母国を追われた草いじり令嬢は、敵国で『宮廷植物医』として新生活を満喫しています~元婚約者様と義妹、お元気ですか? 貴重な植物が全て枯れ、さらに私が渡した大事な園芸書を燃やした?じゃあ、もう無理ですね~
第15話:宮廷植物医、枯れ果てた穀倉地帯を復活させる
カッセル侯爵領は帝都から南に馬車で半日の距離にあるが、ラルフの転送魔法を使えばほんの一瞬で到着できた。
金穂麦の一大産地として知られ、収穫期には天が黄金色の絨毯を敷いたとも称されたほどだ。
代々伝わる地誌でその光景を学んだベルナデッタは、目の前の景色に強く胸が締め付けられた。
「これは……無残ですね」
彼女の呟きに、隣に立つニコラは専属メイド――アミラとともに肩を落とす。
「奇病……いえ、毒によりおよそ八割方の金穂麦がやられてしまいました。残り二割も枯死寸前の状態で、完全に枯れ果てるのは時間の問題でしょう。僕たちもできる限りの対処はしているのですが、なかなか厳しい状況です」
今の時期ならば青々した緑色の金穂麦が風に揺れるはずだが、そのほとんどが茶色く萎れていた。
見渡す限りの土地全体から死の気配が色濃く漂い、ニコラは涙を浮かべる。
「父様や御祖父様から受け継いだ大切な土地なのに僕の代でこんなことになるなんて……。ああ、どうしよう……」
「大丈夫ですよ。私が必ずなんとかしますから」
悲しい気持ちなのは、大好きな植物が枯れた光景を見るベルナデッタも同じだ。
どことなく寂しげな風が吹く中、ラルフはニコラに問うた。
「異変が発生する前後、不審者や見知らぬ人物が周辺をうろついていたり、麦畑に入ったことはなかったか?」
「は、はい、確認されていません。我が領地で一番重要な土地なので四六始終監視しておりまして……。そのような人物がいなかったのは確かでございます」
ニコラは無事に説明が終わったと胸を撫で下ろすが、アミラに小突かれ思い出した。
「すみません、まだ続きがありました。仮に監視の目を搔い潜ったとして、穀倉地帯全域はカッセル家に伝わる特別な結界で守られております。魔力を登録した人間しか入ることはできません。殿下ほどの使い手となれば別ですが……あっ、そのっ、殿下を疑っているわけじゃなくてですね……!」
「わかった、ありがとう。……というわけだ、ベルナデッタ。ここの結界を突破できる者は私以外にいないと、これは断言できる。何者かが侵入したことはないと考えて問題ないだろう」
「承知しました。毒の散布方法については、より詳しい調査が必要になりそうですね。引き続き、不審者には気をつけてください。それでは……さっそく始めましょうか」
ベルナデッタは袖まくりすると躊躇無く畑に足を踏み入れる。
残った金穂麦をよく観察し、まだ生存の可能性がある個体をも見つけ出しては丁寧に魔力を注いでいった。
毒に汚染されていたとは思えないほど活力を取り戻す。
続けて収穫可能なほどまで瞬く間に成長した光景に、カッセル侯爵家の者たちは驚きを隠せない。
「み、見たか? 金穂麦が一瞬で成長してしまったぞ……。しかも、毒をずっと浄化し続けられるって話じゃないか」
「まるで、あのお方は伝説の聖女様みたいだな! 畑が復活するかもしれない!」
金穂麦の変貌は確かなモチベーションとなり、彼らを勇気づけた。
ただ応援するだけではなく、完全に枯死した金穂麦を回収するなど畑を整理する。
(地道で時間はかかるけど、これが今できる最善の策)
毒の浄化について、現状はベルナデッタの魔力以外の方法がなかった。
彼女の知識や経験を教わったジュリエットが懸命に解毒薬の開発を行っているところだ。
よって、地面を塗りつぶすように歩き一本ずつ魔力を注いで浄化する策をベルナデッタが発案した。
(本来の時期よりは少し早いけど、収穫できるくらいまで一気に成長させる!)
帝国の状況を考えれば、それほど早急な収穫が求められているのだ。
土壌には毒が残存しているが、高まった活性化力により無毒化されるため問題はない。
収穫が終わった後に、カッセル侯爵が入れ替えを行う予定だった。
てくてくと歩を進める中、隣のラルフが気遣うように伝える。
「無理する必要はない。疲れたらすぐに言いなさい」
「ありがとうございます。殿下が手伝ってくださって非常にありがたいです」
穀倉地帯は非常に広いためいくつか対策を錬った。
この三日間、完全に枯死が確認された"穂"はラルフの指示により、カッセル侯爵家の騎士と使用人たちが全て刈り取った。
そうやって畑が事前に整備されたことや、ラルフが風魔法で移動をサポートしてくれることが効率に大きく寄与しているのだ。
□□□
魔力を注いでは浄化する作業が、およそ一週間も続いた後。
変貌した穀倉地帯を前に、ラルフは感嘆として呟く。
「素晴らしい。よくやってくれたな、ベルナデッタ。非常に……美しい光景だ」
「ええ、頑張ってよかったです……」
静かに答えるベルナデッタの目には、金穂麦の畑が爛々と光り輝く。
風が吹くたび金色の波が生まれ、どこまでも優雅に流れていった。
生存した二割は、その全てがベルナデッタの手により復活。
さらには魔力を込めた穎果を撒いて成長させることで、今や穀倉地帯は全域にわたって豊かな姿を取り戻したのだった。
マティアスとキャシーも視察に訪れており、同じように感動を露わにする。
「きっと、この日はずっと語り継がれていくだろうね。いや、僕が語り継いでいくよ」
「ベルナは帝国に欠かせない女性ね。あなたの近くにいられて嬉しいわ」
この土地の領主であるカッセル侯爵はしばし呆然と佇んでいたが、アミラに小突かれ慌ててベルナデッタに何度も礼を言った。
「ありがとう……ありがとう、フォーセット嬢! あなたのおかげで先祖から伝わってきた大事な土地を守ることができた!」
「私もお役に立てて光栄です。予定通り、今すぐにでも収穫できる状態まで成長させましたので、後はよろしくお願いいたします」
収穫はニコラが主導して行う段取りなので、ベルナデッタの仕事はここまでだ。
「ずっと働き詰めで疲れたろう。帰ったらゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます。でも、実際のところはそれほど疲れていないのです。植物に魔力を注ぐのは本当に長いことやってきたので、身体が慣れちゃっています。むしろ、好きな作業なので楽しい余韻が残っています」
「楽しいとは君らしいな。まぁ、それでも休みなさい。君が倒れたら、それこそ帝国の大変な損害だ」
ラルフは宮殿の面々を周囲に集める。
ベルナデッタだけは他の者たちより近くに呼ばれ、彼女はどこか心の近さも感じるのだった。
◆◆◆
ベルナデッタたちが去った日の夜、ニコラは屋敷の執務室で書類作業を進めていた。
金穂麦の収穫量に関する記録や今後の土壌入れ替え計画の検討など、やるべき仕事は膨大にある。
しばし羽根ペンを走らせたところで、扉が丁寧にノックされた。
「ニコラ様、お夜食でございます」
「アミラか、いつもありがとう。……おや、これはもしかして」
「今日収穫された金穂麦を使ったクッキーとホットミルクです」
テーブルの端に乗せられた夜食を見たニコラは、伸ばした手を慌てて戻す。
「僕が食べてしまっていいのかな。まだ領民にも国民にも届いていないんだろう?」
「領地で採れる作物の味を確かめるのも領主の大事な仕事ですよ」
「たしかにそうか。アミラはいつも良いことを言うね」
ニコラはクッキーを囓る。
たちまち、口の中に懐かしさが広がった。
幼い頃から慣れ親しみ、ここ最近はずっと遠ざかっていた味だ。
「おいしい……。カッセル家が代々引き継いできた金穂麦の味そのもの……いや、それ以上の味わいの深さだ。おかげでもうひと頑張りできそうだ」
「しかし、夜もだいぶ遅いです。そろそろお休みになられては……」
「いや、まだ休みたくないんだ」
そう言って、彼はホットミルクをこくりと飲む。
カップを置いた後はいつにも増して真剣な表情だった。
「フォーセット嬢は立派だね。あれで僕の半分にも満たないらしい。なんだか自分が恥ずかしくなってしまったな」
「ニコラ様はそのままでもよろしいかと。まぁ、もう少し胆力をつけていただけたら嬉しいですが」
「はは、アミラは優しいね。胆力か……その足りなさは僕も感じてはいたんだ。本当だよ。でも、なかなか一歩踏み出す勇気がなかった。でも、僕は頑張るフォーセット嬢を見てようやく決心がついた。これからは今以上に頑張るよ。民のため、僕のため、そしてアミラのために……」
ニコラは机に向き合い仕事を再開する。
深く礼をしたアミラが静かに去った後も、羽根ペンの軋む音は明け方まで止むことはなかった。
金穂麦の一大産地として知られ、収穫期には天が黄金色の絨毯を敷いたとも称されたほどだ。
代々伝わる地誌でその光景を学んだベルナデッタは、目の前の景色に強く胸が締め付けられた。
「これは……無残ですね」
彼女の呟きに、隣に立つニコラは専属メイド――アミラとともに肩を落とす。
「奇病……いえ、毒によりおよそ八割方の金穂麦がやられてしまいました。残り二割も枯死寸前の状態で、完全に枯れ果てるのは時間の問題でしょう。僕たちもできる限りの対処はしているのですが、なかなか厳しい状況です」
今の時期ならば青々した緑色の金穂麦が風に揺れるはずだが、そのほとんどが茶色く萎れていた。
見渡す限りの土地全体から死の気配が色濃く漂い、ニコラは涙を浮かべる。
「父様や御祖父様から受け継いだ大切な土地なのに僕の代でこんなことになるなんて……。ああ、どうしよう……」
「大丈夫ですよ。私が必ずなんとかしますから」
悲しい気持ちなのは、大好きな植物が枯れた光景を見るベルナデッタも同じだ。
どことなく寂しげな風が吹く中、ラルフはニコラに問うた。
「異変が発生する前後、不審者や見知らぬ人物が周辺をうろついていたり、麦畑に入ったことはなかったか?」
「は、はい、確認されていません。我が領地で一番重要な土地なので四六始終監視しておりまして……。そのような人物がいなかったのは確かでございます」
ニコラは無事に説明が終わったと胸を撫で下ろすが、アミラに小突かれ思い出した。
「すみません、まだ続きがありました。仮に監視の目を搔い潜ったとして、穀倉地帯全域はカッセル家に伝わる特別な結界で守られております。魔力を登録した人間しか入ることはできません。殿下ほどの使い手となれば別ですが……あっ、そのっ、殿下を疑っているわけじゃなくてですね……!」
「わかった、ありがとう。……というわけだ、ベルナデッタ。ここの結界を突破できる者は私以外にいないと、これは断言できる。何者かが侵入したことはないと考えて問題ないだろう」
「承知しました。毒の散布方法については、より詳しい調査が必要になりそうですね。引き続き、不審者には気をつけてください。それでは……さっそく始めましょうか」
ベルナデッタは袖まくりすると躊躇無く畑に足を踏み入れる。
残った金穂麦をよく観察し、まだ生存の可能性がある個体をも見つけ出しては丁寧に魔力を注いでいった。
毒に汚染されていたとは思えないほど活力を取り戻す。
続けて収穫可能なほどまで瞬く間に成長した光景に、カッセル侯爵家の者たちは驚きを隠せない。
「み、見たか? 金穂麦が一瞬で成長してしまったぞ……。しかも、毒をずっと浄化し続けられるって話じゃないか」
「まるで、あのお方は伝説の聖女様みたいだな! 畑が復活するかもしれない!」
金穂麦の変貌は確かなモチベーションとなり、彼らを勇気づけた。
ただ応援するだけではなく、完全に枯死した金穂麦を回収するなど畑を整理する。
(地道で時間はかかるけど、これが今できる最善の策)
毒の浄化について、現状はベルナデッタの魔力以外の方法がなかった。
彼女の知識や経験を教わったジュリエットが懸命に解毒薬の開発を行っているところだ。
よって、地面を塗りつぶすように歩き一本ずつ魔力を注いで浄化する策をベルナデッタが発案した。
(本来の時期よりは少し早いけど、収穫できるくらいまで一気に成長させる!)
帝国の状況を考えれば、それほど早急な収穫が求められているのだ。
土壌には毒が残存しているが、高まった活性化力により無毒化されるため問題はない。
収穫が終わった後に、カッセル侯爵が入れ替えを行う予定だった。
てくてくと歩を進める中、隣のラルフが気遣うように伝える。
「無理する必要はない。疲れたらすぐに言いなさい」
「ありがとうございます。殿下が手伝ってくださって非常にありがたいです」
穀倉地帯は非常に広いためいくつか対策を錬った。
この三日間、完全に枯死が確認された"穂"はラルフの指示により、カッセル侯爵家の騎士と使用人たちが全て刈り取った。
そうやって畑が事前に整備されたことや、ラルフが風魔法で移動をサポートしてくれることが効率に大きく寄与しているのだ。
□□□
魔力を注いでは浄化する作業が、およそ一週間も続いた後。
変貌した穀倉地帯を前に、ラルフは感嘆として呟く。
「素晴らしい。よくやってくれたな、ベルナデッタ。非常に……美しい光景だ」
「ええ、頑張ってよかったです……」
静かに答えるベルナデッタの目には、金穂麦の畑が爛々と光り輝く。
風が吹くたび金色の波が生まれ、どこまでも優雅に流れていった。
生存した二割は、その全てがベルナデッタの手により復活。
さらには魔力を込めた穎果を撒いて成長させることで、今や穀倉地帯は全域にわたって豊かな姿を取り戻したのだった。
マティアスとキャシーも視察に訪れており、同じように感動を露わにする。
「きっと、この日はずっと語り継がれていくだろうね。いや、僕が語り継いでいくよ」
「ベルナは帝国に欠かせない女性ね。あなたの近くにいられて嬉しいわ」
この土地の領主であるカッセル侯爵はしばし呆然と佇んでいたが、アミラに小突かれ慌ててベルナデッタに何度も礼を言った。
「ありがとう……ありがとう、フォーセット嬢! あなたのおかげで先祖から伝わってきた大事な土地を守ることができた!」
「私もお役に立てて光栄です。予定通り、今すぐにでも収穫できる状態まで成長させましたので、後はよろしくお願いいたします」
収穫はニコラが主導して行う段取りなので、ベルナデッタの仕事はここまでだ。
「ずっと働き詰めで疲れたろう。帰ったらゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます。でも、実際のところはそれほど疲れていないのです。植物に魔力を注ぐのは本当に長いことやってきたので、身体が慣れちゃっています。むしろ、好きな作業なので楽しい余韻が残っています」
「楽しいとは君らしいな。まぁ、それでも休みなさい。君が倒れたら、それこそ帝国の大変な損害だ」
ラルフは宮殿の面々を周囲に集める。
ベルナデッタだけは他の者たちより近くに呼ばれ、彼女はどこか心の近さも感じるのだった。
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ベルナデッタたちが去った日の夜、ニコラは屋敷の執務室で書類作業を進めていた。
金穂麦の収穫量に関する記録や今後の土壌入れ替え計画の検討など、やるべき仕事は膨大にある。
しばし羽根ペンを走らせたところで、扉が丁寧にノックされた。
「ニコラ様、お夜食でございます」
「アミラか、いつもありがとう。……おや、これはもしかして」
「今日収穫された金穂麦を使ったクッキーとホットミルクです」
テーブルの端に乗せられた夜食を見たニコラは、伸ばした手を慌てて戻す。
「僕が食べてしまっていいのかな。まだ領民にも国民にも届いていないんだろう?」
「領地で採れる作物の味を確かめるのも領主の大事な仕事ですよ」
「たしかにそうか。アミラはいつも良いことを言うね」
ニコラはクッキーを囓る。
たちまち、口の中に懐かしさが広がった。
幼い頃から慣れ親しみ、ここ最近はずっと遠ざかっていた味だ。
「おいしい……。カッセル家が代々引き継いできた金穂麦の味そのもの……いや、それ以上の味わいの深さだ。おかげでもうひと頑張りできそうだ」
「しかし、夜もだいぶ遅いです。そろそろお休みになられては……」
「いや、まだ休みたくないんだ」
そう言って、彼はホットミルクをこくりと飲む。
カップを置いた後はいつにも増して真剣な表情だった。
「フォーセット嬢は立派だね。あれで僕の半分にも満たないらしい。なんだか自分が恥ずかしくなってしまったな」
「ニコラ様はそのままでもよろしいかと。まぁ、もう少し胆力をつけていただけたら嬉しいですが」
「はは、アミラは優しいね。胆力か……その足りなさは僕も感じてはいたんだ。本当だよ。でも、なかなか一歩踏み出す勇気がなかった。でも、僕は頑張るフォーセット嬢を見てようやく決心がついた。これからは今以上に頑張るよ。民のため、僕のため、そしてアミラのために……」
ニコラは机に向き合い仕事を再開する。
深く礼をしたアミラが静かに去った後も、羽根ペンの軋む音は明け方まで止むことはなかった。