次の世界でも、私を探してくださいね。
25
時間は無情。
早く流れてほしい時にはのろのろと進むのに、ゆっくりと流れてほしい時には、駆け足で通り過ぎる。
ああ、今日は、嘘でしょうと思うくらいに速い。
帰る時刻になってしまった。
「明日は早朝から働きます。わたし、もっともっときれいな庭にしたいです」
竹香が力こぶを見せて元気に笑った。すぐにでも麗園に行って、もりもりと働きたいという活力があふれている。
「ずいぶんと熱心だね」
「懸命にやるのが好きなの」
竹香が両手を顔の横にあてた。
「それ、なに?」
キャプテンが息をふっと吸って、頭を傾げた。
竹香は、馬車馬の目の覆いのジェスチャーをしているつもりらしい。前しか、見えないということらしい。
ああ、そういうことかと冬氷が笑った。
「どうして」
「集中すると、何もかも忘れていられるから」
「忘れたいことばかりなのかい」
「ああ、違った」
また失言しちゃったようなので、笑ってごまかす。
「訂正です。いいえ。忘れたくないことが、たくさんあります、今は」
「うん。よかった」
「今度の休みの日に、また来ていいですか」
「待っている。いつ」
「2週間後」
「長いな」
明日はまた同じ場所にいるというのに、ここで別れるのは、竹香だってとてもさみしい。でも、仕方がない。
離山は今、花どろぼうの犯人を調査させているし、警護の人もつけてくれた。でも、用心はするようにと言った。
帰る前に、彼が家の中を案内してくれることになった。 書斎に行くと、たくさんの難しそうな本が積んであった。
「ずいぶん本があるのね。勉強が嫌いだって言ったと思ったけど」
「痛いところをつくね、チーチーは」
「いただいた本を読んでいます。キャプテンは夜は本を読んでいるの? 遊びには、行かないの?」
「うちに帰ってくると、本ばかりだね。そのうちに、庭を造ろうと思っているんだ」
「友達はいないの?」
「いない。いらないんだ」
「退屈すぎない?」
「いや」
「幸せですか?」
「うん」
「退屈でも、幸せ?」
「うん。でも、これでいい。チーチーは」
「わたしは肉体労働だから、夜は食べて、少し勉強して、あとは寝るばかり」
居間に戻った時、竹香は机の上にあった小さな箱とアミの意味深な表情を思い出した。
「この箱」
「気にいったかい」
「竹ですよね、かわいい」
「ぼくが作ったんだよ」
「キャプテンが作ったのですか」
「そうだよ。チーチーにあげるよ」
「いいえ。わざわざキャプテンが作ったものなんか、いただけません」
「もともとチーチーにあげようと思って、少しずつ工作室で作っていたんだよ。チーチーの15歳の誕生日のために」
その時、竹香は思い出した。
あの時、竹香は自分を誘ってくれたのは賭けのためですかと冬氷に確かめてみようと思い、授業が終わった後、年高組の校舎に出かけたのだった。その時、長い廊下の向うから、キャプテンとケンケンが歩いてくるのが見えたが、途中で、その姿が消えた。
竹香は自分を見て、ふたりが隠れたような気がした。
竹香はふたりが消えた工作室のあたりにまで行くと、音が聞こえたと思った音が止んだ。でも、ふたりは、そこにいるような気がして、工作室の中に入って行った。
なぜ?
わたしに顔を合わせられないようなことをしたの?
その時、「しっ」
という声が聞こえた、ように思った。
確かに聞こえた。
だから、竹香は一目散に廊下を駆けて、校舎を出たのだった。
「あの時、工作室で、わたしのために、この箱を作ってくれていたのですか」
「そうだよ。見つかりそうになって、あわてたんだ。誕生日まで、秘密にしておきたかったから」
「わたし、誤解してしまったんです。わたし、キャプテンに本当のことを聞こうと出かけていったのに、避けられているのかと思ったんです」
「そんなこと、あるはずないだろ」
「今はわかりますけど、その時は、ひとつを疑い始めたら、なんにも信じられなくなってしまって。全部、疑ってしまって」
「……」
「ごめんなさい」
「謝ることじゃないよ。人を信じるのって、難しいから。誰を信じればようのか、何を信じればようのか、これより難しいことがあるだろうか」
「キャプテン、何を信じればよいのですか。その人を信じてよいかどうか、どうか、わかるのですか」
「難しいことだよね。たとえば、百人の声が声をそろえてその道を行くのが正しいと言っても、それが正しい道だとはかぎらない」
「はい。これからも、何度もあると思うのです。そんな時、どうすればよいのでしょうか」
「そうだね」
離山は竹香の手を取って、竹香の胸に置いた。
「目を閉じて、自分の声を聴くんだ。心がなんと言っているか、聴けば、答えはそこにあるのではないかと思う」
「その心の声が間違っていたら」
「それはね、仕方ないんじゃないかい」
と離山が笑った。
「仕方ないんですか」
「そう。心の声が間違っていたら、それが運命ってこと。そしたら、つべこべ言わずに、自分で責任を取って、その道を進むしかないだろ」
「キャプテンは自分の進む道を間違いましたか」
「チーチーはいつも直球だね。ぼくは間違ってはいないよ。これで、よかったと思っている」
離山が竹が彫られて箱を竹香の手に乗せた。
「やっと、わたせた」
「でも、これ、ここに置いておいてください。宮廷の部屋は不用心なので、盗まれたら困ります」
「そうだね」
離山は微笑んで、箱を自分の手に戻した。
「大切なものは、全部、ここに運んでおいで」
「全部?」
「そうだよ、全部。ここのほうが安全だから」
玄関のほうから、車の準備ができましたという声がした。
早く流れてほしい時にはのろのろと進むのに、ゆっくりと流れてほしい時には、駆け足で通り過ぎる。
ああ、今日は、嘘でしょうと思うくらいに速い。
帰る時刻になってしまった。
「明日は早朝から働きます。わたし、もっともっときれいな庭にしたいです」
竹香が力こぶを見せて元気に笑った。すぐにでも麗園に行って、もりもりと働きたいという活力があふれている。
「ずいぶんと熱心だね」
「懸命にやるのが好きなの」
竹香が両手を顔の横にあてた。
「それ、なに?」
キャプテンが息をふっと吸って、頭を傾げた。
竹香は、馬車馬の目の覆いのジェスチャーをしているつもりらしい。前しか、見えないということらしい。
ああ、そういうことかと冬氷が笑った。
「どうして」
「集中すると、何もかも忘れていられるから」
「忘れたいことばかりなのかい」
「ああ、違った」
また失言しちゃったようなので、笑ってごまかす。
「訂正です。いいえ。忘れたくないことが、たくさんあります、今は」
「うん。よかった」
「今度の休みの日に、また来ていいですか」
「待っている。いつ」
「2週間後」
「長いな」
明日はまた同じ場所にいるというのに、ここで別れるのは、竹香だってとてもさみしい。でも、仕方がない。
離山は今、花どろぼうの犯人を調査させているし、警護の人もつけてくれた。でも、用心はするようにと言った。
帰る前に、彼が家の中を案内してくれることになった。 書斎に行くと、たくさんの難しそうな本が積んであった。
「ずいぶん本があるのね。勉強が嫌いだって言ったと思ったけど」
「痛いところをつくね、チーチーは」
「いただいた本を読んでいます。キャプテンは夜は本を読んでいるの? 遊びには、行かないの?」
「うちに帰ってくると、本ばかりだね。そのうちに、庭を造ろうと思っているんだ」
「友達はいないの?」
「いない。いらないんだ」
「退屈すぎない?」
「いや」
「幸せですか?」
「うん」
「退屈でも、幸せ?」
「うん。でも、これでいい。チーチーは」
「わたしは肉体労働だから、夜は食べて、少し勉強して、あとは寝るばかり」
居間に戻った時、竹香は机の上にあった小さな箱とアミの意味深な表情を思い出した。
「この箱」
「気にいったかい」
「竹ですよね、かわいい」
「ぼくが作ったんだよ」
「キャプテンが作ったのですか」
「そうだよ。チーチーにあげるよ」
「いいえ。わざわざキャプテンが作ったものなんか、いただけません」
「もともとチーチーにあげようと思って、少しずつ工作室で作っていたんだよ。チーチーの15歳の誕生日のために」
その時、竹香は思い出した。
あの時、竹香は自分を誘ってくれたのは賭けのためですかと冬氷に確かめてみようと思い、授業が終わった後、年高組の校舎に出かけたのだった。その時、長い廊下の向うから、キャプテンとケンケンが歩いてくるのが見えたが、途中で、その姿が消えた。
竹香は自分を見て、ふたりが隠れたような気がした。
竹香はふたりが消えた工作室のあたりにまで行くと、音が聞こえたと思った音が止んだ。でも、ふたりは、そこにいるような気がして、工作室の中に入って行った。
なぜ?
わたしに顔を合わせられないようなことをしたの?
その時、「しっ」
という声が聞こえた、ように思った。
確かに聞こえた。
だから、竹香は一目散に廊下を駆けて、校舎を出たのだった。
「あの時、工作室で、わたしのために、この箱を作ってくれていたのですか」
「そうだよ。見つかりそうになって、あわてたんだ。誕生日まで、秘密にしておきたかったから」
「わたし、誤解してしまったんです。わたし、キャプテンに本当のことを聞こうと出かけていったのに、避けられているのかと思ったんです」
「そんなこと、あるはずないだろ」
「今はわかりますけど、その時は、ひとつを疑い始めたら、なんにも信じられなくなってしまって。全部、疑ってしまって」
「……」
「ごめんなさい」
「謝ることじゃないよ。人を信じるのって、難しいから。誰を信じればようのか、何を信じればようのか、これより難しいことがあるだろうか」
「キャプテン、何を信じればよいのですか。その人を信じてよいかどうか、どうか、わかるのですか」
「難しいことだよね。たとえば、百人の声が声をそろえてその道を行くのが正しいと言っても、それが正しい道だとはかぎらない」
「はい。これからも、何度もあると思うのです。そんな時、どうすればよいのでしょうか」
「そうだね」
離山は竹香の手を取って、竹香の胸に置いた。
「目を閉じて、自分の声を聴くんだ。心がなんと言っているか、聴けば、答えはそこにあるのではないかと思う」
「その心の声が間違っていたら」
「それはね、仕方ないんじゃないかい」
と離山が笑った。
「仕方ないんですか」
「そう。心の声が間違っていたら、それが運命ってこと。そしたら、つべこべ言わずに、自分で責任を取って、その道を進むしかないだろ」
「キャプテンは自分の進む道を間違いましたか」
「チーチーはいつも直球だね。ぼくは間違ってはいないよ。これで、よかったと思っている」
離山が竹が彫られて箱を竹香の手に乗せた。
「やっと、わたせた」
「でも、これ、ここに置いておいてください。宮廷の部屋は不用心なので、盗まれたら困ります」
「そうだね」
離山は微笑んで、箱を自分の手に戻した。
「大切なものは、全部、ここに運んでおいで」
「全部?」
「そうだよ、全部。ここのほうが安全だから」
玄関のほうから、車の準備ができましたという声がした。