終着駅のワンナイトは終わらない〜策士なイメチェン元後輩(一見ワンコ)の執着に囚われました〜【一話から】
 *

「わあっ!」

 一般入場券までが売り切れのイベントなだけあって、会場内は人がたくさんいた。入口でもらったパンフレットを見て興味があるものを片っ端から見ていく。
 玲司に即、時間で集合しようと提案したが、彼は雪那さんの邪魔はしないからついてっていい?とずっと黙って一定距離を保って後ろにいる。ブースの説明員との会話に夢中になってそのうちに玲司の存在を忘れていた。必死にメモを取って、気がつけばいつもの腕時計の針は一周をとうにすぎている。
 はっ、とした。
 
「あ、ごめ……」

 振り返っても玲司はいない。流石に呆れてどこかに行ったのかと思い、ストラップで斜め掛けしていたスマホを握ったところで、後ろからいきなり呼びかけられてビックリした。振り返ったところで頬に冷たいプラスチックカップが押し付けられてもっとびっくりする。

「ひゃっ」
「喉乾いたでしょう?これ、好きですよね」

 太めのストローが刺さったそれはフルーツスムージーのようだった。並々と氷が入っている。ふと見れば奥のキッチンカーにかなりの行列ができていた。

「並んできてくれたの?」
「雪那さんの勢いみたらまだまだこの辺にいそうだと思ったからね」
「……ごめん」

 完全に無視していたことを謝る。けれど玲司は目を細めてふわっと笑っただけだ。

「何で謝るの?変なの。俺が無理矢理脅してまで連れてきたんだから、雪那さんは好きに楽しんだらいいに決まってる」
「え……?」
「楽しそうな雪那さんがたくさん見れてよかった。でも水分補給したら?人は多いし暖房効きすぎてるしほっぺた真っ赤」

 玲司の揃えた指が、雪那の頬をそっと滑った。ドクっと心臓が跳ねる。

「えっ、あ、ありがとう。並ぶのがいつも躊躇うだけど、ミックスジュースとかスムージーとか好きで」
「うん、知ってる」

 飲食ブースは混んでいて、結局隅で立ちながら、ストローを口に含んだ。そんなことまで話したの?とやや怪訝に思いながら。これ以上何を言ったらいいかわからなくなったからだ。
 大和は並ぶのが嫌いで、何かを買ってきてくれたことはほとんどなかった。いつも雪那が食べたいものを一人で二人分買うか、一人の時に勝手にするかと諦めるかのどちらかだった。不機嫌になられるのが面倒くさかったのだ。
 でも玲司はさらりと差し出してくれる。雪那の桃とマンゴーのミックスとは違って、ブルーベリー色のスムージーを飲んでいる彼を伏せた視線の中に織り交ぜながら伺い見た。
 慣れない。そういえば行きのコーヒーも奢ってもらったままだった。そもそも、駐車場が案外遠かったので外では着込まざるを得なかったコートも戦利品用の鞄も都度都度もらってくるパンフレットも全部玲司が持ってくれているのにさらに並ばせてどうするのか。流石に申し訳がない。玲司の分の代金も払おう。

「これも飲みます?」
「え?」

 そんなことを思っていると、玲司は、雪那の前にブースごとの紙袋がたくさんかけられた腕で自分のカップを差し出してきた。

「飲みたそうだから」
「いえ違……」
「そうですか?じゃあそっち、俺にも一口ください」
「あ、いいわよ」

 雪那は素直にカップを渡そうとしたのだが、玲司が小さく首を振って雪那が差し出したカップに向けて頭を下げた。ちゅう、とそのままストローを咥えて飲まれてしまう。

「美味しいですね」
「え……そ、そうね?」

 その飲み方する必要あった? バカップルじゃあるまいし。いやきっと手が塞がっていたから仕方なく。

「ふふ、学生のカップルみたいですね」
 
 必死にこれ以上赤面しないようにしているのに、玲司がそんなことを言うから恥ずかしくなって結局、赤くなってしまった。
 
「いい年して何を言っているの。アラサーよ?」
「初デートなんですし、浮かれてもいいじゃないですか。アラサーだって」

 その笑顔があまりにも、あまりにも眩しいので、雪那は慌ててストローを齧った。

「間接キスですね」
「ばか……っ」
「まあそうですね。流石にそれくらいでは興奮するほど青くないというか。……本当のキス、します?」
「何言ってるの!」
「冗談ですよ、怒らないでください。お許しが出るまで誓って手は出しません。でも、お願いくらいは許してください」
「はあっ?」

 玲司が一歩を詰めてくるので一歩を下がる。けれど誰かにぶつかりかけ、慌てて謝罪をして戻ると玲司の腕の中と言える距離にいた。

「ちょっと近い……」
「近づいているので当たり前かなと。ね、雪那さん」
「ひ……」

 少し屈んで、耳元で囁くように話さないで欲しい。はっきりブルーベリーヨーグルトの匂いがした。

「いっぱい興奮してる雪那さんを見てゾクゾクしてたところに、こんな餌付けごときで照れてる雪那さんを見せられて、可愛くてキスしたくなった。ダメ?」
「っ、こんな人ごみでダメに決まって……」
「二人きりならいい?」
「よくないっ!」
「ダメ、かあ」
「当たり前でしょ!」
「あのさ、雪那さん的には恋人ってどうしたらなってもいいと思えるの?」
「な、なれないわよ!そんなもの!」
「体の相性って非常に大事な要素でアピールしたいんだけど」
「か、か、帰る!!」
「ダメ、かあ」

 しょんぼりしたような声を出しているが、主張内容はセフレからどうですか?にしか聞こえない。むしろ、セフレになろう、にしか聞こえない。
 雪那が完全に逃げ腰になると、玲司はパッと両手を上げて離れた。

「不躾な質問を失礼しました。帰るなんて言わずに、今日はせっかくですから、もっとゆっくりブースを見ましょうよ。もう言わないですから。あ、希望を持っていることは覚えておいていただいて構いませんけども」
「は、はぁ?!」
「いちごみたいに真っ赤ですね。可愛い。ウブだなぁ、可愛い」

 元先輩にいうことにかいてウブとは。しかも可愛いを二回言った。
 雪那はコントロールできない熱に翻弄されて、玲司の肩をバシンと叩いた。


 
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