終着駅のワンナイトは終わらない〜策士なイメチェン元後輩(一見ワンコ)の執着に囚われました〜【一話から】
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「なんで貴方が私の携帯の番号を知っているの?」
「名刺に書いている情報なんて個人情報でもなんでもないですよ?」
「名刺を渡した覚えはないのだけれど」
「鞄から勝手に拝借したので。あ、これ焼けてますよ」
「勝手にって……!勝手にお皿に入れないで」
「まあまあ、熱いうちに食べましょうよ。ここ、お気に入りの店なんです。一度お客様に連れて来ていただいて。個室でいいですよね」
まさに接待で使うような高級焼肉屋だ。絶対に個人では来ない。なんとなく財力の違いを見せつけられた気がして雪那は面白くなかった。
「随分儲かっているのね」
「まあ個人事業主ですので経費です。領収書をもらいますのでお気兼ねなく好きなものを食べてください。あ、マッコリでも飲みます?」
「……お酒はしばらくいいわ」
玲司の目尻の下がった柔らかな瞳が悪戯そうに瞬いた。
「また酔っ払ったら介抱しますよ」
「そういう冗談は好まないわ。セクハラよ」
「雪那さん、以前もセクハラをすごく気にされていましたよね。でも、もう職場も違いますし、プライベートでそんな野暮なことを言うような仲でもないでしょう?」
「あれは、酔っ払っていたから……っそもそもこんなものプライベートじゃないわ。業務の延長よ」
「いいんですか?業務で、目の敵にされているライバル会社の社長に会っていて。黙っていて欲しいから来てくれたんでしょう?」
「……ッ、屁理屈を言わないで」
雪那は、黒い陶器の皿に数枚しか乗っていない見事なサシの入った肉を気にすることなく次々と網に乗せている対面の男を睨みつける。
ジュウジュウと美味しそうな音がして気が散るが、ここに来たのは口止めのためだ。
勝手に競合他社名と名前で登録されていた業務携帯の画面に驚愕して、『来てくださらないなら古巣の本社にお迎えに行きますね』という脅迫に屈した。堂々と無視すればいいと理性はいうのに、心のゴミ袋に入れて強く縛ったはずの出来事がどうしてもチラついて、関係のない他人と割り切れない。
こんなはずではなかった。
「業務なんてつれないことを言ったのは雪那さんでしょう?ほら、もったいないですよ。そんな怖い顔をしても、焼けた肉に罪はありません。食べてくださいよ。焼肉、お好きでしょう?」
何一つ動じることがない玲司がまた勝手にさらに湯気が立つ肉を目の前の皿に置いてくる。トングから箸に持ち替えた彼の綺麗な指先、柔らかそうな肉を迎え入れる唇にチラリと見える赤い舌と白い歯。
ついじっと見ていて、勝手に頬が熱くなった気がした。
あの全てが昨夜自分に触れたのだ。
「何か思い出しました?」
雪那の様子を見て、玲司の瞳がきらりと光った気がした。柔らかな微笑みなのに、獲物を見つけたような獰猛さを感じる。言葉に詰まって、慌てて箸を取った。誤魔化すように、お肉を口に詰め込む。
飲めるような柔らかさと口の中に溢れ出る肉汁に雪那の頬が無意識に緩んだ。
「……反則ですよ」
「え?」
三枚目あたりで、ふと、玲司が溢した声に顔をあげる。視線がぶつかっても、色素の薄い目が雪那を吸い込むような強さで見つめていた。
「可愛い」
「……っ、な、何を馬鹿な」
ぽつりと漏れた声に慌てる。一度治ったはずの頬がまた熱くなる。綺麗はまだしも、可愛いなんて言われたことはない。可愛さはふわふわした女の子の特権だ。
しかも年下に言われる言葉ではない。
狼狽えた雪那は落ち着かずに何度か座り直して髪を耳にかけ直した。
「はー……、ますます可愛いんだけど。これくらいでおたつかないでくださいよ。」
「そ、そっちが変なことを言うからでしょう!」
「変なこと?事実でしょう。いえ、俺の感じ方なので、どう思おうと自由ですよね?」
雪那が事実じゃないと反論するのを見越した語り口の周到さに次になんて言うのか焦ってしまう。玲司の前でペースが掴めない。
「……生意気なことを言うんじゃないの。もう三十も過ぎたのに振り出しに戻った女を揶揄うなんて悪質よ」
「振り出し?何が?……あいつと結婚する気だったっていうんですか?あいつとしたかったの?」
ツンと顔を背けていた雪那は見えてなかった。その瞬間、玲司がどんな顔をしていたかなど。けれど軽妙な語り口だった声が一段低くなったことには気がついた。
「結婚……、それは……した方が、都合がいいっていうか」
「あんな見栄っ張りで借金をするような男、雪那さんにはまるで似合いませんよ」
「私、昨日そんなことまで喋っていたの?」
言い訳がましく呟いたら返事に速攻で突っ込みが入り、すぐに玲司を振り返る。表情をなくした彼の異変よりも、自分の迂闊さに呆れてしまう。さすがに仕事上の機密は話してないと信じたいが、これからはワインは一本まで、ちゃんぽんはしないようにしなければ、と心に誓った。
「都合、が大事なら、俺にするといいですよ」
「え……?」
玲司が急に立ち上がって驚く。そのまま雪那の座る側へ移動してきた。心臓がキュとすくみ上がった気がする。個室の扉は玲司の側であり、そちらへの通路を椅子を引いて押さえられると雪那は逃げ場がない。
雪那の真隣の席に座り直した玲司は、真剣な表情だった。柔らかな垂れ目に笑みの色はなく、口角も上がっていない。白色の無機質な強い光ではなく、食事の見た目を損なわない程度に照度のある柔らかな黄色の間接照明で満たされた室内は、二人の呼吸音以外は聞こえてこず、雪那は自身の速い鼓動の音が体内にやたらと響いているのを感じた。
「……あの、何……」
「俺は雪那さんにとって一番都合のいい男になれますから」
形のいい顔を傾けて、わざわざ雪那を横から覗き込むように見つめてくる。その間に警戒して膝の上で握りしめていた手の上に、ふしくれた長い指が重ねられた。
「ちょっと……っ、近い……わよ」
触れているのは手の甲だけなのに、じわりと全身が熱くなる。肩にかかる黒髪を振り払う振りをして慌てて視線から逃れようとした。わざわざ反対側に背けた顔を玲司が追ってくる。息がかかるし、相手の顔全体に焦点を結ぶのすら難しい距離だ。
「近すぎるでしょう。離れ……」
「口説いている相手に意識してもらうには距離感が大事だとものの本で読みました」
「口説いている?」
雪那は眉根を寄せた。彼は何を言っているのだろう。
「そういう冗談は……」
「冗談?冗談な訳ないでしょう。昨日、俺たちの間で何があったのか覚えています?酔っても記憶は飛ばさないのでは?」
カッと頬が熱を持った。頬だけではない。体の中心からぶわりと熱が上がってくる。確かに何度も確認して、記憶という袋の口を閉めたはずなのに。
造形だけは柔らかな瞳を見返すことができなくて、必死でその反対の先に視線を背けた。
「あれは、だから……そ、その場の雰囲気に流されたというか……そもそもあなたなら、いくらでもそ、そういう……相手がいるでしょう?こんな年上の、可愛げのない女を揶揄うなんて悪質……」
「たったの三つの違いをそんなふうに言わないでもらえます?俺はもう貴女の後輩なんかじゃない」
それなのに頬を手で包まれて強引に彼の方を向かせられた。やはり笑みの欠片もない男に、雪那はどうしたらいいかがわからなくなる。
「……私、ずっと空手を習っていて、護身術は身につけている方で」
「知っていますよ。だから俺は合気道を習いました」
知っているのにも驚いたが「だから」と続いた意味もわからずもっと驚いた。かつて猫背だった彼は、脱ぐと細身ながらしっかりと筋肉がついていて確かに目を見張った。それを思い出して、また、一段、雪那の体温が上がる。
全然忘れて割り切れてなんかいない。
今となっては浅慮に対する後悔しかなかった。
「雪那さん、納入の打ち上げの都度、護身術習っているからって必死で周りの男を威嚇してましたから」
「必死?!話題の提供よ?」
「そうですか?俺には牽制と……あとは男みたいに扱われることへの愛想笑いしか見えなかった」
確かに雪那が超体育会系なことは鉄板のイジリネタであったけれど。
「こんな綺麗な人になんてことを言うんだって、腹が立った」
「橋谷く……」
「どうせ都合っていうのも、雪那さんにとっては、会社や家族の――周りから結婚してる人、って見られるか見られないか程度のものでしかないんでしょう?」
見透かすような態度に、雪那は狼狽えるしかない。
「そんなことも、話していた?せ、節操なかったわね……」
「……わかりますよ。ねえ、もうやめにしませんか?」
「何を?」
「あんな会社、居心地が良いわけじゃないでしょう?優秀な貴女を妬んで足を引っ張ってばかり。貴女がやりたいことも効率効率でまるで話が通らない。使えない後輩の面倒を次から次へ見てるだけで楽しいです?宝の持ち腐れだ。だったら俺と一緒に新しいことをしましょうよ」
「は……」
「あんな会社辞めて、俺の会社で雪那さんの能力を思う存分発揮してくださいよ。俺は雪那さんの理想を叶えるためにいるんです。ついでに、俺と結婚してや、か、たに、か統一しましょう。ね?」
「な、何言ってるの?転職なら断った……」
「諦めは極めて悪い方なので。それにどちらかというと結婚が本命です。転職してくれたら仕事でもずっと一緒にいられて幸せってだけで。あと雪那さんがいつまでもあんな奴らに消費されてて腹が立つからで。まあでも雪那さんが大企業の方がいいなら我慢します。とりあえず世間的な手順を踏むのがお好きとは思いますので交際しましょうか」
「待って待って待って」
怒涛のような言い回しと美麗な顔の近さに圧倒されそうになるが、雪那はどうにか玲司を押し除けた。
こんな強引なんて何一つ聞いていない。交際しましょうかではない。
「何を言っているのかさっぱり理解ができないんだけど!」
「でも俺のこと嫌いではないですよね?雪那さんの行動パターンからして嫌いな相手だったらそもそも目の前で絶対吐かないですよね?死ぬ気で逃げますよね?」
(行動パターン?!パターンというほど知らなくない??)
まるで人をプログラムのように言うのは理系だからだろうか。
「全然どうでもいい相手と寝るような人じゃないって知っていますし」
「そっ、そういうこと言わないで……忘れてよ!マナーでしょ!」
「……マナー?雪那さん、他にもあんなことしてるの?」
ゾッと凄みがある声が降ってきて、雪那はビクリと震えた。人懐っこい響きが霧散して、鳥肌が立った気がする。
「違いますよね?」
「ち、違う……けど……。あんな勢い、初めてだったし」
「よかった!それって俺が特別ってことですよね?ならもうやっぱり結婚しちゃいましょうよ」
今度は一転、にこっと玲司が無邪気に微笑む。あまりにも突拍子ない話に雪那は呆然とした。
「なんで貴方が私の携帯の番号を知っているの?」
「名刺に書いている情報なんて個人情報でもなんでもないですよ?」
「名刺を渡した覚えはないのだけれど」
「鞄から勝手に拝借したので。あ、これ焼けてますよ」
「勝手にって……!勝手にお皿に入れないで」
「まあまあ、熱いうちに食べましょうよ。ここ、お気に入りの店なんです。一度お客様に連れて来ていただいて。個室でいいですよね」
まさに接待で使うような高級焼肉屋だ。絶対に個人では来ない。なんとなく財力の違いを見せつけられた気がして雪那は面白くなかった。
「随分儲かっているのね」
「まあ個人事業主ですので経費です。領収書をもらいますのでお気兼ねなく好きなものを食べてください。あ、マッコリでも飲みます?」
「……お酒はしばらくいいわ」
玲司の目尻の下がった柔らかな瞳が悪戯そうに瞬いた。
「また酔っ払ったら介抱しますよ」
「そういう冗談は好まないわ。セクハラよ」
「雪那さん、以前もセクハラをすごく気にされていましたよね。でも、もう職場も違いますし、プライベートでそんな野暮なことを言うような仲でもないでしょう?」
「あれは、酔っ払っていたから……っそもそもこんなものプライベートじゃないわ。業務の延長よ」
「いいんですか?業務で、目の敵にされているライバル会社の社長に会っていて。黙っていて欲しいから来てくれたんでしょう?」
「……ッ、屁理屈を言わないで」
雪那は、黒い陶器の皿に数枚しか乗っていない見事なサシの入った肉を気にすることなく次々と網に乗せている対面の男を睨みつける。
ジュウジュウと美味しそうな音がして気が散るが、ここに来たのは口止めのためだ。
勝手に競合他社名と名前で登録されていた業務携帯の画面に驚愕して、『来てくださらないなら古巣の本社にお迎えに行きますね』という脅迫に屈した。堂々と無視すればいいと理性はいうのに、心のゴミ袋に入れて強く縛ったはずの出来事がどうしてもチラついて、関係のない他人と割り切れない。
こんなはずではなかった。
「業務なんてつれないことを言ったのは雪那さんでしょう?ほら、もったいないですよ。そんな怖い顔をしても、焼けた肉に罪はありません。食べてくださいよ。焼肉、お好きでしょう?」
何一つ動じることがない玲司がまた勝手にさらに湯気が立つ肉を目の前の皿に置いてくる。トングから箸に持ち替えた彼の綺麗な指先、柔らかそうな肉を迎え入れる唇にチラリと見える赤い舌と白い歯。
ついじっと見ていて、勝手に頬が熱くなった気がした。
あの全てが昨夜自分に触れたのだ。
「何か思い出しました?」
雪那の様子を見て、玲司の瞳がきらりと光った気がした。柔らかな微笑みなのに、獲物を見つけたような獰猛さを感じる。言葉に詰まって、慌てて箸を取った。誤魔化すように、お肉を口に詰め込む。
飲めるような柔らかさと口の中に溢れ出る肉汁に雪那の頬が無意識に緩んだ。
「……反則ですよ」
「え?」
三枚目あたりで、ふと、玲司が溢した声に顔をあげる。視線がぶつかっても、色素の薄い目が雪那を吸い込むような強さで見つめていた。
「可愛い」
「……っ、な、何を馬鹿な」
ぽつりと漏れた声に慌てる。一度治ったはずの頬がまた熱くなる。綺麗はまだしも、可愛いなんて言われたことはない。可愛さはふわふわした女の子の特権だ。
しかも年下に言われる言葉ではない。
狼狽えた雪那は落ち着かずに何度か座り直して髪を耳にかけ直した。
「はー……、ますます可愛いんだけど。これくらいでおたつかないでくださいよ。」
「そ、そっちが変なことを言うからでしょう!」
「変なこと?事実でしょう。いえ、俺の感じ方なので、どう思おうと自由ですよね?」
雪那が事実じゃないと反論するのを見越した語り口の周到さに次になんて言うのか焦ってしまう。玲司の前でペースが掴めない。
「……生意気なことを言うんじゃないの。もう三十も過ぎたのに振り出しに戻った女を揶揄うなんて悪質よ」
「振り出し?何が?……あいつと結婚する気だったっていうんですか?あいつとしたかったの?」
ツンと顔を背けていた雪那は見えてなかった。その瞬間、玲司がどんな顔をしていたかなど。けれど軽妙な語り口だった声が一段低くなったことには気がついた。
「結婚……、それは……した方が、都合がいいっていうか」
「あんな見栄っ張りで借金をするような男、雪那さんにはまるで似合いませんよ」
「私、昨日そんなことまで喋っていたの?」
言い訳がましく呟いたら返事に速攻で突っ込みが入り、すぐに玲司を振り返る。表情をなくした彼の異変よりも、自分の迂闊さに呆れてしまう。さすがに仕事上の機密は話してないと信じたいが、これからはワインは一本まで、ちゃんぽんはしないようにしなければ、と心に誓った。
「都合、が大事なら、俺にするといいですよ」
「え……?」
玲司が急に立ち上がって驚く。そのまま雪那の座る側へ移動してきた。心臓がキュとすくみ上がった気がする。個室の扉は玲司の側であり、そちらへの通路を椅子を引いて押さえられると雪那は逃げ場がない。
雪那の真隣の席に座り直した玲司は、真剣な表情だった。柔らかな垂れ目に笑みの色はなく、口角も上がっていない。白色の無機質な強い光ではなく、食事の見た目を損なわない程度に照度のある柔らかな黄色の間接照明で満たされた室内は、二人の呼吸音以外は聞こえてこず、雪那は自身の速い鼓動の音が体内にやたらと響いているのを感じた。
「……あの、何……」
「俺は雪那さんにとって一番都合のいい男になれますから」
形のいい顔を傾けて、わざわざ雪那を横から覗き込むように見つめてくる。その間に警戒して膝の上で握りしめていた手の上に、ふしくれた長い指が重ねられた。
「ちょっと……っ、近い……わよ」
触れているのは手の甲だけなのに、じわりと全身が熱くなる。肩にかかる黒髪を振り払う振りをして慌てて視線から逃れようとした。わざわざ反対側に背けた顔を玲司が追ってくる。息がかかるし、相手の顔全体に焦点を結ぶのすら難しい距離だ。
「近すぎるでしょう。離れ……」
「口説いている相手に意識してもらうには距離感が大事だとものの本で読みました」
「口説いている?」
雪那は眉根を寄せた。彼は何を言っているのだろう。
「そういう冗談は……」
「冗談?冗談な訳ないでしょう。昨日、俺たちの間で何があったのか覚えています?酔っても記憶は飛ばさないのでは?」
カッと頬が熱を持った。頬だけではない。体の中心からぶわりと熱が上がってくる。確かに何度も確認して、記憶という袋の口を閉めたはずなのに。
造形だけは柔らかな瞳を見返すことができなくて、必死でその反対の先に視線を背けた。
「あれは、だから……そ、その場の雰囲気に流されたというか……そもそもあなたなら、いくらでもそ、そういう……相手がいるでしょう?こんな年上の、可愛げのない女を揶揄うなんて悪質……」
「たったの三つの違いをそんなふうに言わないでもらえます?俺はもう貴女の後輩なんかじゃない」
それなのに頬を手で包まれて強引に彼の方を向かせられた。やはり笑みの欠片もない男に、雪那はどうしたらいいかがわからなくなる。
「……私、ずっと空手を習っていて、護身術は身につけている方で」
「知っていますよ。だから俺は合気道を習いました」
知っているのにも驚いたが「だから」と続いた意味もわからずもっと驚いた。かつて猫背だった彼は、脱ぐと細身ながらしっかりと筋肉がついていて確かに目を見張った。それを思い出して、また、一段、雪那の体温が上がる。
全然忘れて割り切れてなんかいない。
今となっては浅慮に対する後悔しかなかった。
「雪那さん、納入の打ち上げの都度、護身術習っているからって必死で周りの男を威嚇してましたから」
「必死?!話題の提供よ?」
「そうですか?俺には牽制と……あとは男みたいに扱われることへの愛想笑いしか見えなかった」
確かに雪那が超体育会系なことは鉄板のイジリネタであったけれど。
「こんな綺麗な人になんてことを言うんだって、腹が立った」
「橋谷く……」
「どうせ都合っていうのも、雪那さんにとっては、会社や家族の――周りから結婚してる人、って見られるか見られないか程度のものでしかないんでしょう?」
見透かすような態度に、雪那は狼狽えるしかない。
「そんなことも、話していた?せ、節操なかったわね……」
「……わかりますよ。ねえ、もうやめにしませんか?」
「何を?」
「あんな会社、居心地が良いわけじゃないでしょう?優秀な貴女を妬んで足を引っ張ってばかり。貴女がやりたいことも効率効率でまるで話が通らない。使えない後輩の面倒を次から次へ見てるだけで楽しいです?宝の持ち腐れだ。だったら俺と一緒に新しいことをしましょうよ」
「は……」
「あんな会社辞めて、俺の会社で雪那さんの能力を思う存分発揮してくださいよ。俺は雪那さんの理想を叶えるためにいるんです。ついでに、俺と結婚してや、か、たに、か統一しましょう。ね?」
「な、何言ってるの?転職なら断った……」
「諦めは極めて悪い方なので。それにどちらかというと結婚が本命です。転職してくれたら仕事でもずっと一緒にいられて幸せってだけで。あと雪那さんがいつまでもあんな奴らに消費されてて腹が立つからで。まあでも雪那さんが大企業の方がいいなら我慢します。とりあえず世間的な手順を踏むのがお好きとは思いますので交際しましょうか」
「待って待って待って」
怒涛のような言い回しと美麗な顔の近さに圧倒されそうになるが、雪那はどうにか玲司を押し除けた。
こんな強引なんて何一つ聞いていない。交際しましょうかではない。
「何を言っているのかさっぱり理解ができないんだけど!」
「でも俺のこと嫌いではないですよね?雪那さんの行動パターンからして嫌いな相手だったらそもそも目の前で絶対吐かないですよね?死ぬ気で逃げますよね?」
(行動パターン?!パターンというほど知らなくない??)
まるで人をプログラムのように言うのは理系だからだろうか。
「全然どうでもいい相手と寝るような人じゃないって知っていますし」
「そっ、そういうこと言わないで……忘れてよ!マナーでしょ!」
「……マナー?雪那さん、他にもあんなことしてるの?」
ゾッと凄みがある声が降ってきて、雪那はビクリと震えた。人懐っこい響きが霧散して、鳥肌が立った気がする。
「違いますよね?」
「ち、違う……けど……。あんな勢い、初めてだったし」
「よかった!それって俺が特別ってことですよね?ならもうやっぱり結婚しちゃいましょうよ」
今度は一転、にこっと玲司が無邪気に微笑む。あまりにも突拍子ない話に雪那は呆然とした。