終着駅のワンナイトは終わらない〜策士なイメチェン元後輩(一見ワンコ)の執着に囚われました〜【一話から】
11. 悲しい元凶と陥落
週明け、雪那がフロアに入ると広い範囲でざわめきが起こった。
いつも早出社の彼女が始業近くまで出勤しなかったからだけではない。
決してパンツスーツ以外は着ない彼女が、グレーのニットのセットピースでタイトスカートを履いて、白いノーカラージャケットを着てきたからだ。真っ直ぐな黒い髪もミディアムヘアまで切ってコテで巻いて下ろしている。
雪那は唖然と突き刺さる視線を意識してないフリで席を取ってパソコンを開いた。
「き、桐谷……?どうしたんだ?」
「なんですか?」
少しして恐る恐る話しかけてきた課長に、にっこりと微笑んだ。いつもお客様と女性社員以外には、平坦な表情しか向けない雪那に、ビクッと彼の肩が跳ねた。
「いや……珍しい格好だな、と」
「何か問題でも?ドレスコードには引っかかっていませんし、内勤中心ならこれでも良いかと」
「いや、外回りは……また徐々に」
「いえ、私もやりすぎていたと反省したので。今後は自分で責任を持てる範囲をきちんとお伝えせねばと思っています。みなさんにもご迷惑をおかけして私生活もぼろぼろでしたし、よくないですよね。一度、落ち着いて考える時間を与えてくださって感謝します」
「そ、そうか?」
「はい。自分の将来についてよく考えるきっかけになりました」
「ちょっと待て、どういう意味だ?」
「え?今後の身の振り方を考えておけとおっしゃったのは課長では?」
「それは、誤解だ!」
「でも言われた事実は取り消せないですよね?今回のこと、今後どこかに相談するために全部記録しておけと彼に言われたので、メモしてありますし」
「彼?相談?メモ?だからそんなことを言っていない!誤解だ!」
「……でも、私にはそうとしか聞こえなかったですし、私が誤解ですと言っても信じてはくれなかったですよね?」
微笑みながらも、心臓は忙しなく走っていた。
でも玲司が職場以外に相談する男がいると匂わせれば慌てるから、と言った通りのようだ。
なんだか、所詮女だからとか、社畜は会社に逆らわないだろうと舐められていたんだな、と雪那は思った。
金曜日の夜から土曜日の夜まで寝室から一歩も出ないで過ごし、ようやくまともにご飯を食べたところで「俺を信用してちょっとやり返さない?」と玲司から提案を受けた。フロア違いの玲司も五年前の枕営業の話を聞いていたそうだ。黙ってるだけじゃまたやられるから犯人を見つけなきゃ、と彼は言う。
大丈夫、雪那さんを責めたりできずに会社は黙るよ、と妙に自身ありげだった。
(でもこれ、ほんとに効果があるの?)
日曜日。雪那を買い物に連れ回して、試着の都度、玲司が一番楽しそうだった。店員におべっかを使われるのが苦手な雪那も、一番うるさく綺麗可愛いを連呼する玲司にどれだけ顔を赤くしても足りなかった。
正直、何の意味があるかさっぱりわからない。
それでも、やたらと色々なことをまるで見てきたかのように言い当てる玲司の予想に、思い当たる節がないわけではなく、雪那は彼の一計に乗ることにした。
*
「ちょっと雪那、どうしたの?そのゆるふわ」
いつもの社内カフェに現れた彼女に、雪那は引き攣りそうな内心を押し殺して「もう肩肘張るの辞めようと思って」と微笑む。
「えー、また誤解されるよ?」
「あんなデマをばら撒かれて今更?」
「でもさ……明らかに媚びてみっともないっていうか。余計に噂が酷くならない?」
「それなんだけど、相談したら送信元履歴をたどるなんてそう難しいことじゃないから犯人が分かるかもって」
綺麗に塗られたネイルの手がテーブルの上でぴくっと跳ねた。
「犯人?」
「そう。手口からして多分五年前と同じ内部犯だろうって。いくら小細工しても、社内に残っている履歴を復元して、経緯サーバーたどればいいとか。玲司くんはもともとうちの保守部門にもいてシステムに詳しいから」
「玲司くん?随分親しげね?やめとくんじゃなかった?」
「一回距離はおいたんだけど、今回のことで助けてもらって。つ、つき、あおうって。この服も玲司くんがかわいいって……選んでくれて」
「ええ?いつもの雪那の方がいいよ、絶対。いかにも男受け狙ってますって感じ、似合わないよ。……ねえ、騙されているんじゃない?利用されて泣くのは雪那だよ?」
「……かも。でもさ、疑うばかりじゃなくて信じてみようかなって」
「ライバル社の男と通じるの?まんまじゃない。どんな目で見られるかわかったものじゃないよ」
「うん……でも、この件が片付いたら転職するかもだし」
「転職?そんなスタートアップに?」
「うーん、選択肢ではあるけど。かなり稼いでるよって教えてくれたから提示されたお給料も、ね。でも、このあたの同業で幅広く探そうと思ってる。これも玲司くんがもっと自信を持ってって……」
「そんなの、たかが営業しかしてこなかった雪那には厳しいと思うけどね」
たかが営業。
その言葉に雪那はぎゅっと唇を噛み締め、目の前で同じような女らしい線の出るニットを着て、ふわふわのミディアムボムの、柔らかな色合いの化粧の女を見つめた。
「こんなひどい会社、もう辞めたら、って亜澄が言ってくれたのに」
「それはそうでしょ。雪那のこと庇ってもくれないんだから。前だって部署移動だけで放置だったし」
「うん。だから、会社に犯人探しを強く要求してる。警察にも相談するし」
「警察?!本気?やめときなよ!相談するだけ恥だよ!」
「ううん。今回ばかりは、許せない。玲司くんも写真ばらまかれて許せない、一緒にやってくれるっていうから、まずは会社に一緒に相談する日を持っているんだ。亜澄も応援してほしい」
「……もちろん」
その頬がどう考えても引きつっているように見えるのを、雪那はなんともいえない気持ちで受け止めた。
いつも早出社の彼女が始業近くまで出勤しなかったからだけではない。
決してパンツスーツ以外は着ない彼女が、グレーのニットのセットピースでタイトスカートを履いて、白いノーカラージャケットを着てきたからだ。真っ直ぐな黒い髪もミディアムヘアまで切ってコテで巻いて下ろしている。
雪那は唖然と突き刺さる視線を意識してないフリで席を取ってパソコンを開いた。
「き、桐谷……?どうしたんだ?」
「なんですか?」
少しして恐る恐る話しかけてきた課長に、にっこりと微笑んだ。いつもお客様と女性社員以外には、平坦な表情しか向けない雪那に、ビクッと彼の肩が跳ねた。
「いや……珍しい格好だな、と」
「何か問題でも?ドレスコードには引っかかっていませんし、内勤中心ならこれでも良いかと」
「いや、外回りは……また徐々に」
「いえ、私もやりすぎていたと反省したので。今後は自分で責任を持てる範囲をきちんとお伝えせねばと思っています。みなさんにもご迷惑をおかけして私生活もぼろぼろでしたし、よくないですよね。一度、落ち着いて考える時間を与えてくださって感謝します」
「そ、そうか?」
「はい。自分の将来についてよく考えるきっかけになりました」
「ちょっと待て、どういう意味だ?」
「え?今後の身の振り方を考えておけとおっしゃったのは課長では?」
「それは、誤解だ!」
「でも言われた事実は取り消せないですよね?今回のこと、今後どこかに相談するために全部記録しておけと彼に言われたので、メモしてありますし」
「彼?相談?メモ?だからそんなことを言っていない!誤解だ!」
「……でも、私にはそうとしか聞こえなかったですし、私が誤解ですと言っても信じてはくれなかったですよね?」
微笑みながらも、心臓は忙しなく走っていた。
でも玲司が職場以外に相談する男がいると匂わせれば慌てるから、と言った通りのようだ。
なんだか、所詮女だからとか、社畜は会社に逆らわないだろうと舐められていたんだな、と雪那は思った。
金曜日の夜から土曜日の夜まで寝室から一歩も出ないで過ごし、ようやくまともにご飯を食べたところで「俺を信用してちょっとやり返さない?」と玲司から提案を受けた。フロア違いの玲司も五年前の枕営業の話を聞いていたそうだ。黙ってるだけじゃまたやられるから犯人を見つけなきゃ、と彼は言う。
大丈夫、雪那さんを責めたりできずに会社は黙るよ、と妙に自身ありげだった。
(でもこれ、ほんとに効果があるの?)
日曜日。雪那を買い物に連れ回して、試着の都度、玲司が一番楽しそうだった。店員におべっかを使われるのが苦手な雪那も、一番うるさく綺麗可愛いを連呼する玲司にどれだけ顔を赤くしても足りなかった。
正直、何の意味があるかさっぱりわからない。
それでも、やたらと色々なことをまるで見てきたかのように言い当てる玲司の予想に、思い当たる節がないわけではなく、雪那は彼の一計に乗ることにした。
*
「ちょっと雪那、どうしたの?そのゆるふわ」
いつもの社内カフェに現れた彼女に、雪那は引き攣りそうな内心を押し殺して「もう肩肘張るの辞めようと思って」と微笑む。
「えー、また誤解されるよ?」
「あんなデマをばら撒かれて今更?」
「でもさ……明らかに媚びてみっともないっていうか。余計に噂が酷くならない?」
「それなんだけど、相談したら送信元履歴をたどるなんてそう難しいことじゃないから犯人が分かるかもって」
綺麗に塗られたネイルの手がテーブルの上でぴくっと跳ねた。
「犯人?」
「そう。手口からして多分五年前と同じ内部犯だろうって。いくら小細工しても、社内に残っている履歴を復元して、経緯サーバーたどればいいとか。玲司くんはもともとうちの保守部門にもいてシステムに詳しいから」
「玲司くん?随分親しげね?やめとくんじゃなかった?」
「一回距離はおいたんだけど、今回のことで助けてもらって。つ、つき、あおうって。この服も玲司くんがかわいいって……選んでくれて」
「ええ?いつもの雪那の方がいいよ、絶対。いかにも男受け狙ってますって感じ、似合わないよ。……ねえ、騙されているんじゃない?利用されて泣くのは雪那だよ?」
「……かも。でもさ、疑うばかりじゃなくて信じてみようかなって」
「ライバル社の男と通じるの?まんまじゃない。どんな目で見られるかわかったものじゃないよ」
「うん……でも、この件が片付いたら転職するかもだし」
「転職?そんなスタートアップに?」
「うーん、選択肢ではあるけど。かなり稼いでるよって教えてくれたから提示されたお給料も、ね。でも、このあたの同業で幅広く探そうと思ってる。これも玲司くんがもっと自信を持ってって……」
「そんなの、たかが営業しかしてこなかった雪那には厳しいと思うけどね」
たかが営業。
その言葉に雪那はぎゅっと唇を噛み締め、目の前で同じような女らしい線の出るニットを着て、ふわふわのミディアムボムの、柔らかな色合いの化粧の女を見つめた。
「こんなひどい会社、もう辞めたら、って亜澄が言ってくれたのに」
「それはそうでしょ。雪那のこと庇ってもくれないんだから。前だって部署移動だけで放置だったし」
「うん。だから、会社に犯人探しを強く要求してる。警察にも相談するし」
「警察?!本気?やめときなよ!相談するだけ恥だよ!」
「ううん。今回ばかりは、許せない。玲司くんも写真ばらまかれて許せない、一緒にやってくれるっていうから、まずは会社に一緒に相談する日を持っているんだ。亜澄も応援してほしい」
「……もちろん」
その頬がどう考えても引きつっているように見えるのを、雪那はなんともいえない気持ちで受け止めた。