母国を追われた草いじり令嬢は、敵国で『宮廷植物医』として新生活を満喫しています~元婚約者様と義妹、お元気ですか? 貴重な植物が全て枯れ、さらに私が渡した大事な園芸書を燃やした?じゃあ、もう無理ですね~

第26話:宮廷植物医、皇帝陛下の病気の治療薬を開発する

 研究棟に移ったベルナデッタはさっそく作業を始めた。
 手際よく準備を進めながら、ラルフ、ジュリエット、マティアスに説明する。

「ソルメリアという一般的な草が栽培の対象です。特殊な肥料で育て満月の光を浴びせることで、星癒草と同じ効能をもたらすと古い文献で読んだ記憶があります。他の記述に関しては全て調べた結果正しかったので信頼性は高いと考えます」
「なるほど、そんな解決策があるとはな。やはり、君は頼りになる」
「肥料作りが少々複雑でして、四つの特別な素材が必要です。お手数ですが手配をお願いできますか?」

 そう言って、ベルナデッタは素材と栽培法法を示す。
 炎を纏う焔烈猪の牙、霧が出たときにしか姿を現さない霞蛇の鱗、清純な水辺にしか育たないラザリスの実、その三つを混ぜた肥料に植え、深夜でも一番星のように光り輝く綺羅花の蜜を溶かした水を与える……。
 それらを聞いたラルフは力強く答えた。

「私に任せなさい、直ちに用意する。宮殿の保管庫にいくらかあるはずだし、なかったとしても私が手配する」
「あたしも手伝うよ。牙も鱗も硬いから粉末にするのが大変さ」
「僕は警備用のゴーレムを急いで製作しよう。非常に重要な植物になる」

 宮殿の使用人たちも手伝ってくれ、迅速に栽培と肥料作りが始まった。
 ソルメリアはすぐに手配でき、何株も宮殿植物園に運び込まれる。
 四つの素材についても宮殿の保管庫でそのうちの三つは見つかった。
 霞蛇の鱗だけは珍しいこともあってなかったが、ラルフが生息地で自然とまったく同じ霧を生み出して捕獲。
 必要枚数と予備分の鱗を入手してくれ、専用の肥料と水が完成した。
 ベルナデッタはみなに感謝する。

「みなさん、ご協力くださりありがとうございました。あとは……五日後の満月に向けて私が魔力を注いでいきます」

 たくさん集めたソルメリアの株から芽吹いたばかりの草を選び、植木鉢に移す。
 肥料を与え、水を与え、ベルナデッタは祈るように魔力を込める。

(早く育てつつも負担をかけないように……)

 直近の満月を逃すと、次は一ヶ月後になってしまう。
 ラルフたちも必要以上に彼女と接することはなく、静かに時は流れた。

 そして迎えた五日後。
 ソルメリアは無事に生育し、あとは満月の光を浴びさせるだけとなったのだが……

(どうしよう、雲が……)

 宮殿植物園の外で、ベルナデッタは嘆息を吐く。
 上空には分厚い雲が漂い、満月を隠す。
 昼間は晴れ渡っていたので夜も晴れると誰しもが思っていた。
 厳しい表情で見上げる彼女に、傍らのラルフが優しく言う。

「心配するな、ベルナデッタ。こういうときのために私がいる」

 彼がそっと手を翳すと分厚い雲が流れ出し、十秒も経たずに霧散してしまった。
 周囲の景色が明るくなる中、ベルナデッタの胸には喜びと敬慕の感情が溢れる。

「す、すごいです、殿下! あっという間に雲が晴れてしまいました! しかし、これほどの魔法は負担が強いのでは……」
「私の魔力量では問題ないし、君にはずっと頼りっぱなしだったんだ。これくらいはさせてほしい」
「……ありがとうございます、殿下」

 穏やかな様子で微笑み合う二人を、満月に照らされるソルメリアがいつまでも見守っていた。


 □□□


 翌日。
 ベルナデッタはラルフとともにオルディウスの寝室を訪れた。

「皇帝陛下、失礼いたします。ベルナデッタでございます。邪斑病の治療薬が完成いたしました」

 室内にはざわめきが広がり、医術師たちの表情には希望が満ちる。
 オルディウスは驚きが最も強いようで、信じられないとでも言いたげだ。

「治療薬……だと? だが、星癒草は……絶滅したはずであろう……」
「ソルメリアという草を特殊な方法で育てることで、星癒草と同じ効能をもたらすのです。殿下や宮殿のみなさんにご協力いただいたおかげで無事に完成となりました」
「そう……だったか……。ありがとう……ベルナデッタ嬢。手間をかけてすまんな……」
「いえ、どうぞお気遣いなく。皇帝陛下のご健康が一番重要ですので」

 治療薬を受け取ったオルディウスはゆっくりと呷る。
 その様子を見守るベルナデッタは、心の中で強く強く祈るのだった。

(お願い……治って!)

 彼女だけでなく室内の全員が見守る中、それは起きた。
 命を蝕んでいた不気味な黒色の斑点模様が次々に消えていったのだ。
 手や顔、首はもちろんのこと、全身のあらゆる場所から消失する。
 オルディウスはしばし呆然としていたが、やがて喜びに溢れる顔で叫んだ。

「……治った! 治ったぞ! 息苦しさも身体の気怠さも完全に消えてしまった!」
「「念のため診察させてください!」」

 医術師が彼の周りに集まり、注意深く容態を確認する。
 念入りな診察が行われ、邪斑病の完治は証明された。
 室内は歓声で満ち、先ほどまで漂っていた暗く重い空気は欠片も残さず消失してしまった。 真っ先にラルフがベルナデッタに礼を述べる。

「ありがとう……ありがとう、ベルナデッタ! 君のおかげで父上は救われた! 命の恩人だ! 君を超える宮廷植物医は未来永劫現れないだろう!」
「よくやったよ、ベルナ! あんたは本当にすごい令嬢さ!」
「ベルナ嬢に不可能はないね! 君がいればどんな難題だって解決できてしまう!」

 ジュリエットもマティアスも興奮した様子で捲し立て、医術師たちも同様だ。

「さすがはベルナデッタ様ですね! 邪斑病ですら倒してしまうとは!」
「今度、この薬の作り方を教えてください! 私たちももっと勉強しなければ……!」

 みなを眺めるベルナデッタはただただ嬉しく、この平穏が続くことを祈ってやまない。

「私も皇帝陛下が元気になられて……本当によかったです」

 オルディウスはすぐにでもベルナデッタの功績を称える宴を開きたかったものの医術師たちが許さず、しばらくは療養することになった。

「朕はもう問題ないのだが……念のため安静が必要らしい」
「私のことなど気にせず、どうかお体のことを一番にお考えください」
「そうか。其方は実力があるだけでなく優しい心の持ち主でもあるのだな。改めてありがとう、ベルナデッタ嬢」

 廊下に出てからも、ベルナデッタを賞賛する言葉は止まらなかった。
 ラルフ、マティアス、ジュリエットに再び感謝され、朗報を聞いて駆けつけた使用人からも感謝の言葉をかけられる。

(治療薬が効いてくれてよかった。これで帝国は……)

 喜びを感じながら歩いていたら、不意に目の前が暗くなってきた。
 周囲の音は徐々に聞こえなくなり、意識が薄らぐ。
 緊張の糸が切れたのだとぼんやり思う。
 意識をしっかり保たねばと思うも、全身の力が抜けてしまう。
 床にぶつかる寸前。
 ラルフが力強い腕でベルナデッタを受け止めたのだった。
< 26 / 40 >

この作品をシェア

pagetop