終着駅のワンナイトは終わらない〜策士なイメチェン元後輩(一見ワンコ)の執着に囚われました〜【一話から】

4.プログラムのようにいかない恋 ⭐︎

「え?俺ですか?」

 明らかな面倒くさいという表情を隠しもせず、椅子もろくに引かず尊敬という言葉の一つもない態度で声をかけてきた上司を振り返った玲司は、その一つのプロジェクトへの参加がまさか自分の25年の人生を根底から覆すものになる序章だなんて思ってもみなかった。

 *

 (この人、器用そうに見えて容量悪いな。頭はいいんだろうに)

 頭の高い位置で、艶のある真っ黒な髪を一つ結びにして留めている営業担当を販売会議の最後列で頬杖をつきながら見て、ぼんやりとそう思った。
 橋谷玲司という男は、人間味に欠けるという評価がいつでも付いて回った。
 マイペース。自分の世界にいる。変人。ある意味天才。他人というものにまるで興味がない。
 でこぼこな才能を個性として認めようとする時代でなければ引きこもりで一生を終えていたかもしれない。
 彼は、常に自分の指先だけで全てを思うがままに動かすことができる0と1の世界に没頭していた。
 唯一の幸運は、それなりに一般受けする顔であり体格であったことだろうか。このアドバンテージのおかげで、変わった奴扱いではあったが、激しく攻撃されることもなく、勝手に庇ってくれる人間もいたりで、のらりくらりと生きることが許された。
 経験という名の情報が集まった高校生あたりから、こうすれば他人は自分を懐にいれて「玲司だからな」で許してくれる、人間付き合いのプログラムみたいなものを覚えたのも大きかったかもしれない。ある程度その人物を「観察」をして、その相手が好むだろう「行動」をすると勝手に「恩義」を感じて、世話を焼いてくれるか放っておいてくれる。
 玲司にとっては、ずっと現実の世界も、分岐とルートがあらかじめ決まっている無機質なものでしかなかった。就職を決めたのも、騒がれて面倒になってしまった世界から離れたかったのと、福利厚生が良く当番と不具合時以外はそこまで忙しくない……忙しくさせないホワイト企業だと聞いたから。がむしゃらに働くなんてことは冗談ではなかった。
 だから「もっとフロントローディングで提案していきましょうよ」とか「お客様はおそらくこういうことを求めているんですから改良を」とか、そんな理想論を繰り返す気の強そうな彼女は愚かに思えた。満足度なんて抽象的なもの、客の予算を変えさせるわけじゃない。非効率的で感情的。標準仕様での多販で勝負するのが最適――なんて誰もがわかることなのに無駄なことを。
 しかし、意外にも、桐谷雪那という名前は、いつ見ても営業成績の上位に名前を連ねていた。

『まただよ、一営(いちえい)のきりたに女子。そこまでして客に気に入られたいかね』
『きりや、じゃなかった?まあどっちでもいいけど、うざいよな。営業の気まぐれでやってんじゃねえの。案件山積みで忙しいったらありゃしない』

 そんな口を動かす暇があれば手を動かせばいい。相変わらずくだらないと、自席のブースで首に引っ掛けていたヘッドフォンを付け直そうとしたとき、「枕してるって本当?」なんて潜めた声まで聞こえてきた。

『本当本当。北関東支社のやつが酔っ払った本人から聞いたって。担当案件取られたって言ってたぜ』
『まじか。まあ確かに美人ではあるけどな』
『胸はもう少し欲しいけど。細いパンツスーツの後ろ姿はきゅってして色っぽいよなあ。はあ、そこまでして出世したいかねえ』
『やめとけよ。常務の愛人って噂だぞ』
『へー。だからあんなに無闇に評価が高くて強気なんだ。女は武器があっていいね』
『でも、自分が使える相手と思ったら飲みに誘ってくるらしいぜ。二人きりで。そのままホテル誘われたって奴知ってる』
『まじかー!』

 その後はヘッドフォンで遮音した。手先を動かしながら、いつもなら脳のメモリに残すこともないその会話が何故か記憶の片隅にインプットされた。

 
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