終着駅のワンナイトは終わらない〜策士なイメチェン元後輩(一見ワンコ)の執着に囚われました〜【一話から】
とは言っても有意義な見学は続くわけで。どうやらアイドルが出るイベントがあったらしくそこに人が殺到している間に、しっかりと端々まで説明員の話を聞いて回って雪那はホクホクだった。これが元彼なら「何で俺が付き合わないといけないんだよ」から始まり、「人のこと忘れてんじゃねえし」と途中でさっさと帰っていただろう。いや、大和だけではなく、きっと大人になったら歴代の彼氏も同じだろうし友人もそうだろう。
雪那は自分が好きなことに没頭する癖があるし、突き詰めることにどれだけの時間をかけても気にしないタイプなのだ。いわゆるオタク気質。しかも気になるものがマニアック。おしゃれなものや綺麗なものに興味がなく、ゴリゴリの工学とか技術とかが好き。
ちょっと変わっている、見た目のイメージとだいぶ違う、などなど言われ続けた。何となく引かれているのはわかるので、表面的に人が好きそうなことは勉強して知識を入れるけれど夢中にはならない。
桐谷雪那というイメージで生きる方が楽だからそうしているだけだ。
「ああ、楽しかった!」
「それはよかった」
だから、三時間、最初から最後まで一言の文句も言わず、ただひたすら後ろにいて、今もニコニコ笑っている玲司は異様だなと思った。
「橋谷くんも自分の好きなものを見てきたら良かったのに」
「見てましたよ」
「え?嘘。ずっと私の後ろにひっついてたじゃない」
「ええ、だから好きなものを見ていました」
どうぞ、とコートを渡されたところで、その意味を理解して頬が噴火したのかと思うほどに熱くなった。
「……っ、口がうますぎるわ。何が慣れてないよ」
「慣れてないから本心だけで喋ってます」
「もう!」
「橋谷さん!」
雪那が声を荒げたところで、後ろから玲司が声をかけられた。振り返ると、出展者のカードを首から掛けている年配の男性と若い女性。
「いらしてたんですね。声をかけてくださいよ!最近はどうです?お忙しい?またぜひうちでも……」
愛想の良さそうな男性に、玲司もにこやかに対応している。積極的に名刺を差し出している女性は、確実に玲司と近づきたい意図がありそうだ。雪那はススっとさりげなく離れた。けれど。
「すみません、今日はプライベートで来たので名刺を忘れてしまって」
「ちょっと」
肩を抱かれて玲司の隣に戻ってしまった。
「すみません、断るの面倒くさいので話を合わせてください」
抗議をするも、ボソリと耳元で囁かれて黙り込む。今日確かに完全に雪那の趣味に付き合ってもらったのだから少しは役に立ってあげねばと思った。
雪那は黙ったままにこり、と営業スマイルを浮かべた。
「ああ、すみません。これはお邪魔をしてしまい。お綺麗な方ですね。しかしこんな味気ないところでデートですか?もっといいところに連れて行かないと……ああ、あのアイドルユニット目当てですか?女性ファンも多いですしねえ」
ニコニコ。女はこんなテクノロジーに興味ないだろうという決めつけにムッとしつつも、とりあえず黙っておく。年配の可塑性は低いことをよくよく理解している。
「いえ、彼女がプログラムとか最先端テクノロジーが好きなのですよ。僕は彼女と出会ってその楽しさを知りました。起業して今の道に進んだのも彼女が楽しそうだったからで」
けれど玲司がわざわざ否定するのでびっくりする。こんなもの一度きりなんだから適当に合わせておけばいいのに。
相手も少し、気まずそうだ。
「おやあ、そうですか。橋谷さんが我が社とお付き合いいただけているのが彼女のおかげならば、我々にとっても幸運の女神ですな」
それでもさすがの返しで、こちらを睨んでいたアシスタントっぽい女性を促して去っていった。
「なんかああいう、欲望に忠実な女の人って怖いですよね。取引先だっていうのにあからさまに色目使って、何しに来てるんだろうって」
全く同じことを思っていた雪那は強張った微笑みを崩して、笑った。
「ふふ、橋谷くんとは価値観が似ているかもね。私もああいう人はいくらゆるふわ可愛くてもでもちょっと苦手かな」
「雪那さんのアシスタントみたいな?」
「……なんかちょっと色々話しすぎたのかしら?バーで盗み聞き?嫌だ、本当関係ない人にも聞かれてたらどうしよう」
「大丈夫ですよ、他の人は聞いてませんでした。酔っ払いの戯言なんて」
「酷い言い草。まあ、でもあの日はひどかったわ、本当に」
玲司に促されて会場出口に向かう。持つというのに雪那の荷物は相変わらず玲司が全部持ちだ。
「雪那さんって失恋に引きずられるタイプなんだなって思いました」
「馬鹿言わないで。あれはユースアラウンド社……あなたに負けて悔しかったからよ。あんな男、一瞬で願え下げたわ」
「失恋の傷は新しい恋っでって使い古された言葉を言おうとしたのに」
「元凶が言う言葉じゃないわね」
「雪那さんより優秀な男になろうと思って同じ土台に上がっただけだよ」
だけだよ、という言葉に雪那は気分を害した。長年の努力をたったの三年で覆されてしまった悔しさに、視線がキツくなる。けれど玲司はそれを受け止めて、やはり笑った。
「雪那さんのせいじゃないよ。これでいい、同じでいいって保守的になったらもう劣勢なんだ。その時点で雪那さんは売るものがないんだから、営業は可哀想だよね」
「……元の会社をそんな悪く言うものじゃないわ」
「悪く言ってるつもりはないよ。ただ、残念だなって。あれはもう大企業病なんだよ。挑戦が許されなくなった。雪那さんだって型に嵌るしかなくてつまらないと思ったことはない?」
「…………思ってないわよ」
「間があった」
「母体が大きいからこそ色々やれることもあるわ。色々な人もいるし」
「まあそれも否定しない。でも雪那さん個人が消費される必要もないとは思うんだよね」
消費、という強い言葉に、雪那は動きを止めて玲司を見つめる。
「消費、でしょ?女性ながらに優秀でよく働く社員のステレオタイプ。この先は女性マネージャー。使えない部下の面倒と業績のプレッシャーの板挟みに、外見は綺麗なままが求められて。当社はこんなにも活躍する素敵な女性がいますって。その裏で雪那さんの自由も心もどんどん擦り減ることに誰も気づこうともしない。そうでしょ?」
「…………占い師?」
「あはは、俺は情報から合理的に予測してるだけですよ。でも、そうでしょう?今までだって、ずっとそうだったんじゃないです?」
「…………橋谷くんは何を知っているの?」
警戒がピンと機能した。玲司は「知りすぎている」気がする。何か薄気味悪いような。
けれど彼はやはり、犬みたいな柔らかな人懐っこい顔をして微笑んだ。
「雪那さんが人前ではやたら強がるけど、就業中、非常階段で泣くくらいには弱い人だってことかな」
「……ッ、それ、は……若気のいたりよ……」
「今の俺から一つ下の年?」
グ……っと詰まる。玲司はもう一国一城の主で頑張っていた年だというのに、先輩と激しく口論になったくらいで泣くなんて。
「ごめんね、雪那さんを虐めるつもりなんてまるでないんです。ただ、可愛いなって、思って」
「社会人として失格よ……」
「でも、俺にとって初めての衝動だったんだ。あんなに凛として綺麗で強くて、……でも、脆い。ステンドグラスみたいな人だって」
独特の喩えだと思った。けれど立ち止まった玲司の目の奥には何か強い意志があった。
「ねえ、雪那さん。俺ね、雪那さんにつり合うためだけに頑張ったんだよ。雪那さんにちゃんと意識してもらうためにね。それは成功しているでしょう?」
首を傾けて雪那の瞳を間近で覗き込んでくる。何度この彼に息を呑めばいいのだろう。
「俺ね、雪那さんならずーっと見ていられるから。今日わかったでしょう。雪那さんの邪魔はしない。雪那さんの喜ぶこと何でもしてあげる。全部雪那さんのお願いを優先するって誓う。だから、俺の恋人になって。お試しでいいから。何も見ずにとりあえずフらないで、お願い」
そんな熱心に真正面から言われたことなどない。それもこんな、ここに立っているだけで、ちらちらと女性たちからの視線を感じるような美青年に。
触れない、と言ったはずなのに、玲司がそっと指先を絡めてきたのを、雪那はもう振り解くことが出来なかった。
雪那は自分が好きなことに没頭する癖があるし、突き詰めることにどれだけの時間をかけても気にしないタイプなのだ。いわゆるオタク気質。しかも気になるものがマニアック。おしゃれなものや綺麗なものに興味がなく、ゴリゴリの工学とか技術とかが好き。
ちょっと変わっている、見た目のイメージとだいぶ違う、などなど言われ続けた。何となく引かれているのはわかるので、表面的に人が好きそうなことは勉強して知識を入れるけれど夢中にはならない。
桐谷雪那というイメージで生きる方が楽だからそうしているだけだ。
「ああ、楽しかった!」
「それはよかった」
だから、三時間、最初から最後まで一言の文句も言わず、ただひたすら後ろにいて、今もニコニコ笑っている玲司は異様だなと思った。
「橋谷くんも自分の好きなものを見てきたら良かったのに」
「見てましたよ」
「え?嘘。ずっと私の後ろにひっついてたじゃない」
「ええ、だから好きなものを見ていました」
どうぞ、とコートを渡されたところで、その意味を理解して頬が噴火したのかと思うほどに熱くなった。
「……っ、口がうますぎるわ。何が慣れてないよ」
「慣れてないから本心だけで喋ってます」
「もう!」
「橋谷さん!」
雪那が声を荒げたところで、後ろから玲司が声をかけられた。振り返ると、出展者のカードを首から掛けている年配の男性と若い女性。
「いらしてたんですね。声をかけてくださいよ!最近はどうです?お忙しい?またぜひうちでも……」
愛想の良さそうな男性に、玲司もにこやかに対応している。積極的に名刺を差し出している女性は、確実に玲司と近づきたい意図がありそうだ。雪那はススっとさりげなく離れた。けれど。
「すみません、今日はプライベートで来たので名刺を忘れてしまって」
「ちょっと」
肩を抱かれて玲司の隣に戻ってしまった。
「すみません、断るの面倒くさいので話を合わせてください」
抗議をするも、ボソリと耳元で囁かれて黙り込む。今日確かに完全に雪那の趣味に付き合ってもらったのだから少しは役に立ってあげねばと思った。
雪那は黙ったままにこり、と営業スマイルを浮かべた。
「ああ、すみません。これはお邪魔をしてしまい。お綺麗な方ですね。しかしこんな味気ないところでデートですか?もっといいところに連れて行かないと……ああ、あのアイドルユニット目当てですか?女性ファンも多いですしねえ」
ニコニコ。女はこんなテクノロジーに興味ないだろうという決めつけにムッとしつつも、とりあえず黙っておく。年配の可塑性は低いことをよくよく理解している。
「いえ、彼女がプログラムとか最先端テクノロジーが好きなのですよ。僕は彼女と出会ってその楽しさを知りました。起業して今の道に進んだのも彼女が楽しそうだったからで」
けれど玲司がわざわざ否定するのでびっくりする。こんなもの一度きりなんだから適当に合わせておけばいいのに。
相手も少し、気まずそうだ。
「おやあ、そうですか。橋谷さんが我が社とお付き合いいただけているのが彼女のおかげならば、我々にとっても幸運の女神ですな」
それでもさすがの返しで、こちらを睨んでいたアシスタントっぽい女性を促して去っていった。
「なんかああいう、欲望に忠実な女の人って怖いですよね。取引先だっていうのにあからさまに色目使って、何しに来てるんだろうって」
全く同じことを思っていた雪那は強張った微笑みを崩して、笑った。
「ふふ、橋谷くんとは価値観が似ているかもね。私もああいう人はいくらゆるふわ可愛くてもでもちょっと苦手かな」
「雪那さんのアシスタントみたいな?」
「……なんかちょっと色々話しすぎたのかしら?バーで盗み聞き?嫌だ、本当関係ない人にも聞かれてたらどうしよう」
「大丈夫ですよ、他の人は聞いてませんでした。酔っ払いの戯言なんて」
「酷い言い草。まあ、でもあの日はひどかったわ、本当に」
玲司に促されて会場出口に向かう。持つというのに雪那の荷物は相変わらず玲司が全部持ちだ。
「雪那さんって失恋に引きずられるタイプなんだなって思いました」
「馬鹿言わないで。あれはユースアラウンド社……あなたに負けて悔しかったからよ。あんな男、一瞬で願え下げたわ」
「失恋の傷は新しい恋っでって使い古された言葉を言おうとしたのに」
「元凶が言う言葉じゃないわね」
「雪那さんより優秀な男になろうと思って同じ土台に上がっただけだよ」
だけだよ、という言葉に雪那は気分を害した。長年の努力をたったの三年で覆されてしまった悔しさに、視線がキツくなる。けれど玲司はそれを受け止めて、やはり笑った。
「雪那さんのせいじゃないよ。これでいい、同じでいいって保守的になったらもう劣勢なんだ。その時点で雪那さんは売るものがないんだから、営業は可哀想だよね」
「……元の会社をそんな悪く言うものじゃないわ」
「悪く言ってるつもりはないよ。ただ、残念だなって。あれはもう大企業病なんだよ。挑戦が許されなくなった。雪那さんだって型に嵌るしかなくてつまらないと思ったことはない?」
「…………思ってないわよ」
「間があった」
「母体が大きいからこそ色々やれることもあるわ。色々な人もいるし」
「まあそれも否定しない。でも雪那さん個人が消費される必要もないとは思うんだよね」
消費、という強い言葉に、雪那は動きを止めて玲司を見つめる。
「消費、でしょ?女性ながらに優秀でよく働く社員のステレオタイプ。この先は女性マネージャー。使えない部下の面倒と業績のプレッシャーの板挟みに、外見は綺麗なままが求められて。当社はこんなにも活躍する素敵な女性がいますって。その裏で雪那さんの自由も心もどんどん擦り減ることに誰も気づこうともしない。そうでしょ?」
「…………占い師?」
「あはは、俺は情報から合理的に予測してるだけですよ。でも、そうでしょう?今までだって、ずっとそうだったんじゃないです?」
「…………橋谷くんは何を知っているの?」
警戒がピンと機能した。玲司は「知りすぎている」気がする。何か薄気味悪いような。
けれど彼はやはり、犬みたいな柔らかな人懐っこい顔をして微笑んだ。
「雪那さんが人前ではやたら強がるけど、就業中、非常階段で泣くくらいには弱い人だってことかな」
「……ッ、それ、は……若気のいたりよ……」
「今の俺から一つ下の年?」
グ……っと詰まる。玲司はもう一国一城の主で頑張っていた年だというのに、先輩と激しく口論になったくらいで泣くなんて。
「ごめんね、雪那さんを虐めるつもりなんてまるでないんです。ただ、可愛いなって、思って」
「社会人として失格よ……」
「でも、俺にとって初めての衝動だったんだ。あんなに凛として綺麗で強くて、……でも、脆い。ステンドグラスみたいな人だって」
独特の喩えだと思った。けれど立ち止まった玲司の目の奥には何か強い意志があった。
「ねえ、雪那さん。俺ね、雪那さんにつり合うためだけに頑張ったんだよ。雪那さんにちゃんと意識してもらうためにね。それは成功しているでしょう?」
首を傾けて雪那の瞳を間近で覗き込んでくる。何度この彼に息を呑めばいいのだろう。
「俺ね、雪那さんならずーっと見ていられるから。今日わかったでしょう。雪那さんの邪魔はしない。雪那さんの喜ぶこと何でもしてあげる。全部雪那さんのお願いを優先するって誓う。だから、俺の恋人になって。お試しでいいから。何も見ずにとりあえずフらないで、お願い」
そんな熱心に真正面から言われたことなどない。それもこんな、ここに立っているだけで、ちらちらと女性たちからの視線を感じるような美青年に。
触れない、と言ったはずなのに、玲司がそっと指先を絡めてきたのを、雪那はもう振り解くことが出来なかった。