終着駅のワンナイトは終わらない〜策士なイメチェン元後輩(一見ワンコ)の執着に囚われました〜【一話から】
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(だからっておはようからおやすみまでずっと連絡してくるってどうかしているわ)
 
 玲司はとてつもなくマメな男だったようだ。若干の恐怖を感じるくらい。「雪那さんと会話できるの嬉しい」と弾むような言葉も何となく粘着質な気がする。
 しかし、別に何百通という常軌を逸したものではなく、ストーカーというほど酷いわけでもない。過去に取引先担当からのストーカー被害を警察に相談したときの話と比べても、全然犯罪じゃない。
 ただ雪那が筆無精なだけで重く感じるだけ。それもわかっているかのように玲司は「返信不要」を多用してくる。だからといってもずっと無視するのも気になるのが雪那の性格だ。
 一つ返すと途端に嬉しそうな――文面からすぐわかる絶対に嬉しそうな返事がすぐくるのは、不快ではなかった。
 犬が一人でボールを投げて取ってきて、ワンワンと回っているような、そんな想像をしてしまうみたいな。

 雪那は隣の淡い茶色のサングラスをかけた男をチラチラと盗み見ながら手持ち無沙汰で私物スマホを握りしめていた。
 ネイビーのリブニットの素材はカシミアだろうか。少し光沢があって綺麗だ。適度な温かさの車内で捲られた袖からははっきりと鍛えられた腕の筋肉が見える。筋張った手の甲から続く手入れされた四角い爪を持つ長い指先はやはり綺麗だと思わざるを得なかった。
 横顔はやはり鼻が高い。輪郭が綺麗だ。短い横髪から除く耳の形は緩やかなカーブでそんなところまで何となく綺麗だなと思ってしまう。

「雪那さんにそんな見つめられると照れてしまいますけど」

 信号待ちで、玲司が口元を緩めてこちらを見てきた。柔らかな目元がサングラスで見えないとちょっと軽い、遊び人の雰囲気が漂う。
 また見惚れたことに気がついたはっと顔を引き締めた。

(なんでこんな人が私を脅してまでデートに誘うのかな?)

 これはもはや業務業務と思いながら、お願いだからパンツスーツはやめて、と懇願されたので、雪那はいつもの戦闘服はやめて、ダークグレーの膨らんだシフォン袖の首詰ブラウスにライトグレーのふくらはぎまであるニットパンツを合わせてきた。ダークグレーの色が玲司のクロップドパンツの色で被ったので、彼が「可愛いし、お揃いですね」と微笑んだことにグッと詰まったが、気にしてないふりをした。
 郊外の展示場のため、車で行くことを提案された時から随分警戒していたが、玲司は静かに車を走らせるだけで余分なことは言ってこない。おしゃれな音楽が流れるわけでもなく、交通情報がひたすら流れるラジオ。渡されたのは、コンビニのあったかいコーヒーでいっそ拍子抜けした。業務用車とそう変わらない。ポツポツと今日の目的地の話をするくらい。
 話しかけた方がいいのか運転に集中したいタイプなのか掴みあぐねて、雪那は話しかけられない限り、とりあえず黙っていた。
 しかし、黙っていると今度はここに至った経緯をひたすらに思い出してしまい、それはそれでやはり落ち着かない。先ほどからその繰り返しだ。

「ごめんなさい、退屈ですか?」
「そんなことないわ」

 もう渡されたカップコーヒーはなくなっていた。とりあえず飲み物で沈黙を誤魔化していたことを見透かされたようで、ちょっとだけ気まずい。そんなに勢いよく飲むタイプではないのに。

「俺、あんまり喋る方でなくて。結構頑張って愛想良くはしているんですけど……何を喋ったらいいかわからなくなるんですよね」

 ふと、昔の玲司を思い出した。確かにこちらから話しかけないとずっと無言でパソコンに向いているような男だった。プログラムの話だけはやたらと流暢に澱みなく喋る、技術者らしいタイプ。
 
「その割にはここまでかなり強引すぎだと思うけど。脅しよ、脅し」
「雪那さんと出かけるってのが一つのマイルストーンなので。でもいざ来てみると何がいいのかなって……一応、デート本とかネット記事とか色々読んではみたけど、雪那さんを見たら上手く話せなくて」
「デート本?」

 雪那はきょとんとした。まるで手慣れてないかのように言う。玲司は前を見たまま、ちょっと唇を尖らせた。

「……その、自分から誘ったの、初めてで。ごめんなさい、慣れてなくて」

 パチパチと目を瞬く。玲司の色白の頬がほんのり赤くなっていた。それに釣られて雪那の頬も熱くなった気がした。

「そ、そんな馬鹿な。橋谷くん、モテるでしょうに」
「別にモテはしないです。あ、初めてとか、そこまでダサイことでは流石にないですよ。ただ、いつもついていくだけしかしてなかったから。全部人任せで、何にも考えたことがなくて」
「はいはい。それはモテ男の余裕ね」
「……違うんですけど」

 ドキドキに振り回されないようにしながら、雪那はやっぱり唇を尖らせたままの玲司を憎みきれないなあと思った。
 通話チャットの犬みたいな印象のままだ。

「下手にムードにこなれてたら、途中でムズムズして降りたくなったから、業務用車仕様がちょうどいいわ」
「業務用……酷い言い草ですね」
「気負わないのがいいってこと」

 初めてクスッと笑みが溢れた。玲司がビクッとしていきなり振り返る。

「ちょっと危ない!」
「見逃した。雪那さんの素の笑顔。全部俺の心のコレクションにしたいのに」
「な……っ」

 急に気障なことを言うのはやめてほしい。耳まで熱を持って、首筋から背中に汗をかいた気がした。冬なのに。

「……そ、そんな口説き文句、どの本に書いてあったの?」
「え?これ口説いてます?」
「っ、ち、ちが……軽薄に聞こえるわよ」
「……全然軽薄じゃないんだけどな。本心しかない。雪那さんもびっくりの重たい本心」
「その言い方、からかっているでしょう。慣れてないなんて嘘」
「え?なんで?」
「何でもなにも、私なんかにそんなこと言わないわ」
「…………雪那さんって時々びっくりするくらい自己肯定感低めだよね。なんで?そんなに綺麗でスタイルも良くて仕事もできるのに」
「そんなおべっかいいから、前向いてきちんと運転して」

 プイッと視線を逸らせて自分側の窓の外を見た。玲司はそれ以上、何も言ってこなかった。

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