終着駅のワンナイトは終わらない〜策士なイメチェン元後輩(一見ワンコ)の執着に囚われました〜【一話から】
*
「だから、何度も言っているじゃない。ちゃんと見積もりに何が入っているかは詳細明記の上で提出しないとトラブルの元だって」
「でも、きちんとパッケージの説明は事前送付資料に書いてあってそれに基づく、となっている以上、いちいち転記する意味ないですよね?」
「あの分厚い資料全部を読み込んでるのを前提にするのはこちらの傲慢だわ。重要事項はしっかりと認識してもらってこそ……」
「こんな些細なアップデート部分は重要じゃありませんよ。重要って展開されたわけでもあるまいに」
「でもこの会社はこの点を気に入った導入に至ったんだから……」
「桐谷さんの営業スタイルって正直古いですよね。だから残業も減らないんですよ。見積もりだって最適化すべきでしょ。アシスタントの負担も減るし、なんならAIで作ればいいじゃないですか見積もりも提案資料も。人間がやるべきはその場でいかに上手く説明するかですよ。そういう無駄なところに時間をかけるの、よくないと思います」
「無駄?無駄って……お客様によりわかりやすく、という何が無駄なの?」
「さほどの売上相手でもないならそうじゃないですか?」
「な……」
馬鹿にしたように笑う瀬南に、雪那はカッとなった。
自分が開拓した客先を、引き継ぐ相手からそんな風に言われる筋合いはない。前の製品機能を気に入ってくれたからこそ拡張機能の商談が出てきたというのに。そもそもここの担当役員は神経質だし、副社長はITに猜疑的。社長はポワポワしているが後ろ盾がある。
さほど大きな規模の会社ではないが、大切にすべき縁を売上だけで見るなんてと拳を握った。
「そんなことよりさっさと他の訪問先で受注とるべきじゃないですか?誰かさんが大口連続で落とした分、挽回の必要があるので」
「……っ、それは、そうでも。それと、これとは関係ない話じゃない」
「おい、桐谷、瀬南。何揉めてるんだ?」
流石に険悪な雰囲気に、課長が割って入る。まず、年長の雪那が叱責を食らった。瀬南も口の利き方に気をつけろと指導される。しかし、彼はかなり頭に来ていたのか、大声で反論した。
「じゃあ聞いてみましょうよ。桐谷さんのやり方、みんな面倒に思ってないのかって。過剰品質って言葉があるじゃないですか!売上取れるなら我慢しますけど、取れなくなった桐谷さんの方法についていく意味がわからないです!」
「瀬南!」
今時の子は、はっきりと口にするものだな、と雪那はいっそ感心したが、やはり不快感は強かった。たった四年しか働いてないくせに。あんな、こんな、修羅場もホワイト企業になった最近の笠の下で知らない世代のくせに。
しかし、「ねえ、どうなんですか」と言い張る瀬南の言葉に、しばらくして、かたん、と椅子を立てる音が続いた。
「あの、雪那さんを批判するつもりじゃないんですけど……ちょっとやりすぎ、というか……もう少し、アシとしては個別の対応を減らして欲しいっていうか……一つ一つ管理も大変ですし……」
まひるだった。瀬南の味方をして点数を稼ぎたいのか、ただ雪那を見限ったのか。嫌なものが喉奥まで昇ってきて雪那はグッと体の横で拳を握る。けれど彼女が名指して名前をあげれば、他のアシスタントも恐る恐るといった形で雪那を見る。
「いえ、仕事なので……その、ただ……桐谷さんに声をかけられるときのために別にファイルを作って管理してないとわからなくなってしまう……って言っただけで。大手のお客様相手で失敗は許されないですし……」
「その話は、だから、昼休みの話題というか、もうちょっと特例処理を減らしてもらえたらいいな……くらいの意味でしかなくて」
「正直私には荷が重いと言いますか……桐谷さん、全部ご自分で直されますし、私の意味あるのかなって……あ、怒られたとかじゃないです、全然。いつも気遣っていただいて」
主任という立場にある雪那を慮りつつの、面倒な本音が見えた気がする。
人のミスをチェックして、自分の仕事をして、後輩のアドバイスをして、とにかく時間がなくても、育てろというからいちいち説明して任せてうまくいかなくて、じかんがないからまた自分で直して。
そのサイクル自体、正直思う通りにならないのがキツくて、ストレスで。一つ一つ丁寧にやりたくても、回すために必死で。でも手を抜かないために……と頑張ってきて。
なのに、そもそも雪那が考える必要なこと自体がみんなに理解されていなかったのだと思うとドッと力が抜けた。
「お前は全力投球しすぎ。脱力を覚えろ」「誰もがお前みたいにはできない」「これからは人にレベルを合わせるのも仕事の一つだぞ」と何度かの面談で言われていた意味をようやく悟った。
自分で自分の余分な仕事を作って自分と周りの首を絞めている迷惑な人、と思われていたのだ。それが売上も上がらないのに、という形で表に出てきた。
羞恥と情けなさと悔しさで、顔があげられなかった。
「お、おい。お前たち」
課長がオロオロとしているのがわかる。
そうだ、仕事だ。これもまた仕事だ。人をうまく使うというマネージャーになるには必要な仕事。組織の最適化。会社のため。うまくやれないのは、開発やカスタマーサポートだけじゃない。
瀬南が勝ち誇ったように笑っていた。
「ご負担をおかけしていたことは申し訳ないです。各担当の指示に従ってくだされば」
「おい、桐谷。ちょっと来い」
個室に呼び出されて、今度は慰められたし、「まさかこんなことで辞める」って言わないよな、と怯えられもした。
一方で、「昔と今は違うんだよ。残業なんて上限なかったしお客様の一言は神様だったあの時と違う。枷を嵌められても俺たちの世代について来られたお前が優秀で稀有な存在なんだ。若者のこともわかってやってくれ」とも苦言を呈された。
普段は横柄で褒めてくれないで仕事の量の調整もしない課長に、時代遅れな年寄り扱いをされるとまだ31だよと腹が立って仕方がないけれど、広い額にとにかく汗を浮かべている中間管理職がなんだか可哀想になり、膝の上で黙って拳を握り込んだ。
その上、休憩時間には、自動販売機の隣の喫煙所で瀬南が「行き遅れのお局がうるさくて」「年取って女の手段使えなくなったから失注してるんだよ」と他部署の同期と大声で笑っているのが、たまたま喫煙所の扉が開いた瞬間に聞こえてきて。
もう腹が立って腹が立って悲しくて辛くて。
それでももう、雪那は、職場で泣くなんて愚かなことはしないほどには、経験を重ねて、強くなっていた。
「だから、何度も言っているじゃない。ちゃんと見積もりに何が入っているかは詳細明記の上で提出しないとトラブルの元だって」
「でも、きちんとパッケージの説明は事前送付資料に書いてあってそれに基づく、となっている以上、いちいち転記する意味ないですよね?」
「あの分厚い資料全部を読み込んでるのを前提にするのはこちらの傲慢だわ。重要事項はしっかりと認識してもらってこそ……」
「こんな些細なアップデート部分は重要じゃありませんよ。重要って展開されたわけでもあるまいに」
「でもこの会社はこの点を気に入った導入に至ったんだから……」
「桐谷さんの営業スタイルって正直古いですよね。だから残業も減らないんですよ。見積もりだって最適化すべきでしょ。アシスタントの負担も減るし、なんならAIで作ればいいじゃないですか見積もりも提案資料も。人間がやるべきはその場でいかに上手く説明するかですよ。そういう無駄なところに時間をかけるの、よくないと思います」
「無駄?無駄って……お客様によりわかりやすく、という何が無駄なの?」
「さほどの売上相手でもないならそうじゃないですか?」
「な……」
馬鹿にしたように笑う瀬南に、雪那はカッとなった。
自分が開拓した客先を、引き継ぐ相手からそんな風に言われる筋合いはない。前の製品機能を気に入ってくれたからこそ拡張機能の商談が出てきたというのに。そもそもここの担当役員は神経質だし、副社長はITに猜疑的。社長はポワポワしているが後ろ盾がある。
さほど大きな規模の会社ではないが、大切にすべき縁を売上だけで見るなんてと拳を握った。
「そんなことよりさっさと他の訪問先で受注とるべきじゃないですか?誰かさんが大口連続で落とした分、挽回の必要があるので」
「……っ、それは、そうでも。それと、これとは関係ない話じゃない」
「おい、桐谷、瀬南。何揉めてるんだ?」
流石に険悪な雰囲気に、課長が割って入る。まず、年長の雪那が叱責を食らった。瀬南も口の利き方に気をつけろと指導される。しかし、彼はかなり頭に来ていたのか、大声で反論した。
「じゃあ聞いてみましょうよ。桐谷さんのやり方、みんな面倒に思ってないのかって。過剰品質って言葉があるじゃないですか!売上取れるなら我慢しますけど、取れなくなった桐谷さんの方法についていく意味がわからないです!」
「瀬南!」
今時の子は、はっきりと口にするものだな、と雪那はいっそ感心したが、やはり不快感は強かった。たった四年しか働いてないくせに。あんな、こんな、修羅場もホワイト企業になった最近の笠の下で知らない世代のくせに。
しかし、「ねえ、どうなんですか」と言い張る瀬南の言葉に、しばらくして、かたん、と椅子を立てる音が続いた。
「あの、雪那さんを批判するつもりじゃないんですけど……ちょっとやりすぎ、というか……もう少し、アシとしては個別の対応を減らして欲しいっていうか……一つ一つ管理も大変ですし……」
まひるだった。瀬南の味方をして点数を稼ぎたいのか、ただ雪那を見限ったのか。嫌なものが喉奥まで昇ってきて雪那はグッと体の横で拳を握る。けれど彼女が名指して名前をあげれば、他のアシスタントも恐る恐るといった形で雪那を見る。
「いえ、仕事なので……その、ただ……桐谷さんに声をかけられるときのために別にファイルを作って管理してないとわからなくなってしまう……って言っただけで。大手のお客様相手で失敗は許されないですし……」
「その話は、だから、昼休みの話題というか、もうちょっと特例処理を減らしてもらえたらいいな……くらいの意味でしかなくて」
「正直私には荷が重いと言いますか……桐谷さん、全部ご自分で直されますし、私の意味あるのかなって……あ、怒られたとかじゃないです、全然。いつも気遣っていただいて」
主任という立場にある雪那を慮りつつの、面倒な本音が見えた気がする。
人のミスをチェックして、自分の仕事をして、後輩のアドバイスをして、とにかく時間がなくても、育てろというからいちいち説明して任せてうまくいかなくて、じかんがないからまた自分で直して。
そのサイクル自体、正直思う通りにならないのがキツくて、ストレスで。一つ一つ丁寧にやりたくても、回すために必死で。でも手を抜かないために……と頑張ってきて。
なのに、そもそも雪那が考える必要なこと自体がみんなに理解されていなかったのだと思うとドッと力が抜けた。
「お前は全力投球しすぎ。脱力を覚えろ」「誰もがお前みたいにはできない」「これからは人にレベルを合わせるのも仕事の一つだぞ」と何度かの面談で言われていた意味をようやく悟った。
自分で自分の余分な仕事を作って自分と周りの首を絞めている迷惑な人、と思われていたのだ。それが売上も上がらないのに、という形で表に出てきた。
羞恥と情けなさと悔しさで、顔があげられなかった。
「お、おい。お前たち」
課長がオロオロとしているのがわかる。
そうだ、仕事だ。これもまた仕事だ。人をうまく使うというマネージャーになるには必要な仕事。組織の最適化。会社のため。うまくやれないのは、開発やカスタマーサポートだけじゃない。
瀬南が勝ち誇ったように笑っていた。
「ご負担をおかけしていたことは申し訳ないです。各担当の指示に従ってくだされば」
「おい、桐谷。ちょっと来い」
個室に呼び出されて、今度は慰められたし、「まさかこんなことで辞める」って言わないよな、と怯えられもした。
一方で、「昔と今は違うんだよ。残業なんて上限なかったしお客様の一言は神様だったあの時と違う。枷を嵌められても俺たちの世代について来られたお前が優秀で稀有な存在なんだ。若者のこともわかってやってくれ」とも苦言を呈された。
普段は横柄で褒めてくれないで仕事の量の調整もしない課長に、時代遅れな年寄り扱いをされるとまだ31だよと腹が立って仕方がないけれど、広い額にとにかく汗を浮かべている中間管理職がなんだか可哀想になり、膝の上で黙って拳を握り込んだ。
その上、休憩時間には、自動販売機の隣の喫煙所で瀬南が「行き遅れのお局がうるさくて」「年取って女の手段使えなくなったから失注してるんだよ」と他部署の同期と大声で笑っているのが、たまたま喫煙所の扉が開いた瞬間に聞こえてきて。
もう腹が立って腹が立って悲しくて辛くて。
それでももう、雪那は、職場で泣くなんて愚かなことはしないほどには、経験を重ねて、強くなっていた。