傷だらけの女騎士は、眠れぬ番人ケルベロスに執愛される ~ エルディーテの冥界採鉱 ~
エルディーテは豊穣の女神と言わしめた緩く癖のある金髪を短く切り、刺繍やピアノに宛てていた時間を捨てグラウス公爵家の私兵に混ざり身体を鍛えた。

男装し、言葉遣いも変えた。

好んで読んだロマンス小説を閉じ、軍略の講義を聞いて、淑女教育でなく騎士道を学ぶ。

そして帝国所属の騎士団の試験に合格し、その後も舐められてはいけないと必死に剣技を磨き、今は王女の護衛を任される立場に収まることが出来た。

とはいえ、それはエルディーテの純粋な実力の賜物というわけではなく、グラウス公爵家という肩書きと、過保護な国王が護衛ですら男を侍らしたくないという思惑と王女の推薦が一致した結果だ。

それでもエルディーテは身に余る光栄だと恭しく任を受けた。

王女サフィアがエルディーテを求めてくれたこと以外は重要なことではなかったからだ。

リシア帝国の王女サフィア・リコスは聡明で心根の優しい人間だ。

エルディーテより四つ歳の離れたサフィアは今年で二十三となる。

帝国の宝玉と呼ばれる美しさは国随一で、真っすぐ落ちる銀髪はダイアモンドのように日差しを吸い込んでは揺れる度に煌めき、蒼い瞳は晴れやかな空の色をしている。

国王に溺愛され結婚適齢期を過ぎてもなお、身を固める意思はないようだったが、しかし一年前、ついに隣国シルフィードに嫁ぐことが決まった。

そして今、長い婚約期間を経て、もうじきサフィアはリシア帝国を出て隣国へ嫁ぐ。

エルディーテは、弟がサフィアに恋い焦がれているのを知っていたため複雑な心境だった。

今まで結婚を拒んでいた王女も、弟と同じ気持ちなのだろうと考えていたが、宰相の地位を賜るグラウス公爵家に権力が集中することを避けるため二人が結ばれることは許されない。

先のない未来にどう折り合いをつけたのか、エルディーテには知る由もなかったが、この日サフィアは言った。

「エルディーテ。私はもうじきシルフィードに嫁ぐでしょう?共に来てくれないかしら。私にとってあなたは姉妹も同然なのよ」

城の庭園を歩きながらサフィアは一歩後ろを歩くエルディーテに告げた。

「嬉しいお言葉ですが、しかし……騎士は連れてゆけない条件だったかと……」

嫁ぎ先にはリシアから連れてゆける侍女の人数が決まっていたが、エルディーテの記憶では騎士の同行は許可されていなかったはずだ。

そのためサフィアが嫁ぐと同時にエルディーテは解任され、帝国所属の末端の騎士に戻る予定となっている。

今後の身の振り方を考えあぐねていた頃合いだったが、サフィアは僅かに口端を持ち上げた。

「侍女とすれば問題ないでしょう。剣を置けとは言わないわ。あなたを連れ出す口実として、ね……シルフィードは我が国よりも開放的な国よ。女性が生き生きとして、見た目をとやかく言うものもいない。爵位に捕らわれず有望な人材を登用する革新的な国なの。あなたも過ごしやすいわ」

流暢に説明するサフィアに呆気に取られ、エルディーテはしばし双眸を瞬いていたが、眉間に皺を深めては睫毛に影を落とす。

「有難いお言葉ですが……同行する侍女は国の顔でもあります。陛下がお許しにならないかと」

見た目や体裁を何より気にする人物だ。
女だから侍女に紛れて連れ出そうなど無茶な要求をいくら愛娘であるサフィアの願いといえど聞くだろうか。

それにサフィアの傍に居られるという提案は魅力的だったが、しかし結局女という立場に逃げるようでエルディーテは気が引けていた。

嬉しい反面、複雑な心境である。
しかしサフィアは表情に陰を落とすエルディーテを敢えて見ないように視線を薔薇へ移しては続ける。

「安心して、エルディーテ。私が説得するのよ。これまで縁談を断ってきた実績を買いかぶられちゃ困るわ」

柔らかな桃色の花弁に触れながら傷の有無を確かめているのか、サフィアは指先に視線を止めたまま悪戯に笑う。

どうやら言葉巧みに要求をのませるつもりらしい。

「だから私の我儘を聞いてちょうだい」
「しかし……」

火傷が残る場所を隠すように片目を覆う金髪を揺らしエルディーテは俯いた。

こんな幸福があって良いのだろうか。
この手を取って、信じていいのか。

「前に私の刺繍を見ていたでしょう?あなたが剣を奮う姿も好きだけれど、一緒に刺繍をしたいわ。共に、息のしやすい国へ行きましょう。そして真にあなたを理解してくれる人と、幸せになって欲しいの」

サフィアは渋るエルディーテに言い募った。

唯一、傷を気にせずエルディーテ自身を見てくれた相手。

何気ない仕草や言葉に気付き、エルディーテの心の内をどこか見透かしている。

信じていい。
エルディーテはそう確信した。

「サフィア様がよろしいのなら……これからもお仕えさせてください」

共に行けるなら至極の喜び。
しかし、この至福は長く続く事はなかった。
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