母国を追われた草いじり令嬢は、敵国で『宮廷植物医』として新生活を満喫しています~元婚約者様と義妹、お元気ですか? 貴重な植物が全て枯れ、さらに私が渡した大事な園芸書を燃やした?じゃあ、もう無理ですね~
第14話:宮廷植物医、会議に参加する
ラルフに連れられ入室すると、室内の注目が集まった。
会議の参加者はマティアスの他に二名おり、中央の長机に座していた。
軽くうねった黒髪に黒目の三十代前半の男性と、くすんだ金髪に碧眼の四十代半ばと思われる男性だ。
(カッセル侯爵と……警戒が必要なヘスリング公爵ね)
前者からは優しそう――裏を返せば頼りなさげな印象が、後者からは年相応の落ち着きとどこか狡猾な印象があった。
彼らの後ろには使用人が数人ずつ控える。
よって、全体の人数としてはそこそこだった。
ベルナデッタはラルフに促され、彼の隣に座る。
(とても広い会議室……)
座るとさらにその広さが実感された。
天井は五メートル近くはあろうかと非常に高く、床も壁も深い焦げ茶色で余計な装飾はない。
強いて言えば天井から下がるシャンデリア程度だ。
不撓不屈の精神が漂っているような空間で、国の政策を考えるにふさわしい場所だと彼女は感じた。
ベルナデッタはアトラ王国にいた頃、何度かこのような場所に来たことがあるが、およそ二倍は広くここでも国力の差を感じるのだった。
参加者の全員が集まったところで、ラルフが静かに切り出す。
「では、これから宮殿会議を始める。議題は引き続き、帝国の植物事情についてだ。議論に入る前に、みなに紹介しておきたい人物がいる。ここに座るベルナデッタ・フォーセット嬢だ。彼女こそが先日話した、リーベルの樹を癒してくれた本人だ」
「初めまして、ベルナデッタ・フォーセットでございます」
「彼女は訳あってアトラ王国を離れることになり、彼の国との関係も今は解消されている。我が帝国に対する悪意や敵意はないから安心するように」
簡単な紹介が終わるや否や、会議室はどよめきで包まれた。
ニコラは怯えた表情で使用人と顔を見合わせては何事かを相談し、一方のコンラードはどことなく不敵な笑みを浮かべる。
(なんか嫌な感じ……)
ラルフは軽く手を挙げて場を鎮めると、参加者をベルナデッタに紹介した。
正式な挨拶だ。
「金髪の紳士はコンラード・へスリング公爵、エーデル帝国における三大公爵家の一角だ。黒髪の紳士はニコラ・カッセル、国内最大の穀倉地帯を治める。ともに、この植物問題の解決と帝国の安定に日々尽力している」
ニコラが控えめな会釈をするが、ヘスリング公爵ことコンラードは先ほどの不敵な笑みで話し始めた。
「リーベルの樹を復活させたことは真に素晴らしいですな。枯死しそうな状態の悪さには、我が輩も心を痛めておりました。しかし、あのアトラ王国の出身者を引き入れるとは、殿下の判断に些か疑問が生まれると思いますが? 帝国とは敵対関係にあるでしょう」
「たしかに、両国の関係は悪い。だからといって、アトラ王国の国民全てに罪が生まれるわけでもあるまい。ベルナデッタは善人だし、今はエーデル帝国の人間だ。その事実は変わらない」
ラルフの淡々とした説明は論理的で、会議室のどよめきは完全に静まった。
コンラードは悔しげに歯軋りした後、今度は別の"嫌味"を言い始める。
「殿下には他にも意見がございましてな。夜会の自粛とは少々やりすぎかと……。このような世相だからこそ、我々貴族は一致団結して国難に挑むべきでしょう。夜会を開かねば貴族同士の繋がりは希薄になるばかりなのですよ」
(夜会……? この緊急事態に……?)
何を言っているのだ、とベルナデッタは思う。
彼女もその類いに参加した経験は何度かあるが、傍目から見ても金や労力のかかる催事であることは明白だった。
ベルナデッタの心境に答えるように、ラルフはため息交じりに諭す。
「以前にも伝えたと思うが、今の帝国の状況を考えると夜会を開くのは控えるべきだ。備蓄は少しでも節約すべきだし、宮殿だけ騒いでいたら民に申し訳が立たない」
「ですから、このような危機にこそ……」
「貴殿は一致団結と言うが、実際は国が混乱しているこの機に派閥の拡大を行いたい……わけではなかろうな?」
「……っ」
(ああ、そういうことか)
コンラードの表情が揺らいだ瞬間を見逃さなかった彼女は納得した。
アトラ王国の貴族たちは領地の経営の他、派閥の所属や拡大に尽力していたことが思い出される。
きっと、この国でもあまり変わらない事情なのだろう。
国の状況を考えれば自粛すべきというラルフの意見は尤もであり、自分たちより国民を優先する為政者の鑑だと思った。
実際にそうなのだが、言い伏せられたコンラードはやり場のない怒りを向けるためかベルナデッタに矛先を向ける。
「ところで、王国を離れた理由はいったいどのような内容なのかね? 殿下の口ぶりからは他言しにくい理由かと感じたが。そこを話してもらわんと、リーベルの樹の件は別として信頼することは難しいぞ。少なくとも我が輩にとってはな」
(信頼するかどうかは本人の問題……と言いたいわけね)
言葉を探すラルフを差し置いて、ベルナデッタは即座に切り出した。
「私はアトラ王国の第二王子と婚約を結んでおりました。ですが、我が義妹と不貞を働いた先方から、一方的に婚約破棄と国外追放を命じられたのです」
予想もしない理由を言われ、コンラードは明らかに面食らった。
そんな彼に構わず、ベルナデッタはあくまでも落ち着いた様子で彼女の事情を話す。
ラルフに助けられた場面まで話し終えると、みな静かに聞くばかりだった。
「……というわけで、殿下は私に宮廷植物医の任を拝命してくださったのです。私は今持つ全ての知識と経験を駆使して、必ずこの問題を解決してみせます。時間はかかるかもしれませんが見守っていただけたら嬉しいです」
冷静な対応にコンラードは何も言うことができず、会議室の中を沈黙が横たわる。
ラルフは少しばかり満足した様子で、ベルナデッタに"例の件"を報告するよう促した。
彼女は小瓶を四本机上に並べる。
「私が奇病に侵された植物と土壌をアトラ王国の方式で検査したところ……毒が検出されました。焔晶石の粉末、黒影狼の牙毒、霧スライムの体液、紫紋蝶の鱗粉の四種類の毒性素材を混ぜた強力な毒です。よって、この国の植物を襲っているのは奇病ではありません。誰かが人為的に撒いたであろう毒です」
今度こそ、会議室はどよめきが収まらなくなった。
ニコラは使用人と早口で相談し、椅子から立ち上がったコンラードはまたもやベルナデッタに圧力をかける。
「ど、毒など信じられるか! いったい誰が撒いたと言うのかね! そもそも、その検査結果は真実なのか!? 我が輩は真実しか信用しない人間だ!」
「彼女が話す内容は全て真実だと、この私が保証する。ベルナデッタの開発した試薬についても別に調査結果を出そう。これでもまだ不満があるか、コンラード?」
「ぐっ……」
コンラードは渋々と座り直し、ラルフは淡々と説明を続ける。
「毒を撒いた人物については、現在調査を進めている。毒の散布方法も調査中だ。ベルナデッタの協力があればすぐ解決することと考える。そして、もう一つ。彼女は植物の自然治癒力を活性化させることで毒の浄化まで行える。実際に確認したい者もいるだろうから、この場で実演してもらおう」
ラルフは空間魔法で毒に汚染された金穂麦を取り出し、ベルナデッタが魔力を注ぐ。
たちまち復活した様子を目の当たりにしたニコラは子どものように瞳を輝かせ、コンラードはもはや衝撃で何も話せないようだった。
ラルフは落ち着きはらってニコラに視線を向ける。
「今行ったように、ベルナデッタなら復活させられる。三日後、貴殿が統治する金穂麦の穀倉地帯を訪問させてほしい。帝国で最も広大故、早急な対処が求められているのだ。問題はないか?」
「は、はいっ、問題ございませんっ。ただちに準備させていただきますっ」
ニコラは緊張のあまり、声を裏返しながら了承した。
会議はそこで終了となり、みなが退席する直前、コンラードは最後の嫌味をラルフに向けた。
「いやはや、人望のない殿下がこの国をどうやって救ってくださるか見物でございます。人食いだの怪物が人間に化けた姿だの、宮殿内には恐ろしい噂が多々流れるくらいですからな」
露骨な嫌味にラルフは相手にする気さえなかったが、彼を間近で見てきたベルナデッタはそうではなかった。
(殿下は国のため、潜入調査するほど懸命に頑張っているのに……。こう何度も悪態を吐かれてはさすがに聞き捨てならないわ)
彼女は扉に手をかけたコンラードに問う。
「お言葉ですが、殿下は人食いでも人に化けた怪物でもありません。実際に人を食べたり、怪物に姿を変えた光景を見た方がいるのでしょうか?」
「な、なに……? そんな連中はおらんっ」
「そうですか。であれば、真実ではありませんね。真実しか信じない、というご自身の言動が一致していないようですが?」
「……っ!」
ベルナデッタの指摘は鋭くコンラードに突き刺さった。
ピタリと動きを止めた彼にさらなる追い打ちをかける。
「先ほど殿下は人望がないとおっしゃいましたが、それも間違いです。少なくとも、私からの人望はありますので」
「……チッ、失礼する!」
コンラードは小さく舌打ちをすると、荒々しく退室した。
続けて、ニコラが怯えながら何度も会釈しながら使用人と部屋を出る。
幾分かがらんとした空間になると、マティアスが耐えかねたように笑い声を挙げた。
「ははは、ベルナ嬢は見事な啖呵だっただね。聞いてて気持ちよかったよ」
「殿下を悪く言われるのは不愉快だったんです。……やりすぎだったでしょうか」
「いや、あれくらい言われた方が良い薬になるだろう。私の代わりに言い返してくれたこと、礼を言う」
三人は明るく話しながら会議室を後にする。
その後、自室に帰ったベルナデッタはキャシーにも会議の概要を話した。
今日議論された内容は国内に公表されるので、話しても問題ないとラルフに言われていたのだ。
「私もその場で聞きたかったよ。自分の家のメイドじゃないのに人使いが荒いの」
コンラードは宮殿の使用人たちにも当たりが強いらしく、キャシーからも賞賛された。
三日後。
ベルナデッタとラルフは国内最大の穀倉地帯――カッセル侯爵領に向かう。
全ては帝国の重要な食物、金穂麦復活のためだった。
会議の参加者はマティアスの他に二名おり、中央の長机に座していた。
軽くうねった黒髪に黒目の三十代前半の男性と、くすんだ金髪に碧眼の四十代半ばと思われる男性だ。
(カッセル侯爵と……警戒が必要なヘスリング公爵ね)
前者からは優しそう――裏を返せば頼りなさげな印象が、後者からは年相応の落ち着きとどこか狡猾な印象があった。
彼らの後ろには使用人が数人ずつ控える。
よって、全体の人数としてはそこそこだった。
ベルナデッタはラルフに促され、彼の隣に座る。
(とても広い会議室……)
座るとさらにその広さが実感された。
天井は五メートル近くはあろうかと非常に高く、床も壁も深い焦げ茶色で余計な装飾はない。
強いて言えば天井から下がるシャンデリア程度だ。
不撓不屈の精神が漂っているような空間で、国の政策を考えるにふさわしい場所だと彼女は感じた。
ベルナデッタはアトラ王国にいた頃、何度かこのような場所に来たことがあるが、およそ二倍は広くここでも国力の差を感じるのだった。
参加者の全員が集まったところで、ラルフが静かに切り出す。
「では、これから宮殿会議を始める。議題は引き続き、帝国の植物事情についてだ。議論に入る前に、みなに紹介しておきたい人物がいる。ここに座るベルナデッタ・フォーセット嬢だ。彼女こそが先日話した、リーベルの樹を癒してくれた本人だ」
「初めまして、ベルナデッタ・フォーセットでございます」
「彼女は訳あってアトラ王国を離れることになり、彼の国との関係も今は解消されている。我が帝国に対する悪意や敵意はないから安心するように」
簡単な紹介が終わるや否や、会議室はどよめきで包まれた。
ニコラは怯えた表情で使用人と顔を見合わせては何事かを相談し、一方のコンラードはどことなく不敵な笑みを浮かべる。
(なんか嫌な感じ……)
ラルフは軽く手を挙げて場を鎮めると、参加者をベルナデッタに紹介した。
正式な挨拶だ。
「金髪の紳士はコンラード・へスリング公爵、エーデル帝国における三大公爵家の一角だ。黒髪の紳士はニコラ・カッセル、国内最大の穀倉地帯を治める。ともに、この植物問題の解決と帝国の安定に日々尽力している」
ニコラが控えめな会釈をするが、ヘスリング公爵ことコンラードは先ほどの不敵な笑みで話し始めた。
「リーベルの樹を復活させたことは真に素晴らしいですな。枯死しそうな状態の悪さには、我が輩も心を痛めておりました。しかし、あのアトラ王国の出身者を引き入れるとは、殿下の判断に些か疑問が生まれると思いますが? 帝国とは敵対関係にあるでしょう」
「たしかに、両国の関係は悪い。だからといって、アトラ王国の国民全てに罪が生まれるわけでもあるまい。ベルナデッタは善人だし、今はエーデル帝国の人間だ。その事実は変わらない」
ラルフの淡々とした説明は論理的で、会議室のどよめきは完全に静まった。
コンラードは悔しげに歯軋りした後、今度は別の"嫌味"を言い始める。
「殿下には他にも意見がございましてな。夜会の自粛とは少々やりすぎかと……。このような世相だからこそ、我々貴族は一致団結して国難に挑むべきでしょう。夜会を開かねば貴族同士の繋がりは希薄になるばかりなのですよ」
(夜会……? この緊急事態に……?)
何を言っているのだ、とベルナデッタは思う。
彼女もその類いに参加した経験は何度かあるが、傍目から見ても金や労力のかかる催事であることは明白だった。
ベルナデッタの心境に答えるように、ラルフはため息交じりに諭す。
「以前にも伝えたと思うが、今の帝国の状況を考えると夜会を開くのは控えるべきだ。備蓄は少しでも節約すべきだし、宮殿だけ騒いでいたら民に申し訳が立たない」
「ですから、このような危機にこそ……」
「貴殿は一致団結と言うが、実際は国が混乱しているこの機に派閥の拡大を行いたい……わけではなかろうな?」
「……っ」
(ああ、そういうことか)
コンラードの表情が揺らいだ瞬間を見逃さなかった彼女は納得した。
アトラ王国の貴族たちは領地の経営の他、派閥の所属や拡大に尽力していたことが思い出される。
きっと、この国でもあまり変わらない事情なのだろう。
国の状況を考えれば自粛すべきというラルフの意見は尤もであり、自分たちより国民を優先する為政者の鑑だと思った。
実際にそうなのだが、言い伏せられたコンラードはやり場のない怒りを向けるためかベルナデッタに矛先を向ける。
「ところで、王国を離れた理由はいったいどのような内容なのかね? 殿下の口ぶりからは他言しにくい理由かと感じたが。そこを話してもらわんと、リーベルの樹の件は別として信頼することは難しいぞ。少なくとも我が輩にとってはな」
(信頼するかどうかは本人の問題……と言いたいわけね)
言葉を探すラルフを差し置いて、ベルナデッタは即座に切り出した。
「私はアトラ王国の第二王子と婚約を結んでおりました。ですが、我が義妹と不貞を働いた先方から、一方的に婚約破棄と国外追放を命じられたのです」
予想もしない理由を言われ、コンラードは明らかに面食らった。
そんな彼に構わず、ベルナデッタはあくまでも落ち着いた様子で彼女の事情を話す。
ラルフに助けられた場面まで話し終えると、みな静かに聞くばかりだった。
「……というわけで、殿下は私に宮廷植物医の任を拝命してくださったのです。私は今持つ全ての知識と経験を駆使して、必ずこの問題を解決してみせます。時間はかかるかもしれませんが見守っていただけたら嬉しいです」
冷静な対応にコンラードは何も言うことができず、会議室の中を沈黙が横たわる。
ラルフは少しばかり満足した様子で、ベルナデッタに"例の件"を報告するよう促した。
彼女は小瓶を四本机上に並べる。
「私が奇病に侵された植物と土壌をアトラ王国の方式で検査したところ……毒が検出されました。焔晶石の粉末、黒影狼の牙毒、霧スライムの体液、紫紋蝶の鱗粉の四種類の毒性素材を混ぜた強力な毒です。よって、この国の植物を襲っているのは奇病ではありません。誰かが人為的に撒いたであろう毒です」
今度こそ、会議室はどよめきが収まらなくなった。
ニコラは使用人と早口で相談し、椅子から立ち上がったコンラードはまたもやベルナデッタに圧力をかける。
「ど、毒など信じられるか! いったい誰が撒いたと言うのかね! そもそも、その検査結果は真実なのか!? 我が輩は真実しか信用しない人間だ!」
「彼女が話す内容は全て真実だと、この私が保証する。ベルナデッタの開発した試薬についても別に調査結果を出そう。これでもまだ不満があるか、コンラード?」
「ぐっ……」
コンラードは渋々と座り直し、ラルフは淡々と説明を続ける。
「毒を撒いた人物については、現在調査を進めている。毒の散布方法も調査中だ。ベルナデッタの協力があればすぐ解決することと考える。そして、もう一つ。彼女は植物の自然治癒力を活性化させることで毒の浄化まで行える。実際に確認したい者もいるだろうから、この場で実演してもらおう」
ラルフは空間魔法で毒に汚染された金穂麦を取り出し、ベルナデッタが魔力を注ぐ。
たちまち復活した様子を目の当たりにしたニコラは子どものように瞳を輝かせ、コンラードはもはや衝撃で何も話せないようだった。
ラルフは落ち着きはらってニコラに視線を向ける。
「今行ったように、ベルナデッタなら復活させられる。三日後、貴殿が統治する金穂麦の穀倉地帯を訪問させてほしい。帝国で最も広大故、早急な対処が求められているのだ。問題はないか?」
「は、はいっ、問題ございませんっ。ただちに準備させていただきますっ」
ニコラは緊張のあまり、声を裏返しながら了承した。
会議はそこで終了となり、みなが退席する直前、コンラードは最後の嫌味をラルフに向けた。
「いやはや、人望のない殿下がこの国をどうやって救ってくださるか見物でございます。人食いだの怪物が人間に化けた姿だの、宮殿内には恐ろしい噂が多々流れるくらいですからな」
露骨な嫌味にラルフは相手にする気さえなかったが、彼を間近で見てきたベルナデッタはそうではなかった。
(殿下は国のため、潜入調査するほど懸命に頑張っているのに……。こう何度も悪態を吐かれてはさすがに聞き捨てならないわ)
彼女は扉に手をかけたコンラードに問う。
「お言葉ですが、殿下は人食いでも人に化けた怪物でもありません。実際に人を食べたり、怪物に姿を変えた光景を見た方がいるのでしょうか?」
「な、なに……? そんな連中はおらんっ」
「そうですか。であれば、真実ではありませんね。真実しか信じない、というご自身の言動が一致していないようですが?」
「……っ!」
ベルナデッタの指摘は鋭くコンラードに突き刺さった。
ピタリと動きを止めた彼にさらなる追い打ちをかける。
「先ほど殿下は人望がないとおっしゃいましたが、それも間違いです。少なくとも、私からの人望はありますので」
「……チッ、失礼する!」
コンラードは小さく舌打ちをすると、荒々しく退室した。
続けて、ニコラが怯えながら何度も会釈しながら使用人と部屋を出る。
幾分かがらんとした空間になると、マティアスが耐えかねたように笑い声を挙げた。
「ははは、ベルナ嬢は見事な啖呵だっただね。聞いてて気持ちよかったよ」
「殿下を悪く言われるのは不愉快だったんです。……やりすぎだったでしょうか」
「いや、あれくらい言われた方が良い薬になるだろう。私の代わりに言い返してくれたこと、礼を言う」
三人は明るく話しながら会議室を後にする。
その後、自室に帰ったベルナデッタはキャシーにも会議の概要を話した。
今日議論された内容は国内に公表されるので、話しても問題ないとラルフに言われていたのだ。
「私もその場で聞きたかったよ。自分の家のメイドじゃないのに人使いが荒いの」
コンラードは宮殿の使用人たちにも当たりが強いらしく、キャシーからも賞賛された。
三日後。
ベルナデッタとラルフは国内最大の穀倉地帯――カッセル侯爵領に向かう。
全ては帝国の重要な食物、金穂麦復活のためだった。