足をばたばたさせてあえぐばかりで、口や鼻から、いやというほど水を吸いこんでしまった。こんなに苦しい思いをしているのに、ちらりと見えた空は青い。空も、花も木も、そこにあるだけで、助けてくれることができない。
これがわたしのさいごということなのかしらと竹香は思う。死とは、こんな突然にやってくるものなのなのだ。
何がなんだかわからないけれど、人生を無駄にしてしまった気がする。こんなはずではなかった。ごめんなさい、と言いたい。