終着駅のワンナイトは終わらない〜策士なイメチェン元後輩(一見ワンコ)の執着に囚われました〜【一話から】
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「大丈夫です?水飲めます?」
「………申し訳ないです」

 雪那はベッドに横になったまま、差し出された冷えた水のペットボトルを受け取った。
 玲司があの場でコンビニで買ったビニール袋を持っていなければ、社会的に死んでいた。いや、もはや他人と言える元同僚ーー同僚と言えるほど近しい関係でなかった気もするーーの前でモザイクなものを思い切り吐いた時点で、ダメだ。でも、ぐるぐる回る視界で、三円かけて袋を買ってくれてありがとう橋谷くん、神、と感謝した。
 駅の片隅でそんな汚い雪那の背をさすり、冷たくなっててすみませんと小容量のお茶のペットボトルを差し出した玲司はどれだけできた人間か。システム屋にしてはコーヒーを差し出してくれたり気遣いが上手いと思ったことも思い出す。なにせエンジニアは偏屈な相手が多いので。
 朦朧とする雪那にハンカチを差し出して、肩と腰を支えながらさっさと駅近くのビジネスホテルを予約してくれた手腕は見事すぎる。

「この辺りほぼホテルがないみたいで、ダブルしか空いてなくてすみません……」
「いえ、こちらこそ……ダメな大人でごめんなさい……ほん、と、こんなイケメンに……申し訳ない……」

 とにかく謝り倒しつつ到着したホテルの部屋で気を失うように眠ってやっと人心地ついた。起き上がれはしなかったが、頭はだいぶスッキリしていた。
 ベッドサイドのデジタル時計は日付を超えて0時37分。寝ていたのは少しのようだ。
 どんなに飲んでも記憶を飛ばしたことはない。あまりにひどい失態に枕に顔を埋めた雪那は、自己嫌悪でどうにかなりそうだった。

「まだ気持ちが悪いです?」
「いえ、自分が埋まる穴をどうやって掘るかなと思っているところです。橋谷さんにこんな迷惑をかけて……」
「ふは、埋まらなくていいですよ。ていうか何で敬語です?先輩じゃないですか」
「三年以上前の同じ会社の人なんて、他人でしょう」
「他人」
 
 柔らかだった玲司の声が急速に強張った。ここまで親切にしてもらって失礼だったかもと焦る。
 
「……こんな恥ずかしいところ見られてそれで先輩面できるわけないでしょう」
「そんなこと。いつもパーフェクトだった桐谷さんの隙のある一面が見れて、俺としては役得ですよ」
「え……?」

 グデングデンな女を引きずって諸々面倒な手配をして、何を言うのかと事前に胡乱げな視線になる。
 
「嫌味?」
「まさか。何でそう取りました?」
「橋谷さんかっこいいから。こんなイケメンって知りませんでした。以前はもさ……前髪も長くて………あっ、彼女とか誤解されません?そうなったら申し訳なさすぎて。きちんとご説明しますよ」
「いや、彼女なんてずっといないんで大丈夫ですよ」
「またまた。こんな素敵な男性を世の中の女が放っておくわけがないじゃないですか」
「いや、本当ですって。素敵って、桐谷さんに言われるなら嬉しいです。でも、桐谷さんこそ彼氏いまし……」
「いないよ」

 玲司を遮ってムッとした口調になったのは、この状況を招いた元彼への苛立ちを思い出したからだ。八つ当たりなのはわかっているが、口調が尖るのは仕方がない。
 傷口はパックリひらいたままで、瘡蓋になるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

「えっと、そんなに飲んだのは失恋した、とか?」

 玲司の声が何ともいえない響きになった。気を遣わせてしまったと雪那は後悔したが、いま腹の中にあるのは怒りと強い虚しさだった。

 これは失恋なんかじゃない。ずっと恋ではなかった。打算だった。でも傷ついた。自分ががむしゃらにやってきたことを否定されるのは誰でも気分が良くない。

 だから強がった。
 
「いいえ、捨ててやったの」
「……ふは。桐谷さんらしい。せっかくですから、クールビューティーに捨てられた哀れな男の話を聞かせてくださいよ。桐谷さんのたくさんの申し訳ないの代わりに」

 玲司は知り合った当初から、人馴れしてなさそうな見た目と違って、するりと懐に入る人だと感じていた。雪那のプライドと罪悪感を煽って口を軽くさせる。

「………別になにも楽しくない話よ」
「他人に話したら楽しくなるかもしれませんよ?」

 横目でちらりと見た玲司の顔はニヤリと笑っていて、散々クライアントの愚痴を言い合った徹夜ガンギマリの夜明けのコーヒーを思い出した。

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