終着駅のワンナイトは終わらない〜策士なイメチェン元後輩(一見ワンコ)の執着に囚われました〜【一話から】
ものすごい勢いでドクドクと心臓が鳴る。そこまで激しく脈動していると言うのに体はどんどん冷たくなって、指先の冷えが一気に理解できた。
震える唇を動かした。
「なんで、私があの喫茶店に行ったって知ってるの?」
「…………本当、失態。頭に来すぎて言ったらダメなことの区別がつかなかった。困ったな、初めてだこんなこと」
気を抜きすぎたなあ、と玲司が微笑んだ。けれど、その目はあまりにも冷ややかで、ぽっかりとした笑顔の形だけが余計に不気味だった。
毛穴という毛穴から冷や汗が吹き出たような気がした。
「ごめんね、雪那さん。スマホのGPSの機能でどこにいるかわかっちゃうんだよね」
あっさりと暴露したその一言に、愕然とする。
「な、んで、……あ、アプリとか入れてな……」
そういう機能があるものを勝手に入れられた経験があるから雪那は人一倍警戒していた。たとえ信じてないと言われようとも、スマホは渡したりしていないし、玲司にも求められたことはない。
けれど彼は、平然と主張した。
「人間さ、できる手段があるとついやっちゃうよね」
「……は……?」
「俺はさ、割合、できることが多い方なんだよね。興味がないことは何もしたくないけど、我慢できなくなるとやっちゃうっていうか。あ、普段からはそんなことしないよ。でも今日は帰ってくるの遅かったからさ。そんな仕事、忙しくないはずだし」
「し、ごと……」
お膳立てという優希の言葉が突然蘇った。玲司の手を振り払おうとした、その手を彼の手のひらに掴まれる。まるで手を繋いでいるときのように指を絡められた。玲司の魔法が使えるみたいな手は、いつも体温が低い。今はもっと冷たく感じた。
「監視……して、るの?仕事中、も?」
「ううん。そんなことないよ。全然。だって雪那さん、嫌でしょ?」
「嫌に、決まって……」
わかってるよ、と玲司が微笑む。
今度は、いつもの犬みたいな、褒めて、と言わんばかりの温度のある顔だ。玲司がわからない。けれどやはり彼は魔法が使えて、だからきっと、想像もつかないことができるのだ。
雪那は次の問いかけのために唾を飲んだ。
「玲司くん、私の仕事、裏から手伝って、た?」
けれどまた、玲司の顔から表情が消えた。ガリ、と首筋の後ろを彼が掻く音がやたら大きく響く。
「優希か。余計なことを」
「本当なの?」
「…………雪那さんが、すごく困ってる時だけ。本当に、片手で足りるくらい」
「どういうこと?」
「俺以外に雪那さんを泣かせたりあの疲れ切って呆けた表情を見る奴がいたらって思うと腹が立って……あと笑って欲しかった」
「どういうこと?何したの?」
怖いよりも憤りが先に立ち、キッと睨みつけた。しばらく沈黙しても雪那が譲らないと理解したらしく、ぽつりと答えをこぼした。
「納品前のプログラムバグのチェックの仕事を三次下請で請け負ってクレームにならないようにしたり、顧客が俺の名前知ってるところなら口利きしたり」
「は……」
「でも本当にちょっとだけだよ。本当にちょっと」
そう言いつつ、雪那が食い下がって出てきたのはどこも大口顧客の名前で。雪那が女だてらと評価されるきっかけにもなったここ数年の案件で。
「……なに、それ」
目の前が真っ暗になりそうだった。
唯一評価されていた営業力というものすら紛い物だったら雪那は何者でもない。優希の言う通りだ。
玲司は眉を下げて、困った顔をしていた。
「違うよ。俺は本当に末端をちょっと手伝っただけ。雪那さんが元々頑張ってたから今の信頼があるだけで」
「面白かった?」
やたらと自分の名前で指名される仕事に喜んでいたのが馬鹿みたいだ。
「私があなたに恵んでもらった仕事を必死で毎日こなして、実力ではコンペにやたら負けるのを見て、面白かった?」
「違う!紹介したってそれで仕事取れるわけないでしょ?雪那さんが丁寧に対応してたからだよ。そもそも、俺はただ、クレームが減ればいいって始めただけで。だって雪那さんはすぐなんでも自分が矢面に立とうとするから、怒鳴られるの減ったほうがいいでしょう?」
「クレーム率が少ないの……運がいいじゃなくて玲司くんが手を出してたんだね。そんなのズルじゃない」
「雪那さんはズルしてないでしょ。危なそうなものだけだよ。ごめんなさい、雪那さんがそこをそんなに怒ると思ってなくて。ごめんなさい。俺、間違えてたんだね」
急に慌ててしょげた顔を見せる玲司に、けれど雪那の冷たく激しい怒りはちっとも治らなかった。
「そもそもなんで色々知ってるの?社内のことよ。盗聴でもしてるの?」
「誓ってしてない。雪那さんのプライベートは見てない。……止まらなくなるのわかってたから。絶対にしてない。見てたのは会社の方」
「セキュリティ厳しい方を?嘘でしょ」
「信じて。そもそも、俺が保守部門にいた時に作った……裏で指示しながら作らせたファイアウォールだから……脆弱性も知り尽くしてるっていうか。ソフト会社が呆れるけど。俺にとってはどこも似たようなものだよ。メールとか見放題だし……」
玲司がサイバーセキュリティの天才と言われていた所以を唐突に理解した気がする。けれどその所業を、優希は知っていたのだと思うと、特にやるせなさが募った。
「……なんのためにそんな」
「雪那さんに無理してほしくなくて。あの五年前の騒動もデータは集めてて、絶対内部犯だろうって、雪那さんを守らなきゃってそれで始めたんだけど……」
「福の神ごっこになったのね」
「少しでも困ってる雪那さんのためになればって……」
一方的な親切に怒りと悔しさで体が震える。
——橋谷のために何ができるの?あなたが何を生み出せるの?
雪那は何もない凡人だし、この天才で思考がおかしい人間のために何かできることはない。してくれたことを、ありがとうとも思えない。
信者にもなれない普通の人間で、意味があるかわからないプライドを持った女だ。
「私、監視されるの大嫌いだし、押し付けられるのも大嫌いだわ」
「もちろん。あの束縛癖のクズみたいなことは俺はしないよ。ちゃんと雪那さんを一番に優先するよ。雪那さんのやりたいことを支えたいだけなんだ」
「それも知ってるの?何をどこまで勝手に調べてるの?」
「……雪那さんがちょっとは話してくれたでしょ?」
玲司の仮面がぼろぼろと剥がれていっている気がした。
勝手に雪那のことを嗅ぎ回られるのは気分が悪い。玲司のくれた優しさは裏付けがあって作られたものにしか見えない、悍ましさと嫌悪に変わっていた。
「離して、橋谷くん」
「やめてよ。帰せなくなるよ。……俺はね、雪那さんに嫌われたくないんだ。絶対嫌だ」
「申し訳ないけれど、一人で考える時間をくれない?頭の中がぐしゃぐしゃだわ。今は腹が立って、引っ叩きそう」
「引っ叩いてもいいから離れていかないで」
「…………あなたにとっては些細なプライドかもしれないけれど、私は私のやってきたことに誇りがあったの。それを……ごめんなさい、うまく言葉にならないわ。顔を見てられない」
「雪那さんが頑張ってきた結果そのものでしょ?そんなの当然じゃないか。俺は雪那さんががむしゃらなのが好きだよ」
「っ、所詮、大したことない人間の足掻きでしかないわ」
雪那は手を必死で取り戻そうと引っ張ったが離れない。
「天才には、努力なんてもの馬鹿馬鹿しく感じたのかもしれないわね。確かに、あなたは無慈悲な神だわ」
「……なんで、雪那さんまで気持ちの悪いこと言うの。俺だけ人と違うみたいな……俺はただ好きな人のためになりたかっただけの普通の人間だよ」
「システムに無断侵入してスマホの位置情報を勝手に見ていることができる人間は普通と違うでしょ?」
睨みつけた玲司の瞳がとても暗く翳っていた。やはり表情はない。
「今の時点で通報はしないわ。だからもうやめたほうがいいわよ。明らかにおかしいわ。怖い」
「…………うん。怖いのは、わかる。でも俺は、雪那さんの役に……」
「役に立つより、馬鹿にされたのが悔しい!」
雪那は叫んだ。叫んでから、自分で理解した。
玲司が怖いし嫌悪がある。でも一番は自分を汚された怒りだ。間違った自己肯定感に、羞恥より、強い憤りが次々と湧き上がってくる。
自分というものを、プライドを、汚された。
何者でもなくたって、雪那は自分の頑張りを誇れる在り方がよかった。
自分を天才に捧げられたりしない。作られた成功を心から喜んだりなんてしない。
何者でもないけれど、それでも。
「雪那さん、俺のこと、捨てないで」
「…………許せるか許せないか、とにかく考えさせて。今は無理。本当に無理」
「俺……本当に頑張ったんだよ……ただ、雪那さんの役に立ちたくて、隣にいたくて……それだけ」
玲司の顔がくしゃりと泣きそうに崩れた。
優希なら素晴らしいと褒めたたえるのかもしれない。こんなに思われてなんの不満があるのかと憤るのだろう。でも、雪那は盲目的にはなれない。
ただ、玲司が差し出してくれたものを全て無碍にできるわけでもなかった。
「私のためを思って亜澄のことも先輩のことも守ってくれて、感謝してる。でも、だからこそ、全部含めて考えさせて」
強い口調で言うと、ようやく玲司の手が離れた。
「わかった。…………我慢する」
もう一度だけ伸ばされた指先が雪那の腕を滑っていく。でも、と言葉が続いた。
「俺、本当に雪那さんのこと好きです。本当に、雪那さんだけ。やり方を間違えててごめんなさい。反省するから、許してほしいです」
深々と頭を下げられて、喉がぎゅっと締まった気がした。
「今度は間違えないから、これで切らないで」 」
子犬みたいな瞳が震えていた。
震える唇を動かした。
「なんで、私があの喫茶店に行ったって知ってるの?」
「…………本当、失態。頭に来すぎて言ったらダメなことの区別がつかなかった。困ったな、初めてだこんなこと」
気を抜きすぎたなあ、と玲司が微笑んだ。けれど、その目はあまりにも冷ややかで、ぽっかりとした笑顔の形だけが余計に不気味だった。
毛穴という毛穴から冷や汗が吹き出たような気がした。
「ごめんね、雪那さん。スマホのGPSの機能でどこにいるかわかっちゃうんだよね」
あっさりと暴露したその一言に、愕然とする。
「な、んで、……あ、アプリとか入れてな……」
そういう機能があるものを勝手に入れられた経験があるから雪那は人一倍警戒していた。たとえ信じてないと言われようとも、スマホは渡したりしていないし、玲司にも求められたことはない。
けれど彼は、平然と主張した。
「人間さ、できる手段があるとついやっちゃうよね」
「……は……?」
「俺はさ、割合、できることが多い方なんだよね。興味がないことは何もしたくないけど、我慢できなくなるとやっちゃうっていうか。あ、普段からはそんなことしないよ。でも今日は帰ってくるの遅かったからさ。そんな仕事、忙しくないはずだし」
「し、ごと……」
お膳立てという優希の言葉が突然蘇った。玲司の手を振り払おうとした、その手を彼の手のひらに掴まれる。まるで手を繋いでいるときのように指を絡められた。玲司の魔法が使えるみたいな手は、いつも体温が低い。今はもっと冷たく感じた。
「監視……して、るの?仕事中、も?」
「ううん。そんなことないよ。全然。だって雪那さん、嫌でしょ?」
「嫌に、決まって……」
わかってるよ、と玲司が微笑む。
今度は、いつもの犬みたいな、褒めて、と言わんばかりの温度のある顔だ。玲司がわからない。けれどやはり彼は魔法が使えて、だからきっと、想像もつかないことができるのだ。
雪那は次の問いかけのために唾を飲んだ。
「玲司くん、私の仕事、裏から手伝って、た?」
けれどまた、玲司の顔から表情が消えた。ガリ、と首筋の後ろを彼が掻く音がやたら大きく響く。
「優希か。余計なことを」
「本当なの?」
「…………雪那さんが、すごく困ってる時だけ。本当に、片手で足りるくらい」
「どういうこと?」
「俺以外に雪那さんを泣かせたりあの疲れ切って呆けた表情を見る奴がいたらって思うと腹が立って……あと笑って欲しかった」
「どういうこと?何したの?」
怖いよりも憤りが先に立ち、キッと睨みつけた。しばらく沈黙しても雪那が譲らないと理解したらしく、ぽつりと答えをこぼした。
「納品前のプログラムバグのチェックの仕事を三次下請で請け負ってクレームにならないようにしたり、顧客が俺の名前知ってるところなら口利きしたり」
「は……」
「でも本当にちょっとだけだよ。本当にちょっと」
そう言いつつ、雪那が食い下がって出てきたのはどこも大口顧客の名前で。雪那が女だてらと評価されるきっかけにもなったここ数年の案件で。
「……なに、それ」
目の前が真っ暗になりそうだった。
唯一評価されていた営業力というものすら紛い物だったら雪那は何者でもない。優希の言う通りだ。
玲司は眉を下げて、困った顔をしていた。
「違うよ。俺は本当に末端をちょっと手伝っただけ。雪那さんが元々頑張ってたから今の信頼があるだけで」
「面白かった?」
やたらと自分の名前で指名される仕事に喜んでいたのが馬鹿みたいだ。
「私があなたに恵んでもらった仕事を必死で毎日こなして、実力ではコンペにやたら負けるのを見て、面白かった?」
「違う!紹介したってそれで仕事取れるわけないでしょ?雪那さんが丁寧に対応してたからだよ。そもそも、俺はただ、クレームが減ればいいって始めただけで。だって雪那さんはすぐなんでも自分が矢面に立とうとするから、怒鳴られるの減ったほうがいいでしょう?」
「クレーム率が少ないの……運がいいじゃなくて玲司くんが手を出してたんだね。そんなのズルじゃない」
「雪那さんはズルしてないでしょ。危なそうなものだけだよ。ごめんなさい、雪那さんがそこをそんなに怒ると思ってなくて。ごめんなさい。俺、間違えてたんだね」
急に慌ててしょげた顔を見せる玲司に、けれど雪那の冷たく激しい怒りはちっとも治らなかった。
「そもそもなんで色々知ってるの?社内のことよ。盗聴でもしてるの?」
「誓ってしてない。雪那さんのプライベートは見てない。……止まらなくなるのわかってたから。絶対にしてない。見てたのは会社の方」
「セキュリティ厳しい方を?嘘でしょ」
「信じて。そもそも、俺が保守部門にいた時に作った……裏で指示しながら作らせたファイアウォールだから……脆弱性も知り尽くしてるっていうか。ソフト会社が呆れるけど。俺にとってはどこも似たようなものだよ。メールとか見放題だし……」
玲司がサイバーセキュリティの天才と言われていた所以を唐突に理解した気がする。けれどその所業を、優希は知っていたのだと思うと、特にやるせなさが募った。
「……なんのためにそんな」
「雪那さんに無理してほしくなくて。あの五年前の騒動もデータは集めてて、絶対内部犯だろうって、雪那さんを守らなきゃってそれで始めたんだけど……」
「福の神ごっこになったのね」
「少しでも困ってる雪那さんのためになればって……」
一方的な親切に怒りと悔しさで体が震える。
——橋谷のために何ができるの?あなたが何を生み出せるの?
雪那は何もない凡人だし、この天才で思考がおかしい人間のために何かできることはない。してくれたことを、ありがとうとも思えない。
信者にもなれない普通の人間で、意味があるかわからないプライドを持った女だ。
「私、監視されるの大嫌いだし、押し付けられるのも大嫌いだわ」
「もちろん。あの束縛癖のクズみたいなことは俺はしないよ。ちゃんと雪那さんを一番に優先するよ。雪那さんのやりたいことを支えたいだけなんだ」
「それも知ってるの?何をどこまで勝手に調べてるの?」
「……雪那さんがちょっとは話してくれたでしょ?」
玲司の仮面がぼろぼろと剥がれていっている気がした。
勝手に雪那のことを嗅ぎ回られるのは気分が悪い。玲司のくれた優しさは裏付けがあって作られたものにしか見えない、悍ましさと嫌悪に変わっていた。
「離して、橋谷くん」
「やめてよ。帰せなくなるよ。……俺はね、雪那さんに嫌われたくないんだ。絶対嫌だ」
「申し訳ないけれど、一人で考える時間をくれない?頭の中がぐしゃぐしゃだわ。今は腹が立って、引っ叩きそう」
「引っ叩いてもいいから離れていかないで」
「…………あなたにとっては些細なプライドかもしれないけれど、私は私のやってきたことに誇りがあったの。それを……ごめんなさい、うまく言葉にならないわ。顔を見てられない」
「雪那さんが頑張ってきた結果そのものでしょ?そんなの当然じゃないか。俺は雪那さんががむしゃらなのが好きだよ」
「っ、所詮、大したことない人間の足掻きでしかないわ」
雪那は手を必死で取り戻そうと引っ張ったが離れない。
「天才には、努力なんてもの馬鹿馬鹿しく感じたのかもしれないわね。確かに、あなたは無慈悲な神だわ」
「……なんで、雪那さんまで気持ちの悪いこと言うの。俺だけ人と違うみたいな……俺はただ好きな人のためになりたかっただけの普通の人間だよ」
「システムに無断侵入してスマホの位置情報を勝手に見ていることができる人間は普通と違うでしょ?」
睨みつけた玲司の瞳がとても暗く翳っていた。やはり表情はない。
「今の時点で通報はしないわ。だからもうやめたほうがいいわよ。明らかにおかしいわ。怖い」
「…………うん。怖いのは、わかる。でも俺は、雪那さんの役に……」
「役に立つより、馬鹿にされたのが悔しい!」
雪那は叫んだ。叫んでから、自分で理解した。
玲司が怖いし嫌悪がある。でも一番は自分を汚された怒りだ。間違った自己肯定感に、羞恥より、強い憤りが次々と湧き上がってくる。
自分というものを、プライドを、汚された。
何者でもなくたって、雪那は自分の頑張りを誇れる在り方がよかった。
自分を天才に捧げられたりしない。作られた成功を心から喜んだりなんてしない。
何者でもないけれど、それでも。
「雪那さん、俺のこと、捨てないで」
「…………許せるか許せないか、とにかく考えさせて。今は無理。本当に無理」
「俺……本当に頑張ったんだよ……ただ、雪那さんの役に立ちたくて、隣にいたくて……それだけ」
玲司の顔がくしゃりと泣きそうに崩れた。
優希なら素晴らしいと褒めたたえるのかもしれない。こんなに思われてなんの不満があるのかと憤るのだろう。でも、雪那は盲目的にはなれない。
ただ、玲司が差し出してくれたものを全て無碍にできるわけでもなかった。
「私のためを思って亜澄のことも先輩のことも守ってくれて、感謝してる。でも、だからこそ、全部含めて考えさせて」
強い口調で言うと、ようやく玲司の手が離れた。
「わかった。…………我慢する」
もう一度だけ伸ばされた指先が雪那の腕を滑っていく。でも、と言葉が続いた。
「俺、本当に雪那さんのこと好きです。本当に、雪那さんだけ。やり方を間違えててごめんなさい。反省するから、許してほしいです」
深々と頭を下げられて、喉がぎゅっと締まった気がした。
「今度は間違えないから、これで切らないで」 」
子犬みたいな瞳が震えていた。