終着駅のワンナイトは終わらない〜策士なイメチェン元後輩(一見ワンコ)の執着に囚われました〜【一話から】
15. 人生の賭け
それから玲司と直接会うことは控えた。何度か電話をしたなかで、ちゃんと教えてと言えば、彼は今までの所業をひたすらに懺悔した。
会社にいる間に雪那の情報を集めていたこと(就業規則違反は潔く認めていた)。
辞めてからも会社近くの行きつけのカフェで雪那を頻繁に見ていたこと(見守り聖地、らしい)。
雪那の元彼の大和に二度と近づくなと警告するついでに手切れ金代わりの電子コイン渡したらオンラインカジノにハマってしまったこと(それは大和が悪いだけでは)。
雪那の地元の噂を先に聞いていたからわざとそこにデートに行こうと提案したこと(地元で既成事実とは悪巧みがすぎる)。
雪那の実家のデジタルデータから雪那の連絡先を消したこと(煩わせないようにと思ったらしい)。
本業のサイバーセキュリティ会社の方を黙っていたのは雪那にデジタルストーカー的なことをしているのがバレたくなかったからということ(現実にも完全なるストーカー行為をしていて今更、である)。
正直、怖い。ネジが外れてると思う。
ただ、スピーカーの向こうでごめんなさい、ごめんなさいと何度も謝る声は震えていて、雪那の胸がぎゅっと痛むのもいかんともしがたかった。
あのしゅんとした顔を見たら絶対にダメだと思ったから電話にしたのに、声だけでも絆されそうでダメだなんて、どうかしている。でも、玲司が雪那のことを思ってしていたことなのはわかってしまうから。
雪那さん、と尻尾を振るように嬉しそうに呼びかけてくる玲司の様子を思い出してしまうと、悲しいわけでもないのに何故涙の膜が目の表面を覆う。
玲司の鼻先をくっつけてくる仕草がほんのちょっと前なのに懐かしい。会いたいな、なんて思う。自分が突き放しているくせに。
でも、もうしない、という玲司を、許したいのか許せるのか、本当に信じられるのか、よくわからない。一時の気持ちなんかで深みにハマってはダメな人なのだと全力の警戒音が鳴っている。
代わりに「何様のつもり?」という明らかに棘のはいったメールが優希から届くようになった。どこで連絡先を入手したのかわからないけれど、なんだかあの玲司の周りの人間だからできるのかと冷ややかな思いで達観してしまう。
優希の名前を見るたびに、本当に気分が悪くなる。自分勝手な意見をひたすらに押し付けられることに辟易する。
メールで、貴女のせいで橋谷の体調があまり良くない、最悪、と、自分ごとのように言われるのも腹が立つ。玲司本人に聞けば「なんともないよ」と返されるというのに。それが強がりなのかそうでないのかもわからない状況なのに腹が立つ。
でも、この怒りと劣等感に折り合いがつけられない。それに、会いに行って、また、あの綺麗なヒールのパンプスが玄関にあったら、また非の打ち所がない冷蔵庫の作り置きを見たら、彼女と気の置けない話をしていたら、ベッドにいたら。
グッと唇を噛み締めて、キーボードを乱雑に叩いた。でも、誤字が多すぎる。全然集中していない。周りが自ブースで荒いタイプ音を立てている雪那に目を丸くしているのに気がついて、慌てて席を立った。
結局向かうのはいつもの自フロアの端にある自動販売機。
30秒。ヴィーーーンという無機質な音と共にある無の時間。
ふと、「そんなに無理しなければいいのに」という玲司の声が蘇った。随分前の記憶だ。邪魔そうに言われて焦っていたらいきなり聞こえてきて聞き間違えかと思ったそれ。
目の前にいたのは、前髪で顔もろくに見えない若いシステム屋。そんなことこの人が言うわけがないと思った。
何故今思い出したのだろう。
雪那はあの時のように後ろを振り返った。もちろん、誰もいない。
でも、その頃から、玲司は必死に鞭を打って毎日を過ごしていた雪那を知っていたのだなと、わかってしまった。
玲司との記憶はあの修羅場体験のことばかりが鮮烈だった。でも少し思い返すと、「桐谷さん一人でそんなに頑張らなくても」と不思議そうな声と「そこまでいくとなんか、かっこいいですね」という少しトーンの上がった声が脳に響いた。
次に、頑張ってる雪那さんが好きだよ、といつでも言ってくれるようになった最近の玲司の姿も思い出す。
照れくさい気持ちが湧き上がった。
だが、出来立てのコーヒーの苦さが口の中に広がると、今度は思考が冷静に振れる。
人の名前なんて検索したことなかったけれど、橋谷玲司という人は調べれば確かにとんでもなかった。個人のSNSの方が眉唾でも色々情報が出てくる。海外の大学とも繋がりがあって熱烈な勧誘を受けてるとか。
そんな人に、なぜ気に入られているのか。
そんな人と、平凡な雪那が並んでどう見えるのか。
そんな人は、喜んでサポートできる人といたほうがいいのでは。
玲司のことは好きだ。それなりに。かなり。結構。あんなこと暴露されても、謝罪を続ける彼が可愛いなんて気持ちが無くならない。でも、裏でコントロールされた恐怖や単純な劣等感がぐちゃぐちゃに絡んでいる。
全部いいようにしてもらって何が不満なんだこの凡人、と優希から嫌味が送りつけられても、納得なんていかない。
——私は、何が一番大事なの?
全くこのプライドは厄介だ。
大きくため息をついた。自分で買った宝石時計の煌めきを見る。あんなに好きだったけれどなんだか今は色褪せて見える。もらった対価が自分の結果だけでなかったせいか。
それもまた、不穏な胸の内をぐるぐるとかき混ぜる。自己肯定感が削られる嫌な感覚。
時計がもうすぐ14時をさす。
「課長との面談かぁ……気が重い」
誰に聞かれるかもわからず職場では不平も不満も常に飲み込んできたのに、ぽつりと言葉が漏れた。玲司になんでも話してと言われるようになって、口が軽くなったのかもしれない。
また、ズン、と、胸の中が嫌な重みになった。
会社にいる間に雪那の情報を集めていたこと(就業規則違反は潔く認めていた)。
辞めてからも会社近くの行きつけのカフェで雪那を頻繁に見ていたこと(見守り聖地、らしい)。
雪那の元彼の大和に二度と近づくなと警告するついでに手切れ金代わりの電子コイン渡したらオンラインカジノにハマってしまったこと(それは大和が悪いだけでは)。
雪那の地元の噂を先に聞いていたからわざとそこにデートに行こうと提案したこと(地元で既成事実とは悪巧みがすぎる)。
雪那の実家のデジタルデータから雪那の連絡先を消したこと(煩わせないようにと思ったらしい)。
本業のサイバーセキュリティ会社の方を黙っていたのは雪那にデジタルストーカー的なことをしているのがバレたくなかったからということ(現実にも完全なるストーカー行為をしていて今更、である)。
正直、怖い。ネジが外れてると思う。
ただ、スピーカーの向こうでごめんなさい、ごめんなさいと何度も謝る声は震えていて、雪那の胸がぎゅっと痛むのもいかんともしがたかった。
あのしゅんとした顔を見たら絶対にダメだと思ったから電話にしたのに、声だけでも絆されそうでダメだなんて、どうかしている。でも、玲司が雪那のことを思ってしていたことなのはわかってしまうから。
雪那さん、と尻尾を振るように嬉しそうに呼びかけてくる玲司の様子を思い出してしまうと、悲しいわけでもないのに何故涙の膜が目の表面を覆う。
玲司の鼻先をくっつけてくる仕草がほんのちょっと前なのに懐かしい。会いたいな、なんて思う。自分が突き放しているくせに。
でも、もうしない、という玲司を、許したいのか許せるのか、本当に信じられるのか、よくわからない。一時の気持ちなんかで深みにハマってはダメな人なのだと全力の警戒音が鳴っている。
代わりに「何様のつもり?」という明らかに棘のはいったメールが優希から届くようになった。どこで連絡先を入手したのかわからないけれど、なんだかあの玲司の周りの人間だからできるのかと冷ややかな思いで達観してしまう。
優希の名前を見るたびに、本当に気分が悪くなる。自分勝手な意見をひたすらに押し付けられることに辟易する。
メールで、貴女のせいで橋谷の体調があまり良くない、最悪、と、自分ごとのように言われるのも腹が立つ。玲司本人に聞けば「なんともないよ」と返されるというのに。それが強がりなのかそうでないのかもわからない状況なのに腹が立つ。
でも、この怒りと劣等感に折り合いがつけられない。それに、会いに行って、また、あの綺麗なヒールのパンプスが玄関にあったら、また非の打ち所がない冷蔵庫の作り置きを見たら、彼女と気の置けない話をしていたら、ベッドにいたら。
グッと唇を噛み締めて、キーボードを乱雑に叩いた。でも、誤字が多すぎる。全然集中していない。周りが自ブースで荒いタイプ音を立てている雪那に目を丸くしているのに気がついて、慌てて席を立った。
結局向かうのはいつもの自フロアの端にある自動販売機。
30秒。ヴィーーーンという無機質な音と共にある無の時間。
ふと、「そんなに無理しなければいいのに」という玲司の声が蘇った。随分前の記憶だ。邪魔そうに言われて焦っていたらいきなり聞こえてきて聞き間違えかと思ったそれ。
目の前にいたのは、前髪で顔もろくに見えない若いシステム屋。そんなことこの人が言うわけがないと思った。
何故今思い出したのだろう。
雪那はあの時のように後ろを振り返った。もちろん、誰もいない。
でも、その頃から、玲司は必死に鞭を打って毎日を過ごしていた雪那を知っていたのだなと、わかってしまった。
玲司との記憶はあの修羅場体験のことばかりが鮮烈だった。でも少し思い返すと、「桐谷さん一人でそんなに頑張らなくても」と不思議そうな声と「そこまでいくとなんか、かっこいいですね」という少しトーンの上がった声が脳に響いた。
次に、頑張ってる雪那さんが好きだよ、といつでも言ってくれるようになった最近の玲司の姿も思い出す。
照れくさい気持ちが湧き上がった。
だが、出来立てのコーヒーの苦さが口の中に広がると、今度は思考が冷静に振れる。
人の名前なんて検索したことなかったけれど、橋谷玲司という人は調べれば確かにとんでもなかった。個人のSNSの方が眉唾でも色々情報が出てくる。海外の大学とも繋がりがあって熱烈な勧誘を受けてるとか。
そんな人に、なぜ気に入られているのか。
そんな人と、平凡な雪那が並んでどう見えるのか。
そんな人は、喜んでサポートできる人といたほうがいいのでは。
玲司のことは好きだ。それなりに。かなり。結構。あんなこと暴露されても、謝罪を続ける彼が可愛いなんて気持ちが無くならない。でも、裏でコントロールされた恐怖や単純な劣等感がぐちゃぐちゃに絡んでいる。
全部いいようにしてもらって何が不満なんだこの凡人、と優希から嫌味が送りつけられても、納得なんていかない。
——私は、何が一番大事なの?
全くこのプライドは厄介だ。
大きくため息をついた。自分で買った宝石時計の煌めきを見る。あんなに好きだったけれどなんだか今は色褪せて見える。もらった対価が自分の結果だけでなかったせいか。
それもまた、不穏な胸の内をぐるぐるとかき混ぜる。自己肯定感が削られる嫌な感覚。
時計がもうすぐ14時をさす。
「課長との面談かぁ……気が重い」
誰に聞かれるかもわからず職場では不平も不満も常に飲み込んできたのに、ぽつりと言葉が漏れた。玲司になんでも話してと言われるようになって、口が軽くなったのかもしれない。
また、ズン、と、胸の中が嫌な重みになった。