終着駅のワンナイトは終わらない〜策士なイメチェン元後輩(一見ワンコ)の執着に囚われました〜【一話から】
あの日、雪那に助言をかけたのは玲司の"人間関係構築プログラム"から完全に外れた行動だった。そしてその後も、頭でこうと思うことからどんどん外れて勝手に口が動くことが続いた。
雪那がリーダーと聞いた小規模なプロジェクトに自分からやってもいいと手をあげ、面倒くさい客先と先輩社員たちが嫌厭する案件も営業チームに彼女の名前があれば「いいですよ」と引き受けた。
会議室で営業のくせに自らプログラミング企画しようとして唸っている彼女にちょっとアドバイスをしたり、お礼にコーヒーを奢られたり。彼女が相変わらず余分なことをと怒られているのを見て、恩着せがましく「予算さえあればできない話ではないですよ」と言ってみたり。
その都度、一瞬だけパッとあの笑顔を見せる雪那に、どんどんと心臓がおかしくなっていく。
別に自分だけが特別ではない。何か色々と神経を張り詰めている彼女は、特に男性社員への警戒が強いようだが、気を抜くと誰にでもそんな顔を見せている。それを媚びていると見たり可愛いと見たりする男が多いのも事実だった。
でも、その原動力が「だってお客様がうちの製品を使ってくれてよかったって思って欲しいじゃない?一度入れたら軽く十年は使うでしょ。その期間、高い買い物だったって後悔してほしくないでしょ?」という彼女の直属の後輩への青臭い指導で聞いたものだと知ってから、それがどう見ても嘘偽りない本音だと知ってから、この純粋で美しい彼女を「守りたい」と思うようになった。
低俗な奴らに消費された無の表情を、泣き顔を思い出すとゾクゾクとする。けれどそれをあの笑顔のように他の誰にも見せるのは許せない。自分の前だけにして欲しい。
そこまで至って玲司は、これはかつてうざったい女たちが強請っていた恋愛というやつなのかも、と気がついた。感情的で、非合理なもの。玲司にはまるでなかったもの。でも今はあるもの。
ただ、玲司は決して短絡的な行動をする男ではない。
むやみやたらに近づけば、途端に警戒されるのがわかっていた。そこで情報収集をすることにする。
なぜ、あんなにも雪那が人前で気を張っているのか。枕営業なんて陰口まで叩かれるのか。
「……ああ、なるほど。嵌められたのか」
玲司は倫理観は理解しているが持ってはいない。雪那を徹底的に観察すると決意した日から、社内システムに残っているあらゆる記録を閲覧することにした。
人事台帳、評価シート、業務日誌、出張報告、コンプライアンス報告、通報履歴、桐谷雪那のワードでででくるもの、全て。
元々新人にも関わらず不遜な態度が許されるのは、入社さてわりとすぐに基幹システムの脆弱性を見つけた功績にある。目立ちたくなかったので補修は先輩に譲ったが、それも本当はまた社内からのアクセス面で穴を見つけた。いちゃもんをつけられたくも目をつけられたくもなかったので黙っていたが。
当然、社内のアクセスコードは全て監視され履歴が残る。不正アクセスは犯罪だ。だが、すでに不正ログインして持ち帰り仕事いる外部委託業者のパソコンなら。事が露見するリスクと自分の欲望を天秤にかけ、一日じっくり悩んでから、まあいいか、と結論づけた。バレても不適切なデータの持ち出しを突き止めて会社にとってはプラスだろう。たった一人の個人情報が閲覧されたことなんて気にも留めないくらい。レギュレーションがわかりすぎるほどわかる男は、くつ、と笑った。
でも、彼女が嫌だろうと、ダメなことは理解できるので、住所や電話番号は見ないように意識した。玲司は一目見た数字を容易に記憶できる。住所を見たら行きたくなるし、携帯番号を見ればハッキングしたくなるに決まっている。
道に外れているのにどうにかまともを残そうと、その理由が彼女を怯えさせないためだというのだから、相当にイかれていると自分で自分を嘲笑した。
調べる中でわかったのは、あのひどい噂が支社の先輩によって吹聴されたものだったということだ。雪那が一度だけ産業医に漏らした相談からセクハラ相談室に行き、人事部からの聞き取りにそれでも彼女は被害として訴えようとしなかったらしい。
自分が迂闊だったのだと思う、と。
別に先輩で誘われて飲みにいくのが悪いわけでも、業務の相談をするのが悪いわけでもないだろう。悪いのはそれを好意と勘違いし、挙句に先に評価された彼女を妬んだ相手の方だ。振られた腹いせに幼稚なことをしたものだと玲司は思い、その相手の情報をあえてメモした。頭で覚えているには腹が立ってしまうからだ。
そしてもう一つ同時期になされた事件まであった。
そんなことから一度目の転勤後に注意深くなった彼女。個人的な飲みは全て断る警戒心の一方で、接待には積極的に行き、営業成績を上げるから枕とか客に媚びてるだなんて言われている。妬まれてることも知っていて、腐らず、相手にしすぎず、周囲の期待に応えて、それなりにいい人間関係でうまくやって、どれだけ完璧な人間。
そう思いきや、それを演じている弱いただの人間。
何故だろうか、そのギャップがどうしても突き崩して自分のものにしたい。
その衝動に身を任せて、玲司は彼女の懐に入ることから始めた。いつもと同じだ。相手が喜ぶことをして少しずつ距離を詰めて恩義を感じさせて自分という存在を意識づけていく。
あれほど面倒くさかった残業も当番も彼女といられるのであれば苦でもなく、彼女のやりたいことを一つずつ実現していくことも楽しかった。絶対に拒否していたはずの外に出ること、も彼女の見ている世界で信頼を得るためと思えば我慢ができた。
いつの間にか顔を見る都度、ミル挽きコーヒーを奢られる仲。夜明けのバグ修正対応は神様からの贈り物だった、なんて、あまりにも柄にないことを思って。
前髪に触るなんてそんな迂闊なことをしてきた、警戒心の薄れた彼女が可愛くて。モテそう、なんて言われて舞い上がって。個人的に打ち上げしようと一か八かの勝負に出てみて。勝って喜んだ次の瞬間に、彼氏がいるとどん底に突き落とされた。
プライベートを監視していなかったことを、玲司は心から後悔した。
そこから、転がり落ちるようだった。
言い訳をするならば、諦めようとはしたのだ。何度も何度も。
それでもどうしても自分より相手が優れていると知らないと諦められなくて、携帯電話の番号を見てしまった。そこから相手を調べて、彼女が支社で嵌められたすぐあとに付き合い出したこと、現在は二股をかけていることに気がつき、やはり、諦められなかった。
あんな男なんか、雪那には似合わない。
でもきっと職場の男であるかぎり、ガードの硬い彼女が外部の男より自分を選ぶことは合理的に考えられなかった。どうせ、時期的に見ても、彼女は付き合っている相手が外部にいた方が楽だとかそんな理由だったんだろう。それでも義理堅い彼女はきっと一度受け入れた男をなかなか切らないだろう。どうせ、仕事で蔑ろにしている罪悪感とかそんなところで。
だったら後輩をやめよう。
その決断は割とすぐで。効率的に働く、ホワイトな働き方、なんてことはもう頭になかった。
彼女を受け入れる懐を見せつけられる男になろう。
彼女があの弱い心を見せてもいいと思えるくらい強い男になろう。
そのためには彼女を徹底的に打ち負かす。
だって自分より下の男に靡くような人ではないから。そんな人であってはならないから。
まずは金がいる、と思い、一番得意だったサイバーセキュリティ対応の会社に転職してノウハウを学び、一年で起業した。それから過去のツテも使って、がむしゃらに個人で受注して名前を売って、くだらない技能大会なんかにも出たりもした。それなりに貯まった金でところでもう一つソフトウェア開発の会社を作り、流行りのセキュリティとセットで売り込んだりして、とにかく寝る間も惜しんでの三年だった。
何が原動力なのかもうわからなくなりそうになることもあった。
それでも彼女を不当に害する奴らを野放しにはできないからという言い訳で監視カメラの映像の自動収集から彼女の背中を見つけるたびに、週に一度は彼女が外回りの息抜きルーティンにしているカフェでわざわざ仕事をしてその姿を見ることができるたびに、夜、彼女のあの潤みきった弱った瞳を思い出すたびに。
どうしても非合理的な怪物が頭をもたげて、徹底して手に入れろと喚く。全思考が、全神経が、彼女にだけ向いて、彼女に振り向いてもらうための道筋をひたすらに計算し続ける。正しくないとわかっているのに、ひたすらにバグが暴走していくみたいに。
雪那に出会う前の自分のプログラムを、玲司はもう思い出せなかった。
雪那がリーダーと聞いた小規模なプロジェクトに自分からやってもいいと手をあげ、面倒くさい客先と先輩社員たちが嫌厭する案件も営業チームに彼女の名前があれば「いいですよ」と引き受けた。
会議室で営業のくせに自らプログラミング企画しようとして唸っている彼女にちょっとアドバイスをしたり、お礼にコーヒーを奢られたり。彼女が相変わらず余分なことをと怒られているのを見て、恩着せがましく「予算さえあればできない話ではないですよ」と言ってみたり。
その都度、一瞬だけパッとあの笑顔を見せる雪那に、どんどんと心臓がおかしくなっていく。
別に自分だけが特別ではない。何か色々と神経を張り詰めている彼女は、特に男性社員への警戒が強いようだが、気を抜くと誰にでもそんな顔を見せている。それを媚びていると見たり可愛いと見たりする男が多いのも事実だった。
でも、その原動力が「だってお客様がうちの製品を使ってくれてよかったって思って欲しいじゃない?一度入れたら軽く十年は使うでしょ。その期間、高い買い物だったって後悔してほしくないでしょ?」という彼女の直属の後輩への青臭い指導で聞いたものだと知ってから、それがどう見ても嘘偽りない本音だと知ってから、この純粋で美しい彼女を「守りたい」と思うようになった。
低俗な奴らに消費された無の表情を、泣き顔を思い出すとゾクゾクとする。けれどそれをあの笑顔のように他の誰にも見せるのは許せない。自分の前だけにして欲しい。
そこまで至って玲司は、これはかつてうざったい女たちが強請っていた恋愛というやつなのかも、と気がついた。感情的で、非合理なもの。玲司にはまるでなかったもの。でも今はあるもの。
ただ、玲司は決して短絡的な行動をする男ではない。
むやみやたらに近づけば、途端に警戒されるのがわかっていた。そこで情報収集をすることにする。
なぜ、あんなにも雪那が人前で気を張っているのか。枕営業なんて陰口まで叩かれるのか。
「……ああ、なるほど。嵌められたのか」
玲司は倫理観は理解しているが持ってはいない。雪那を徹底的に観察すると決意した日から、社内システムに残っているあらゆる記録を閲覧することにした。
人事台帳、評価シート、業務日誌、出張報告、コンプライアンス報告、通報履歴、桐谷雪那のワードでででくるもの、全て。
元々新人にも関わらず不遜な態度が許されるのは、入社さてわりとすぐに基幹システムの脆弱性を見つけた功績にある。目立ちたくなかったので補修は先輩に譲ったが、それも本当はまた社内からのアクセス面で穴を見つけた。いちゃもんをつけられたくも目をつけられたくもなかったので黙っていたが。
当然、社内のアクセスコードは全て監視され履歴が残る。不正アクセスは犯罪だ。だが、すでに不正ログインして持ち帰り仕事いる外部委託業者のパソコンなら。事が露見するリスクと自分の欲望を天秤にかけ、一日じっくり悩んでから、まあいいか、と結論づけた。バレても不適切なデータの持ち出しを突き止めて会社にとってはプラスだろう。たった一人の個人情報が閲覧されたことなんて気にも留めないくらい。レギュレーションがわかりすぎるほどわかる男は、くつ、と笑った。
でも、彼女が嫌だろうと、ダメなことは理解できるので、住所や電話番号は見ないように意識した。玲司は一目見た数字を容易に記憶できる。住所を見たら行きたくなるし、携帯番号を見ればハッキングしたくなるに決まっている。
道に外れているのにどうにかまともを残そうと、その理由が彼女を怯えさせないためだというのだから、相当にイかれていると自分で自分を嘲笑した。
調べる中でわかったのは、あのひどい噂が支社の先輩によって吹聴されたものだったということだ。雪那が一度だけ産業医に漏らした相談からセクハラ相談室に行き、人事部からの聞き取りにそれでも彼女は被害として訴えようとしなかったらしい。
自分が迂闊だったのだと思う、と。
別に先輩で誘われて飲みにいくのが悪いわけでも、業務の相談をするのが悪いわけでもないだろう。悪いのはそれを好意と勘違いし、挙句に先に評価された彼女を妬んだ相手の方だ。振られた腹いせに幼稚なことをしたものだと玲司は思い、その相手の情報をあえてメモした。頭で覚えているには腹が立ってしまうからだ。
そしてもう一つ同時期になされた事件まであった。
そんなことから一度目の転勤後に注意深くなった彼女。個人的な飲みは全て断る警戒心の一方で、接待には積極的に行き、営業成績を上げるから枕とか客に媚びてるだなんて言われている。妬まれてることも知っていて、腐らず、相手にしすぎず、周囲の期待に応えて、それなりにいい人間関係でうまくやって、どれだけ完璧な人間。
そう思いきや、それを演じている弱いただの人間。
何故だろうか、そのギャップがどうしても突き崩して自分のものにしたい。
その衝動に身を任せて、玲司は彼女の懐に入ることから始めた。いつもと同じだ。相手が喜ぶことをして少しずつ距離を詰めて恩義を感じさせて自分という存在を意識づけていく。
あれほど面倒くさかった残業も当番も彼女といられるのであれば苦でもなく、彼女のやりたいことを一つずつ実現していくことも楽しかった。絶対に拒否していたはずの外に出ること、も彼女の見ている世界で信頼を得るためと思えば我慢ができた。
いつの間にか顔を見る都度、ミル挽きコーヒーを奢られる仲。夜明けのバグ修正対応は神様からの贈り物だった、なんて、あまりにも柄にないことを思って。
前髪に触るなんてそんな迂闊なことをしてきた、警戒心の薄れた彼女が可愛くて。モテそう、なんて言われて舞い上がって。個人的に打ち上げしようと一か八かの勝負に出てみて。勝って喜んだ次の瞬間に、彼氏がいるとどん底に突き落とされた。
プライベートを監視していなかったことを、玲司は心から後悔した。
そこから、転がり落ちるようだった。
言い訳をするならば、諦めようとはしたのだ。何度も何度も。
それでもどうしても自分より相手が優れていると知らないと諦められなくて、携帯電話の番号を見てしまった。そこから相手を調べて、彼女が支社で嵌められたすぐあとに付き合い出したこと、現在は二股をかけていることに気がつき、やはり、諦められなかった。
あんな男なんか、雪那には似合わない。
でもきっと職場の男であるかぎり、ガードの硬い彼女が外部の男より自分を選ぶことは合理的に考えられなかった。どうせ、時期的に見ても、彼女は付き合っている相手が外部にいた方が楽だとかそんな理由だったんだろう。それでも義理堅い彼女はきっと一度受け入れた男をなかなか切らないだろう。どうせ、仕事で蔑ろにしている罪悪感とかそんなところで。
だったら後輩をやめよう。
その決断は割とすぐで。効率的に働く、ホワイトな働き方、なんてことはもう頭になかった。
彼女を受け入れる懐を見せつけられる男になろう。
彼女があの弱い心を見せてもいいと思えるくらい強い男になろう。
そのためには彼女を徹底的に打ち負かす。
だって自分より下の男に靡くような人ではないから。そんな人であってはならないから。
まずは金がいる、と思い、一番得意だったサイバーセキュリティ対応の会社に転職してノウハウを学び、一年で起業した。それから過去のツテも使って、がむしゃらに個人で受注して名前を売って、くだらない技能大会なんかにも出たりもした。それなりに貯まった金でところでもう一つソフトウェア開発の会社を作り、流行りのセキュリティとセットで売り込んだりして、とにかく寝る間も惜しんでの三年だった。
何が原動力なのかもうわからなくなりそうになることもあった。
それでも彼女を不当に害する奴らを野放しにはできないからという言い訳で監視カメラの映像の自動収集から彼女の背中を見つけるたびに、週に一度は彼女が外回りの息抜きルーティンにしているカフェでわざわざ仕事をしてその姿を見ることができるたびに、夜、彼女のあの潤みきった弱った瞳を思い出すたびに。
どうしても非合理的な怪物が頭をもたげて、徹底して手に入れろと喚く。全思考が、全神経が、彼女にだけ向いて、彼女に振り向いてもらうための道筋をひたすらに計算し続ける。正しくないとわかっているのに、ひたすらにバグが暴走していくみたいに。
雪那に出会う前の自分のプログラムを、玲司はもう思い出せなかった。