母国を追われた草いじり令嬢は、敵国で『宮廷植物医』として新生活を満喫しています~元婚約者様と義妹、お元気ですか? 貴重な植物が全て枯れ、さらに私が渡した大事な園芸書を燃やした?じゃあ、もう無理ですね~
第13話:宮廷植物医、毒の検出について説明する
毒が検出された小瓶を見て、まずはジュリエットが驚きの声を出した。
「これは……どういうことだい? あたしが調べたときは何も反応しなかったのに……」
「ええ、今からご説明します。その前に小瓶を並び直しましょう。……検出された毒性素材は、焔晶石の粉、黒影狼の毒袋、霧スライムの体液、紫紋蝶の鱗粉の合計四つですね。帝国の植物を蝕んだ毒は、この四種類を混ぜて作られたと考えられます」
ベルナデッタの手元に四本の小瓶が並べられる。
赤、青、茶、紫に変色それは照明に照らされ、ずいぶんと不気味な色合いに見えた。
「ジュリエットさんにお尋ねしたいのですが、帝国の試薬が焔晶石を検出する理論はどのような仕組みでしょうか」
「簡単に言うと、毒性素材の主成分に反応する仕組みだよ。焔晶石なら焔晶石に反応する試薬を作ったんだ。一種類毎に試薬を作らなきゃいけないから、骨の折れる作業だったことをよく覚えているよ。ベルナの試薬はどんな仕組みなんだい?」
「毒性素材が植物や土壌に作用したことで生成される、毒性代謝物に反応する仕組みです。どの毒性素材にも独自性があるので、検出の精度も高いのです」
二人の話を聞いたラルフは納得したように呟く。
「検出物が異なるため試薬の反応が異なった、というわけか」
「はい、そうなります。念のため、王国から試薬を持ってきてよかったです」
試薬は小分けにした物なので、大部分は王国の宮殿に保管されていた。
安堵するベルナデッタに対し、ジュリエットは悔しげな表情で拳を握った。
「悔しいねぇ。毒性代謝物にはあたしも注目はしていたよ。でもね……作れなかったんだよ。素材がなかったんだ」
「お察しいたします。この試薬にはアトラ王国の固有種、夢幻花が必要なので。両国の間には交易もないので手配は難しかったことと思います」
夢幻花とは十センチメートルほどの大きさで、星形の白い花を咲かす。
その名の通り、花びらは環境の違いによって様々な色合いに変化する特徴があった。
ベルナデッタは毒性代謝物の反応に使えるのではと考え、実際にこういった有益な試薬を作れたのだ。
エーデル帝国に似たような性質の植物やその他の素材はなく、ジュリエットは作れないでいた。
リーベルの樹の幹の一部に対しても試薬を使ったところ、やはり結果は同じであり、ベルナデッタは結論を出す。
「作用機序が異なる王国の試薬に反応した結果を考えると、この毒は帝国の試薬に反応しないように設計された……と言って間違いないと思います」
――誰かが意図的に撒いた。
室内にいるみながそう確信を持ち、重い空気が横たわった。
しばし誰も話さぬ中、マティアスがため息とともに疲れた様子でラルフに呟く。
「この異変は人為的……という君の勘が当たってしまったね」
「残念ながらそういうことになるな。異変の原因が毒と判明した以上、調査をより進めることができる。ベルナデッタも手伝ってほしい」
「もちろんです。こんな酷い毒を撒いた犯人を私も捕まえたいです」
ベルナデッタは両拳を力強く握って答える。
いつだって、植物は話せないし動けないのだ。
(一方的に枯らすなんて許せない)
無差別かつ広範囲であることも考えれば、犯人は植物に対する強い悪意があると考えて間違いなかった。
ただ、毒の検出が即座に問題解決に繋がるわけでもない。
(今は自分にできることを一つずつやっていこう)
怒りを押し殺したベルナデッタはラルフに向き合う。
「もう一つ試したいことがあります。枯死寸前の植物を私の力で復活できないか挑戦したいんです」
「ぜひ試みてくれ。毒で枯らされるのは忍びないし、有効的な対策になるかもしれない」
「頑張ります」
彼女はミルダ草に触れながら精神を集中する。
茶色く萎れた葉や茎はざらつき、状態の悪さが痛いほど強く感じられた。
(毒に蝕まれて苦しいことがよくわかるわ。だけど、私が来たからもう大丈夫。今元気にさせるから!)
ベルナデッタは少しずつ魔力を注ぐ。
植物の大きさによって加減を調整することも重要であり、その微細な操作にラルフや周りの者たちは技術力の高さを感じるのだった。
回復に夢中なベルナデッタがそれに気づくことはなかったが……。
ものの一分ほどで隅々まで魔力が行き渡ったのを感じたとき、ミルダ草の様子が一変した。
茶色い葉は美しい青色に代わり、葉も茎も瑞々しさを取り戻したのだ。
(よかった、うまくいった……)
ベルナデッタは小さく安堵する。
リーベルの樹にも作用できたので問題ないだろうとは思っていたが、初めて触れる帝国の固有種だったので少なからず不安があったのだ。
どこか誇らしげに植わるミルダ草に、マティアスもラルフも感動しきりだった。
「ベルナ嬢の力を見るのはリーベルの樹以来だけど、やっぱり素晴らしい力だ。ミルダ草も嬉しそうだよ」
「ああ、見事だ。君がいれば帝国の植物事情は確実に……」
「すごいじゃないか、ベルナ! 本当に魔力を注ぐだけで植物を癒やせるとは恐れ入ったね! ……ちょっとどきな、よく見えないよ」
マティアスはそのままに、ジュリエットはラルフだけを押しのけて身を乗り出す。
瞳を輝かせる彼女と不機嫌そうなラルフを横目に、ベルナデッタは苦笑しながら説明する。
「厳密に言うと癒やしているのではなく、植物が元々持っている自然治癒力や抵抗力を活性化しているだけなんです」
「なおさらすごいよ。無理やり回復させて悪影響を与えることもないだろうしね」
「次は、体内に流れる毒がどうなっているのか確認してみましょう」
ベルナデッタは回復したばかりのミルダ草から、葉、茎、根を少量切り取る。
(痛くてごめんね。でも、もう切らないから)
四つの毒性素材に試料を加え、五分待つ。
さらに念のため五分待ったが、まったく変色しなかった。
その現象が意味することについて一同が衝撃を受ける中、ラルフが確認するように尋ねる。
「これはつまり、毒が浄化されたと考えてよいのか?」
「はい。ミルダ草が持つ解毒作用を活性化させた結果です」
「……君の力は我が国にとって、至極貴重であることを実感するのは何度目だろうな。非常に高度な能力だ」
「いえいえ、私は本当に植物が健康に生きる手助けをしているだけですから」
ベルナデッタは謙遜するが、その力は彼女が思う以上のものだとこの場にいる全員がよくわかっていた。
ラルフに頼まれ、毒に汚染された金穂麦にも魔力を注ぐ。
完全復活した様子を見た彼は何事かを思案した後、ベルナデッタに淡々と切り出した。
「君に頼みがある。私と一緒に宮廷会議に参加してくれ。帝国の数少ない上層部との定例会議だ。アトラ王国から君を呼んだことやリーベルの樹を復活させてくれたことはもう共有してあるが、顔合わせを済ませておきたい。君には帝国の植物事情に当たってもらうからな」
「はい、わかりました」
「本来は君が帝国の暮らしに慣れてからを考えていたが、早ければ早いほうがいい。君はすでにリーベルの樹の回復と毒の検出を行った。これらの実績は信頼を得るのに十分すぎる」
一度解散となり、ベルナデッタは自室に戻る。
ホッと一息吐く彼女を傍らのキャシーが労った。
「ベルナは博識ですごい実力のある人だね。植物の専門家と聞いていたけど想像以上だった」
「ありがとう、自分の力が役に立って私も嬉しい。会議でも認められるといいけど」
「絶対認められるに決まっているわ」
宮廷会議はおよそ二時間後なので、キャシーが少し早めの昼食を持ってきてくれた。
食事をし着替えなどの準備を終えたところで、あっという間に時間が来た。
ノックされた扉を開けるとラルフがいる。
マティアスは準備のため先に行っているとのことだ。
「用意は終わったか?」
「はい、おかげさまで完了しました」
「では、行こう」
彼に連れられ宮殿を歩く。
メイドや執事とすれ違うたびやはりラルフは恐れられ、その光景にベルナデッタはやるせなさを覚える。
(殿下は怖い人ではないと、いつか伝えられたらいいな)
敵国から来たばかりの立場だし、まだ完全に使用人たちの信頼を得られたわけではないだろう。
そんな状況でラルフの人となりを話しても信じられない可能性はあり、彼自身に余計な迷惑をかける可能性もまたあった。
あれこれと考えるベルナデッタの心境を知ってか知らずか、当のラルフは何も気にしない様子で話す。
「会議室は五階にある。眺めがいいので気に入るだろう」
「今日は晴れているので遠くまで見れるかもしれませんね」
「参加者は全部で二人だ。君には彼らについて少し話しておこう。一人はニコラ・カッセル侯爵。黒髪黒目の優男で、国内最大の穀倉地帯を統治する。見た目通りの穏やかな人物ではあるが、先代侯爵に比べて優柔不断で気の弱いところがある。もう一人はコンラード・ヘスリング公爵といい、三大公爵家の一角だ。……彼には警戒してもらいたい」
ラルフの表情がわずかに険しくなる。
上に行くたび少しずつ使用人は減り、今は周囲に誰もいない状況だ。
(殿下が言うくらいだから、それなりの人なんでしょうね)
ベルナデッタはやや身を硬くして言葉を待つが、実際は思ったほどではなかった。
「以前から、私……というより、エーデル一族に対して敵意を抱いているようだ。表立っての活動はないし違法行為も今のところはないため静観しているが、もしかしたら君にも何かしらの敵意が向けられるかもしれない」
「なるほど、そういうことですか。でしたら別に大丈夫です。敵意とか特に気にならないので。でも、殿下にご迷惑がかからないよう精一杯努めます」
「……君はやはり頼りがいがある」
まったく問題ない旨を返されたラルフは苦笑する。
話しているうちに五階に着いた。
人通りはなく、小さな会話でも響くような静粛な空間だ。
教会のような物静かな雰囲気に、ベルナデッタは気を引き締める。
王国にいた頃、国王や王妃の他、王族と謁見した機会はそれなりにあった。
高位の者と謁見する経験も積んできたため、ひどく焦るということはない。
落ち着いた様子の彼女を見て、ラルフは素直に感心した。
「夜渡商団に襲われたときもそうだったが、君は年齢以上に落ち着きのある女性だな」
「まぁ、これでもいろいろと経験してきましたので……。それが積み重なって動じることが少なくなったのだと思います」
「立派なことだ。……さて、ここが会議室だ」
気がついたら、目の前に黒檀の扉があった。
意匠の雰囲気は今まで見たものと若干異なり、悪を追い払うような力強さを重視していると伝わる。
「緊張することはない。君は王国の出身ではあるが、悪意を持たないことは見ただけでよくわかる」
「……ありがとうございます」
深呼吸したベルナデッタの瞳に力が入ったのを見て、ラルフは会議室の扉を開ける。
「これは……どういうことだい? あたしが調べたときは何も反応しなかったのに……」
「ええ、今からご説明します。その前に小瓶を並び直しましょう。……検出された毒性素材は、焔晶石の粉、黒影狼の毒袋、霧スライムの体液、紫紋蝶の鱗粉の合計四つですね。帝国の植物を蝕んだ毒は、この四種類を混ぜて作られたと考えられます」
ベルナデッタの手元に四本の小瓶が並べられる。
赤、青、茶、紫に変色それは照明に照らされ、ずいぶんと不気味な色合いに見えた。
「ジュリエットさんにお尋ねしたいのですが、帝国の試薬が焔晶石を検出する理論はどのような仕組みでしょうか」
「簡単に言うと、毒性素材の主成分に反応する仕組みだよ。焔晶石なら焔晶石に反応する試薬を作ったんだ。一種類毎に試薬を作らなきゃいけないから、骨の折れる作業だったことをよく覚えているよ。ベルナの試薬はどんな仕組みなんだい?」
「毒性素材が植物や土壌に作用したことで生成される、毒性代謝物に反応する仕組みです。どの毒性素材にも独自性があるので、検出の精度も高いのです」
二人の話を聞いたラルフは納得したように呟く。
「検出物が異なるため試薬の反応が異なった、というわけか」
「はい、そうなります。念のため、王国から試薬を持ってきてよかったです」
試薬は小分けにした物なので、大部分は王国の宮殿に保管されていた。
安堵するベルナデッタに対し、ジュリエットは悔しげな表情で拳を握った。
「悔しいねぇ。毒性代謝物にはあたしも注目はしていたよ。でもね……作れなかったんだよ。素材がなかったんだ」
「お察しいたします。この試薬にはアトラ王国の固有種、夢幻花が必要なので。両国の間には交易もないので手配は難しかったことと思います」
夢幻花とは十センチメートルほどの大きさで、星形の白い花を咲かす。
その名の通り、花びらは環境の違いによって様々な色合いに変化する特徴があった。
ベルナデッタは毒性代謝物の反応に使えるのではと考え、実際にこういった有益な試薬を作れたのだ。
エーデル帝国に似たような性質の植物やその他の素材はなく、ジュリエットは作れないでいた。
リーベルの樹の幹の一部に対しても試薬を使ったところ、やはり結果は同じであり、ベルナデッタは結論を出す。
「作用機序が異なる王国の試薬に反応した結果を考えると、この毒は帝国の試薬に反応しないように設計された……と言って間違いないと思います」
――誰かが意図的に撒いた。
室内にいるみながそう確信を持ち、重い空気が横たわった。
しばし誰も話さぬ中、マティアスがため息とともに疲れた様子でラルフに呟く。
「この異変は人為的……という君の勘が当たってしまったね」
「残念ながらそういうことになるな。異変の原因が毒と判明した以上、調査をより進めることができる。ベルナデッタも手伝ってほしい」
「もちろんです。こんな酷い毒を撒いた犯人を私も捕まえたいです」
ベルナデッタは両拳を力強く握って答える。
いつだって、植物は話せないし動けないのだ。
(一方的に枯らすなんて許せない)
無差別かつ広範囲であることも考えれば、犯人は植物に対する強い悪意があると考えて間違いなかった。
ただ、毒の検出が即座に問題解決に繋がるわけでもない。
(今は自分にできることを一つずつやっていこう)
怒りを押し殺したベルナデッタはラルフに向き合う。
「もう一つ試したいことがあります。枯死寸前の植物を私の力で復活できないか挑戦したいんです」
「ぜひ試みてくれ。毒で枯らされるのは忍びないし、有効的な対策になるかもしれない」
「頑張ります」
彼女はミルダ草に触れながら精神を集中する。
茶色く萎れた葉や茎はざらつき、状態の悪さが痛いほど強く感じられた。
(毒に蝕まれて苦しいことがよくわかるわ。だけど、私が来たからもう大丈夫。今元気にさせるから!)
ベルナデッタは少しずつ魔力を注ぐ。
植物の大きさによって加減を調整することも重要であり、その微細な操作にラルフや周りの者たちは技術力の高さを感じるのだった。
回復に夢中なベルナデッタがそれに気づくことはなかったが……。
ものの一分ほどで隅々まで魔力が行き渡ったのを感じたとき、ミルダ草の様子が一変した。
茶色い葉は美しい青色に代わり、葉も茎も瑞々しさを取り戻したのだ。
(よかった、うまくいった……)
ベルナデッタは小さく安堵する。
リーベルの樹にも作用できたので問題ないだろうとは思っていたが、初めて触れる帝国の固有種だったので少なからず不安があったのだ。
どこか誇らしげに植わるミルダ草に、マティアスもラルフも感動しきりだった。
「ベルナ嬢の力を見るのはリーベルの樹以来だけど、やっぱり素晴らしい力だ。ミルダ草も嬉しそうだよ」
「ああ、見事だ。君がいれば帝国の植物事情は確実に……」
「すごいじゃないか、ベルナ! 本当に魔力を注ぐだけで植物を癒やせるとは恐れ入ったね! ……ちょっとどきな、よく見えないよ」
マティアスはそのままに、ジュリエットはラルフだけを押しのけて身を乗り出す。
瞳を輝かせる彼女と不機嫌そうなラルフを横目に、ベルナデッタは苦笑しながら説明する。
「厳密に言うと癒やしているのではなく、植物が元々持っている自然治癒力や抵抗力を活性化しているだけなんです」
「なおさらすごいよ。無理やり回復させて悪影響を与えることもないだろうしね」
「次は、体内に流れる毒がどうなっているのか確認してみましょう」
ベルナデッタは回復したばかりのミルダ草から、葉、茎、根を少量切り取る。
(痛くてごめんね。でも、もう切らないから)
四つの毒性素材に試料を加え、五分待つ。
さらに念のため五分待ったが、まったく変色しなかった。
その現象が意味することについて一同が衝撃を受ける中、ラルフが確認するように尋ねる。
「これはつまり、毒が浄化されたと考えてよいのか?」
「はい。ミルダ草が持つ解毒作用を活性化させた結果です」
「……君の力は我が国にとって、至極貴重であることを実感するのは何度目だろうな。非常に高度な能力だ」
「いえいえ、私は本当に植物が健康に生きる手助けをしているだけですから」
ベルナデッタは謙遜するが、その力は彼女が思う以上のものだとこの場にいる全員がよくわかっていた。
ラルフに頼まれ、毒に汚染された金穂麦にも魔力を注ぐ。
完全復活した様子を見た彼は何事かを思案した後、ベルナデッタに淡々と切り出した。
「君に頼みがある。私と一緒に宮廷会議に参加してくれ。帝国の数少ない上層部との定例会議だ。アトラ王国から君を呼んだことやリーベルの樹を復活させてくれたことはもう共有してあるが、顔合わせを済ませておきたい。君には帝国の植物事情に当たってもらうからな」
「はい、わかりました」
「本来は君が帝国の暮らしに慣れてからを考えていたが、早ければ早いほうがいい。君はすでにリーベルの樹の回復と毒の検出を行った。これらの実績は信頼を得るのに十分すぎる」
一度解散となり、ベルナデッタは自室に戻る。
ホッと一息吐く彼女を傍らのキャシーが労った。
「ベルナは博識ですごい実力のある人だね。植物の専門家と聞いていたけど想像以上だった」
「ありがとう、自分の力が役に立って私も嬉しい。会議でも認められるといいけど」
「絶対認められるに決まっているわ」
宮廷会議はおよそ二時間後なので、キャシーが少し早めの昼食を持ってきてくれた。
食事をし着替えなどの準備を終えたところで、あっという間に時間が来た。
ノックされた扉を開けるとラルフがいる。
マティアスは準備のため先に行っているとのことだ。
「用意は終わったか?」
「はい、おかげさまで完了しました」
「では、行こう」
彼に連れられ宮殿を歩く。
メイドや執事とすれ違うたびやはりラルフは恐れられ、その光景にベルナデッタはやるせなさを覚える。
(殿下は怖い人ではないと、いつか伝えられたらいいな)
敵国から来たばかりの立場だし、まだ完全に使用人たちの信頼を得られたわけではないだろう。
そんな状況でラルフの人となりを話しても信じられない可能性はあり、彼自身に余計な迷惑をかける可能性もまたあった。
あれこれと考えるベルナデッタの心境を知ってか知らずか、当のラルフは何も気にしない様子で話す。
「会議室は五階にある。眺めがいいので気に入るだろう」
「今日は晴れているので遠くまで見れるかもしれませんね」
「参加者は全部で二人だ。君には彼らについて少し話しておこう。一人はニコラ・カッセル侯爵。黒髪黒目の優男で、国内最大の穀倉地帯を統治する。見た目通りの穏やかな人物ではあるが、先代侯爵に比べて優柔不断で気の弱いところがある。もう一人はコンラード・ヘスリング公爵といい、三大公爵家の一角だ。……彼には警戒してもらいたい」
ラルフの表情がわずかに険しくなる。
上に行くたび少しずつ使用人は減り、今は周囲に誰もいない状況だ。
(殿下が言うくらいだから、それなりの人なんでしょうね)
ベルナデッタはやや身を硬くして言葉を待つが、実際は思ったほどではなかった。
「以前から、私……というより、エーデル一族に対して敵意を抱いているようだ。表立っての活動はないし違法行為も今のところはないため静観しているが、もしかしたら君にも何かしらの敵意が向けられるかもしれない」
「なるほど、そういうことですか。でしたら別に大丈夫です。敵意とか特に気にならないので。でも、殿下にご迷惑がかからないよう精一杯努めます」
「……君はやはり頼りがいがある」
まったく問題ない旨を返されたラルフは苦笑する。
話しているうちに五階に着いた。
人通りはなく、小さな会話でも響くような静粛な空間だ。
教会のような物静かな雰囲気に、ベルナデッタは気を引き締める。
王国にいた頃、国王や王妃の他、王族と謁見した機会はそれなりにあった。
高位の者と謁見する経験も積んできたため、ひどく焦るということはない。
落ち着いた様子の彼女を見て、ラルフは素直に感心した。
「夜渡商団に襲われたときもそうだったが、君は年齢以上に落ち着きのある女性だな」
「まぁ、これでもいろいろと経験してきましたので……。それが積み重なって動じることが少なくなったのだと思います」
「立派なことだ。……さて、ここが会議室だ」
気がついたら、目の前に黒檀の扉があった。
意匠の雰囲気は今まで見たものと若干異なり、悪を追い払うような力強さを重視していると伝わる。
「緊張することはない。君は王国の出身ではあるが、悪意を持たないことは見ただけでよくわかる」
「……ありがとうございます」
深呼吸したベルナデッタの瞳に力が入ったのを見て、ラルフは会議室の扉を開ける。