母国を追われた草いじり令嬢は、敵国で『宮廷植物医』として新生活を満喫しています~元婚約者様と義妹、お元気ですか? 貴重な植物が全て枯れ、さらに私が渡した大事な園芸書を燃やした?じゃあ、もう無理ですね~

第17話:国王夫妻と第一王子の帰国

 怒りのジェフリーが去ってから一週間後の宮殿にて。
 外遊に出ていた国王フレデリック、王妃ポリーン、そして第一王子のパスカルが帰国した。
 ギルアンとセリーヌは緊張の面持ちで出迎える。

「父上、母上、兄上……無事のご帰国何よりでございます」
「ああ、留守は問題なかったか?」
「はい。万事順調でございます」

 ギルアンの答えに国王も王妃も満足気に頷く。
 彼は外面が良いため、両親は素直で良い息子という認識だった。
 定期的に頼まれる事務作業は部下にやらせるため、仕事ぶりも真面目と思われている。
 無論、この外遊中の仕事も遂行したのは部下だ。

「ところで、ジェフリー叔父様のことだが……」

 国王の言葉に、ギルアンとセリーヌの心臓は跳ね上がる。
 とうとう連絡が届いたのだろうか。

「体調不良でしばらく動けないと、本人の専属侍医から連絡が来た。どうやら、癇癪を起こしたらしい。今は一切の仕事を中断して療養に当たっているようだ。今度見舞いの品でも贈ってあげてくれ」

 二人は胸を撫で下ろした。
 不幸中の幸いか、ジェフリーは怒りのあまり癇癪を起こしてしまい、現在は療養中の状態だった。
 鈴玲花の一件を伝えようとも、専属侍医から手紙の執筆さえ止められてるのだ。
 ホッとするギルアンとセリーヌに、国王はひやりとする言葉をかけた。

「ここの植物園を訪れてから体調を崩したようだ。何か知らないか?」
「いえ、何も知りません! 父上、体調と言えばベルナデッタも具合が悪くなりましてね。フォーセット伯爵家の田舎に行きました。今は彼女の義妹、セリーヌが王宮植物園を管理しております。植物の世話や知識はベルナデッタから引き継いだので問題はありません」
「精一杯お世話させていただきます。ちょうど、三十分ほどまで作業をしておりました」

 セリーヌはすかさずカーテシーで挨拶し、話題を変える。

「おや、彼女も体調不良とは心配だ」
「大事ないといいけどねぇ」

 国王も王妃もベルナデッタの身を案じ、ジェフリーの話題は消失した。
 ただ一人、パスカルだけはどこか訝しげな表情でいて、淡々とした声音でギルアンに尋ねる。

「セリーヌ嬢はつい三十分前まで作業していたというが、服や靴に汚れがないな?」
「そ、それは……急いで着替えさせたからですよ、兄上」
「王宮植物園からこの執務室に来るまでは、私が走っても三十分ほどの距離にある。ヒールの高い靴で走るのは大変そうだが」

 ギルアンはパスカルを睨み、胸中には苛立ちが募る。
 
(チッ、兄上は相変わらず面倒だな。いちいち指摘するなよ)

 ベルナデッタに関する嘘が明らかにされかねない。
 どうやって誤魔化そうか考える中、国王が予期せず話題を変えた。

「まぁ、靴だけ作業用の物を履いて走ったんだろう。それより、ギルアンにセリーヌ嬢。ノルドハイム王国は知っているな?」
「「はい」」

 パスカルも深追いすることはなく、ギルアンは自分の運の良さに感謝する。
 ノルドハイム王国は北の国境を接する大国で、現在は友好同盟締結に向けて動いていることを思い出す。

「外遊の結果、同盟内容について意見の擦り合わせが完了した。二週間後、先方の王族が我が国を訪れて正式な調印が行われる。二人にはある花を手配してほしい。我が国の固有種――月照蘭だ」

 ギルアンとセリーヌの頭には疑問符が浮かぶ。
 まるで聞いたことのない花だった。
 そのような二人に構わず、国王は話を続ける。

「ノルドハイム王国の王女は花が好きらしく、月照蘭は以前から実際に見たかったらしい。ただ、重要な点が一つある。王女は花粉症なのだ」

 ギルアンとセリーヌはさらに疑問符を浮かべる。
 さすがの二人も花が花粉を出すことは知っており、どういうことかと訝しむ。
 国王の続きの説明を聞いて背景を把握した。

「ベルナデッタ嬢は以前、我が王国の伯爵家に花粉が出ない月照蘭を送ったことがある。その話を思い出して王女に伝えたところ、ぜひ見たいと話された。今回も同じように手配してほしいのだ」
「なるほど、そういうことでしたか。任せてください、必ずや僕たちが最高の花を咲かせて差し上げます」

 セリーヌが止める間もなくギルアンは了承してしまい、話はそこで終わりとなった。
 礼をした二人は部屋を出る。
 廊下を曲がったところで、セリーヌが強く憤った。

「ギルアン様、安請け合いではありませんか!? 鈴玲花のときみたく枯れていたら、私たちは……!」
「まぁ、落ち着いてくれ。これは作戦だよ。僕たちを守ってくれるね」
「……詳しく説明してください」
「僕たちが育てた花のおかげで、無事に条約が締結したらどうなるか、ということだ。植物の栽培について実力の証明になるだろう。僕とセリーヌは優秀……父上たちはそう考える。そしたらどうなる?」
「どうなるって……」
「ジェフリー御祖父様の報告は、年寄りの単なる戯れ言と思うだけさ」
「……言われてみればそうですわね」

 目下のところ、ジェフリーの報告がいつ届くかが二人の一番の問題だ。
 事前に対策はとっておきたく、月照蘭の栽培はそれを誤魔化すよい実績になる。
 王宮植物園に着いた二人は月照蘭を探す。
 見つけたそれは黄色に美しく咲き誇っており、ギルアンもセリーヌも安堵のため息を吐いた。

「あとは枯らさないようにするだけだな。どうすればいいんだ?」
「よくわかりませんが、お水をあげていればいいんじゃないでしょうか。お義姉様も毎日欠かさずやっていたみたいですし」

 うろ覚えの記憶から世話の内容を推測する。
 その日から、月照蘭に水をやる日々が始まった。
 毎日水を貰う月照蘭は活力を増し、美しい花と芳しい香りを楽しませてくれる。

(いいぞ、この調子でどんどん咲け。わざわざ世話してやってんだから俺たちを助けろ)

(これでもう大丈夫そうね。簡単な作業でよかったわ)

 無邪気に喜ぶ二人は知らなかった。
 日光に当てる時間の長さ、水を与えるタイミング、特別に調整した肥料、余分な花や枝の剪定など、あらゆる世話を厳密に管理しなければ月照蘭はよりたくさんの花粉を出すことを。
 そして、それらは全てベルナデッタが独自開発した栽培方法なので、あの園芸書にしか記されていないことを――
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