終着駅のワンナイトは終わらない〜策士なイメチェン元後輩(一見ワンコ)の執着に囚われました〜【一話から】
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S社激怒の件は玲司による瀬南への報復ではないことにホッとしたが、二年前の東技研総合の保守案件は玲司の口利きもあったともう知っている。どうせコンペになるならと、玲司に賭けを持ちかけた。
こんな私情を仕事に持ち込んでいいわけがない。それでも会社に従順でいたっていいことはないともよく知っている。
別れるのは絶対に嫌だ、許して欲しい、と何度も言い張る玲司に、この場で別れるか最後のチャンスに乗るのかと迫った。ついでに、玲司のことが結構好きだと言ってしまった。
『でもさ。大人には色々あるじゃない。そんな青臭い感情だけじゃなくてさ、もっと、守りたいものとかやりたいこととか、その全部を投げ出せるのかって考えなきゃいけないときが今かなって』
『意味がわからない。俺、雪那さんの邪魔なんてしないよ。雪那さんがやりたいことやってくれたらいい。好き、だけくれたらそれでいい』
『これは私の心の整理の問題だから。玲司くんの気持ちとは違うの』
今の仕事を選べばそばにはいられない。違う環境にいけばそばにいられる。難しい選択。両方は選べない。
真っ直ぐに見つめた先で、のろのろと顔を上げた玲司が縋るようにこちらを見た後、「本気?」と再度尋ねてくる。
はっきり、分かるように深く頷いた。
その途端、玲司の瞳が変わった。驚くほどに冷たい、時折見せていた猛禽類の目。
『わかった。じゃあ、全力で叩き潰せばいいんだね。そうしたら雪那さん、俺のものなんだよね?もう二度と、逃げないんだよね?』
『…………そうだね、私も覚悟を決めるよ」
『わかった。あとで恨まないで。絶対。……ああ、別に賄賂とかプログラムの破壊とか卑怯なことはしないよ。正々堂々、プライドへし折られて、俺のものになってね』
綺麗な玲司の瞳に、犬の面影はない。ただあるのは闇色だった。
玲司が手を差し出した。
握手かと雪那も手を伸ばした。けれど引っ張られてちゅと指先にキスをされる。気障なその仕草に、頬が染まった。
『覚悟してね』
雪那を見る玲司は、仄暗くて、知らない人のようで、けれどとても美しいと思った。
*
「はい、すみません!その件はこちらの資料で……!」
現在、雪那は、社内でアポイントを取りまくっていた。
かつて接待で聞いていた、顧客の経営理念。創業者一族だからできること。現場の製造者を、技能を、大切にしたいといっていたことを、デジタルで実現させる。
本当に些細なシステムだし、また意味があるの?と言われる。でも、これは尻拭いだしちょっとは融通して予算をくれと上に頼み。そのうち汎用になってきっと儲かるからとシステム設計にトレンドを見せて頭を下げ。あの時の玲司みたいにシステムを作る人に働きかけて、夢もやりがいもあるじゃんと開発部門に言ってもらって。
ヒリヒリワクワクする。時間がない。焦る。没頭する。楽しい。ただ数字を書いてるだけ、毎日定時で帰る日々よりずっと楽しい。私生活はまたぼろぼろだ。
でも勝ちたい。売りたい。見てほしい。使って欲しい。
こんなことができるんだって使う人に思って欲しい。
初めて自分がこの会社の市販ソフトを買った時の感動のように。思う通りに動いた画面が魔法みたいって思ったときように。
「おい、桐谷。お前残業申請ギリギリだぞ!」
「自己研鑽と持ち帰り……どっちが人事をごまかせますかね」
「社畜やめろ。俺のクビを飛ばす気が。厳しいんだぞ」
「世の中世知辛いですね……昔はもう少し緩かったのに」
「早く管理職になれ。好きなだけ働ける地獄が待っているぞ」
22時前にしっしっと手で追い払われる。パソコンを閉じて、まだ帰ろうとしない課長を見た。その画面にあるのがさっき送った雪那の決裁書で明日の朝までに見てくれようとしているのがわかる。
「……課長って、女性活躍ってやつ、嫌いなのかと思ってました」
「はあ?」
「女だから下駄履かせられてんだろうって、やだら当たりがキツイんだと」
「……俺が褒めそやかしたら、お前への当たりがますます強くなるだろうが。贔屓してるってただでさえ見られてるのに。プレッシャーだぞ。できる異性の部下を持つってのはな。潰すなとも言われていたし」
「その割には厳しい……騒動の時も口を聞いてくれなかったですし」
「そうしろってコンプラ室から言われてたんだよ。余計なこともさせるなってな。言っただろう」
「……確かに?」
「まあいい、早く帰れ。セクハラだなんだって言われたらたまらん。有名どころのお前に訴えられるのもごめんだ。やってない証明もできないしな」
「……厄介な世の中ですね」
「まっ、その中で生きていくしかないから仕方ないな。そういう卑怯なことをしない部下を持って俺は幸せな方だよ」
諦めと自衛と信頼と。
世の中はやっぱり不自由でできている。
けれど、その中にも綺麗なものはあって。透明だからちょっとしたことですぐ埋もれるけれど、見えなくなるけど、でもあるにはあって。
きっとそれは雪那に今回協力してくれた全ての人がそうで。
目の前に、綺麗な光が舞った気がした。
ずっと決まらなかったプレゼンのインパクトあるコンセプトがやっと降りてきた。たかがシステムのプレゼン、でも、雪那は思う存分にーー夢を、語れるその日を楽しみに思った。
**
「以上です」
玲司の凛とした声に、はっと会議室の空気が戻ってきた。
無駄の一切ない、シャープで美しいコンセプトのプログラム起動。しかも既存クラウド利用だから廉価だ。玲司の描くプログラム製品は不思議な魅力がある。最短で合理的。設計のアラが一つも感じられない完全なもの。
トークも上手いな、と雪那は思った。
席に戻ってきた玲司と目があった。キリリとした顔に、犬の面影はない。ただ、熱だけを感じた。じっと視線が外れない。圧倒されそうだと思った。
けれど、雪那はニコリと笑いかけた。
女だから、媚びてるから、なんて、そんなの大嫌いだ。
でも、雪那が女であることは変えられないから、それだって使う。全身全霊で戦うというのはそういうことだ。
リボンブラウス。ノーカラージャケット。膝下のタイトスカート。高いヒールのパンプス。赤い口紅。明るい高い声。男性が好むアナウンサー風の笑顔。何が悪い。入り口が悪ければ入ってこない。でも勝負するのは中身なんだ。
「我が社のコンセプトは、無駄を楽しむ、です」
合理化の中心であるシステムに、まるて似つかわしくないコンセプトに戸惑った声があがった。
S社激怒の件は玲司による瀬南への報復ではないことにホッとしたが、二年前の東技研総合の保守案件は玲司の口利きもあったともう知っている。どうせコンペになるならと、玲司に賭けを持ちかけた。
こんな私情を仕事に持ち込んでいいわけがない。それでも会社に従順でいたっていいことはないともよく知っている。
別れるのは絶対に嫌だ、許して欲しい、と何度も言い張る玲司に、この場で別れるか最後のチャンスに乗るのかと迫った。ついでに、玲司のことが結構好きだと言ってしまった。
『でもさ。大人には色々あるじゃない。そんな青臭い感情だけじゃなくてさ、もっと、守りたいものとかやりたいこととか、その全部を投げ出せるのかって考えなきゃいけないときが今かなって』
『意味がわからない。俺、雪那さんの邪魔なんてしないよ。雪那さんがやりたいことやってくれたらいい。好き、だけくれたらそれでいい』
『これは私の心の整理の問題だから。玲司くんの気持ちとは違うの』
今の仕事を選べばそばにはいられない。違う環境にいけばそばにいられる。難しい選択。両方は選べない。
真っ直ぐに見つめた先で、のろのろと顔を上げた玲司が縋るようにこちらを見た後、「本気?」と再度尋ねてくる。
はっきり、分かるように深く頷いた。
その途端、玲司の瞳が変わった。驚くほどに冷たい、時折見せていた猛禽類の目。
『わかった。じゃあ、全力で叩き潰せばいいんだね。そうしたら雪那さん、俺のものなんだよね?もう二度と、逃げないんだよね?』
『…………そうだね、私も覚悟を決めるよ」
『わかった。あとで恨まないで。絶対。……ああ、別に賄賂とかプログラムの破壊とか卑怯なことはしないよ。正々堂々、プライドへし折られて、俺のものになってね』
綺麗な玲司の瞳に、犬の面影はない。ただあるのは闇色だった。
玲司が手を差し出した。
握手かと雪那も手を伸ばした。けれど引っ張られてちゅと指先にキスをされる。気障なその仕草に、頬が染まった。
『覚悟してね』
雪那を見る玲司は、仄暗くて、知らない人のようで、けれどとても美しいと思った。
*
「はい、すみません!その件はこちらの資料で……!」
現在、雪那は、社内でアポイントを取りまくっていた。
かつて接待で聞いていた、顧客の経営理念。創業者一族だからできること。現場の製造者を、技能を、大切にしたいといっていたことを、デジタルで実現させる。
本当に些細なシステムだし、また意味があるの?と言われる。でも、これは尻拭いだしちょっとは融通して予算をくれと上に頼み。そのうち汎用になってきっと儲かるからとシステム設計にトレンドを見せて頭を下げ。あの時の玲司みたいにシステムを作る人に働きかけて、夢もやりがいもあるじゃんと開発部門に言ってもらって。
ヒリヒリワクワクする。時間がない。焦る。没頭する。楽しい。ただ数字を書いてるだけ、毎日定時で帰る日々よりずっと楽しい。私生活はまたぼろぼろだ。
でも勝ちたい。売りたい。見てほしい。使って欲しい。
こんなことができるんだって使う人に思って欲しい。
初めて自分がこの会社の市販ソフトを買った時の感動のように。思う通りに動いた画面が魔法みたいって思ったときように。
「おい、桐谷。お前残業申請ギリギリだぞ!」
「自己研鑽と持ち帰り……どっちが人事をごまかせますかね」
「社畜やめろ。俺のクビを飛ばす気が。厳しいんだぞ」
「世の中世知辛いですね……昔はもう少し緩かったのに」
「早く管理職になれ。好きなだけ働ける地獄が待っているぞ」
22時前にしっしっと手で追い払われる。パソコンを閉じて、まだ帰ろうとしない課長を見た。その画面にあるのがさっき送った雪那の決裁書で明日の朝までに見てくれようとしているのがわかる。
「……課長って、女性活躍ってやつ、嫌いなのかと思ってました」
「はあ?」
「女だから下駄履かせられてんだろうって、やだら当たりがキツイんだと」
「……俺が褒めそやかしたら、お前への当たりがますます強くなるだろうが。贔屓してるってただでさえ見られてるのに。プレッシャーだぞ。できる異性の部下を持つってのはな。潰すなとも言われていたし」
「その割には厳しい……騒動の時も口を聞いてくれなかったですし」
「そうしろってコンプラ室から言われてたんだよ。余計なこともさせるなってな。言っただろう」
「……確かに?」
「まあいい、早く帰れ。セクハラだなんだって言われたらたまらん。有名どころのお前に訴えられるのもごめんだ。やってない証明もできないしな」
「……厄介な世の中ですね」
「まっ、その中で生きていくしかないから仕方ないな。そういう卑怯なことをしない部下を持って俺は幸せな方だよ」
諦めと自衛と信頼と。
世の中はやっぱり不自由でできている。
けれど、その中にも綺麗なものはあって。透明だからちょっとしたことですぐ埋もれるけれど、見えなくなるけど、でもあるにはあって。
きっとそれは雪那に今回協力してくれた全ての人がそうで。
目の前に、綺麗な光が舞った気がした。
ずっと決まらなかったプレゼンのインパクトあるコンセプトがやっと降りてきた。たかがシステムのプレゼン、でも、雪那は思う存分にーー夢を、語れるその日を楽しみに思った。
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「以上です」
玲司の凛とした声に、はっと会議室の空気が戻ってきた。
無駄の一切ない、シャープで美しいコンセプトのプログラム起動。しかも既存クラウド利用だから廉価だ。玲司の描くプログラム製品は不思議な魅力がある。最短で合理的。設計のアラが一つも感じられない完全なもの。
トークも上手いな、と雪那は思った。
席に戻ってきた玲司と目があった。キリリとした顔に、犬の面影はない。ただ、熱だけを感じた。じっと視線が外れない。圧倒されそうだと思った。
けれど、雪那はニコリと笑いかけた。
女だから、媚びてるから、なんて、そんなの大嫌いだ。
でも、雪那が女であることは変えられないから、それだって使う。全身全霊で戦うというのはそういうことだ。
リボンブラウス。ノーカラージャケット。膝下のタイトスカート。高いヒールのパンプス。赤い口紅。明るい高い声。男性が好むアナウンサー風の笑顔。何が悪い。入り口が悪ければ入ってこない。でも勝負するのは中身なんだ。
「我が社のコンセプトは、無駄を楽しむ、です」
合理化の中心であるシステムに、まるて似つかわしくないコンセプトに戸惑った声があがった。