愛する君を消す
春、ふたたび
反復する朝(前編)
目を覚ました。六時十二分。
上半身を起こし、ベッドから足を下ろした。フローリングに、布のスリッパが揃えてある。爪先で履くと、左の底のほうが先に薄く、踵の側にわずかな段差ができていた。
廊下を抜けて洗面所に立ち、鏡の前で顔を洗い、水を止め、タオルで拭いた。
リビングのカーテンを引いた。空は晴れている。空のいちばん上に、薄い膜が一枚、降りているように見えた。
向かいの棟の壁、手すり、ベランダの物干し竿。位置は昨日と同じだった。
台所でやかんに水を入れ、火を点けると、底のあたりで小さな金属の鳴りが立ち上がる。茶葉の缶を開け、匙で量り、急須に入れた。湯を注ぎ、蓋を閉めるとき、磁器のふちが薄い音をひとつ置いた。
十数えてから茶碗に注ぎ、湯気越しにひと口飲んだ。舌の上で湯の角がほどけて、そのまま喉に降りていった。
***
玄関で靴を履いた。髪を後ろで束ねた。鞄に財布とハンカチを入れた。ドアを閉め、鍵を回した。
エントランスを出た。街路の桜は終わっていた。歩道の継ぎ目に花びらが一枚、貼りついている。踏んで歩いた。
駅まで七分。改札を抜け、ホームに上がる。電車が来た。乗った。三駅目で降りた。南口を出て左へ折れる。坂を上がる。コンビニ、横断歩道、見覚えのある門。順に通り過ぎる。
坂の途中で歩幅が一度短くなり、息が長くなった。並木の若葉が、頭の上で揺れていた。
図書館の自動ドアが開いた。ロビーの空気は静かだった。古い本の湿った紙の匂いと、床のワックスの薄い化学的な匂い。午前の、人気の薄い静かさ。講義の時間に重なっているのか、人の姿はまばらだった。
閲覧席の端に、学生がひとり、開いた本の上に肘を置いていた。ページをめくる乾いた音が、規則的に立っていた。新着雑誌の棚、辞書の並ぶ低い棚の脇、参考図書の角を通る。どこにも足は止めず、視線はまっすぐ奥の書架に置いていた。
私はロビーを抜けて、奥の書架へ歩いていった。
上半身を起こし、ベッドから足を下ろした。フローリングに、布のスリッパが揃えてある。爪先で履くと、左の底のほうが先に薄く、踵の側にわずかな段差ができていた。
廊下を抜けて洗面所に立ち、鏡の前で顔を洗い、水を止め、タオルで拭いた。
リビングのカーテンを引いた。空は晴れている。空のいちばん上に、薄い膜が一枚、降りているように見えた。
向かいの棟の壁、手すり、ベランダの物干し竿。位置は昨日と同じだった。
台所でやかんに水を入れ、火を点けると、底のあたりで小さな金属の鳴りが立ち上がる。茶葉の缶を開け、匙で量り、急須に入れた。湯を注ぎ、蓋を閉めるとき、磁器のふちが薄い音をひとつ置いた。
十数えてから茶碗に注ぎ、湯気越しにひと口飲んだ。舌の上で湯の角がほどけて、そのまま喉に降りていった。
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玄関で靴を履いた。髪を後ろで束ねた。鞄に財布とハンカチを入れた。ドアを閉め、鍵を回した。
エントランスを出た。街路の桜は終わっていた。歩道の継ぎ目に花びらが一枚、貼りついている。踏んで歩いた。
駅まで七分。改札を抜け、ホームに上がる。電車が来た。乗った。三駅目で降りた。南口を出て左へ折れる。坂を上がる。コンビニ、横断歩道、見覚えのある門。順に通り過ぎる。
坂の途中で歩幅が一度短くなり、息が長くなった。並木の若葉が、頭の上で揺れていた。
図書館の自動ドアが開いた。ロビーの空気は静かだった。古い本の湿った紙の匂いと、床のワックスの薄い化学的な匂い。午前の、人気の薄い静かさ。講義の時間に重なっているのか、人の姿はまばらだった。
閲覧席の端に、学生がひとり、開いた本の上に肘を置いていた。ページをめくる乾いた音が、規則的に立っていた。新着雑誌の棚、辞書の並ぶ低い棚の脇、参考図書の角を通る。どこにも足は止めず、視線はまっすぐ奥の書架に置いていた。
私はロビーを抜けて、奥の書架へ歩いていった。