終着駅のワンナイトは終わらない〜策士なイメチェン元後輩(一見ワンコ)の執着に囚われました〜【一話から】
9. 揺れる両天秤
玲司からの連絡が止まるのと時を同じくして、突然、雪那の運気は変わり始めた。
元々失注を取り返そうと思っていた営業先からいくつか声がかかるとともに、見積もり辞退があったからとまた声をかけてもらえたり、保守サービスについて紹介を受けたからというものだ。
そのうち一つがO社だったこともあり、雪那は転職しない宣言以来なにも重なっていないチャットをバクバクする心臓を抱えながら開いた。
自分で打った電子文字を再度見て、またあの時のなんとも言えない気持ちが湧き上がってくる。
もうこれで会えなくなるかもな、とも思うと、ここ二ヶ月の充実した外食と休日を思い出して胸がすうっとしたし、正直、勿体無いのではとさえ思った。
玲司ほど雪那を優先して尊重して親切にしてくれる男性はいなかった。
でも、やっぱり、後で手のひら返しされるのは怖くて。転職しないのカードを切れば、玲司の本音が少し見える気がして。一方で試し行動する自分に辟易もした。
そのまま返事がないことに、これでよかったと思うのに、今度は資格試験の勉強に身が入らない。そのうえ、食べられれば良いとずっと適当だった食事が味気ないものだと気がついてしまった。
食事の内容だけでなく一人きりのその時間も。
玲司とは、他人の沈黙が苦手な雪那であっても静かな時間が気にならないほど心地が良いものだったことに落ち込みながら、でも、これは釣りだからどうせ最初だけという疑いで、雪那はどこにどう感情を持って行ったらいいかわからないまま落ち着かない。
だから連絡できなかったのに、勝手に土俵から降りて、塩を贈られるのは気分がいいものではなかった。
それがたとえ、餞別のつもりだったとしても。
雪那は勇気を振り絞って、「こういうの小人さんやめて」と打ち込んだ。
『バレました?』
すぐに返ってきた、悪びれることもない返事に、雪那は苛立つ。見てるなら、前のチャットだって返してくれたら良かったのに、と身勝手に思う。
『施しは不要』
『だって雪那さんによく思ってほしくてさ。転職する気はないなら福の神になろうかなって』
『いいから、余計なことしないで』
『じゃあ何したら俺と付き合ってくれる?』
その文字列に、雪那はなんで返したらいいかわからなくなった。しばらく固まっていると、またポコンとチャットを受信した音が返ってした。
『雪那さんと会えないと寂しい。もう仕事の邪魔はしないから、またご飯食べに行きません?』
犬がうるうるの目でお願いポーズをしているスタンプとともに。
ベッドに寝そべったまま、雪那の指は何度か文字を入力しては消すを繰り返す。結局、送れないままでいると、また重ねて相手からのチャットが先に来た。
『俺のどこかダメ?直すから言ってよ』
「……都合がいい存在すぎて、信用が置けない、ところ」
ぽそっと雪那は口で答えた。一人暮らしの部屋にはやけに大きく響く。ぐっ、と奥歯を噛み締めた。そんなことを玲司に言っても意味がない。雪那が信じられないのだから。
『年下で、ライバル会社の社長なところ』
三十分悩みに悩んでそう送り返し、スマホを放り投げた。すぐに返事を見たくない気分で、湧いていたお風呂に入る。そのくせそわそわとしてしまって、さっさと出て、スマホに手を伸ばしてしまいそうになるが、化粧水を塗って髪を乾かして……いつものルーティンをどうにか終えた。
ようやくスマホをひっくり返して見たところ、通知が一件だけ。
緊張しながらタップする。
『わかった』
その一言だけが二十八分前に記録されていて、あとは何もなかった。雪那の胸がヒュと冷えて、足元がすぐに落ちそうな不安定な場所に置いて行かれたような気がした。
自分でやったことなのに。
でも、これで落とし穴を回避したんだ、と必死で自分を納得させようとする。
それなのに、寝る前の日課にしていた資格試験の過去問の本を開くことさえ、玲司が教えてくれた時の声が蘇ってしまい、どうしてもできなかった。
元々失注を取り返そうと思っていた営業先からいくつか声がかかるとともに、見積もり辞退があったからとまた声をかけてもらえたり、保守サービスについて紹介を受けたからというものだ。
そのうち一つがO社だったこともあり、雪那は転職しない宣言以来なにも重なっていないチャットをバクバクする心臓を抱えながら開いた。
自分で打った電子文字を再度見て、またあの時のなんとも言えない気持ちが湧き上がってくる。
もうこれで会えなくなるかもな、とも思うと、ここ二ヶ月の充実した外食と休日を思い出して胸がすうっとしたし、正直、勿体無いのではとさえ思った。
玲司ほど雪那を優先して尊重して親切にしてくれる男性はいなかった。
でも、やっぱり、後で手のひら返しされるのは怖くて。転職しないのカードを切れば、玲司の本音が少し見える気がして。一方で試し行動する自分に辟易もした。
そのまま返事がないことに、これでよかったと思うのに、今度は資格試験の勉強に身が入らない。そのうえ、食べられれば良いとずっと適当だった食事が味気ないものだと気がついてしまった。
食事の内容だけでなく一人きりのその時間も。
玲司とは、他人の沈黙が苦手な雪那であっても静かな時間が気にならないほど心地が良いものだったことに落ち込みながら、でも、これは釣りだからどうせ最初だけという疑いで、雪那はどこにどう感情を持って行ったらいいかわからないまま落ち着かない。
だから連絡できなかったのに、勝手に土俵から降りて、塩を贈られるのは気分がいいものではなかった。
それがたとえ、餞別のつもりだったとしても。
雪那は勇気を振り絞って、「こういうの小人さんやめて」と打ち込んだ。
『バレました?』
すぐに返ってきた、悪びれることもない返事に、雪那は苛立つ。見てるなら、前のチャットだって返してくれたら良かったのに、と身勝手に思う。
『施しは不要』
『だって雪那さんによく思ってほしくてさ。転職する気はないなら福の神になろうかなって』
『いいから、余計なことしないで』
『じゃあ何したら俺と付き合ってくれる?』
その文字列に、雪那はなんで返したらいいかわからなくなった。しばらく固まっていると、またポコンとチャットを受信した音が返ってした。
『雪那さんと会えないと寂しい。もう仕事の邪魔はしないから、またご飯食べに行きません?』
犬がうるうるの目でお願いポーズをしているスタンプとともに。
ベッドに寝そべったまま、雪那の指は何度か文字を入力しては消すを繰り返す。結局、送れないままでいると、また重ねて相手からのチャットが先に来た。
『俺のどこかダメ?直すから言ってよ』
「……都合がいい存在すぎて、信用が置けない、ところ」
ぽそっと雪那は口で答えた。一人暮らしの部屋にはやけに大きく響く。ぐっ、と奥歯を噛み締めた。そんなことを玲司に言っても意味がない。雪那が信じられないのだから。
『年下で、ライバル会社の社長なところ』
三十分悩みに悩んでそう送り返し、スマホを放り投げた。すぐに返事を見たくない気分で、湧いていたお風呂に入る。そのくせそわそわとしてしまって、さっさと出て、スマホに手を伸ばしてしまいそうになるが、化粧水を塗って髪を乾かして……いつものルーティンをどうにか終えた。
ようやくスマホをひっくり返して見たところ、通知が一件だけ。
緊張しながらタップする。
『わかった』
その一言だけが二十八分前に記録されていて、あとは何もなかった。雪那の胸がヒュと冷えて、足元がすぐに落ちそうな不安定な場所に置いて行かれたような気がした。
自分でやったことなのに。
でも、これで落とし穴を回避したんだ、と必死で自分を納得させようとする。
それなのに、寝る前の日課にしていた資格試験の過去問の本を開くことさえ、玲司が教えてくれた時の声が蘇ってしまい、どうしてもできなかった。