母国を追われた草いじり令嬢は、敵国で『宮廷植物医』として新生活を満喫しています~元婚約者様と義妹、お元気ですか? 貴重な植物が全て枯れ、さらに私が渡した大事な園芸書を燃やした?じゃあ、もう無理ですね~

第31話:同盟締結の破談

 二週間が過ぎ、ノルドハイム王国と同盟を締結する日がやってきた。
 最初は宮殿の大ホールで歓談が行われ、場が温まったところで調印に移る予定だ。
 通常の外交よりいくぶんか緩やかな雰囲気なのは、アトラ王国の外遊がうまくいった証拠だった。
 関係者は全員大ホールに集まっており、ギルアンとセリーヌはノルドハイム王国側に紹介される。

「……そして、ここにいるのが我が息子のギルアンと、王宮植物園を管理するセリーヌ嬢だ」

 二人は笑顔で丁寧に礼をする。
 ともに外面は良い人間なので、第一印象には自信があった。
 ノルドハイム王は満足げに頷くと、彼女の娘――月照蘭を見たい王女とその双子の姉を紹介する。

「さあ、お前たちもご挨拶しなさい」
「初めまして、姉のクララでございます。今宵はどうぞよろしくお願いいたします」
「妹のカローラでございます。お二人にお会いできて光栄ですわ」

 二人の長い髪は紫水晶のように神々しく輝き、髪と同じ紫の瞳はどこまでも澄み渡る。
 年の頃はともに十六歳。
 女神が具現化したと言われてもおかしくない、あまりの美しさにギルアンは釘付けとなった。

(なんて美しい方々なんだ……)

 ノルドハイム王国でもその美貌や清純な心は人々の注目を集め、他国にまで轟くほどだ。
 ギルアンは丁寧に腰を折ると、カローラの手をそっと握る。

「お初にお目に掛かります、アトラ王国の第二王子ギルアンでございます。ご所望いただいた月照蘭は私がご用意させていただきました。花粉の出ないよう栽培いたしましたので、どうぞ安心してお楽しみください」
「そうでしたか。お手間をかけてしまって申し訳ありませんわ。わたくしはお花が好きなのですがどうしても花粉に敏感で……」
「いえいえ、お気になさらないでください。カローラ様のためならば、いかなる努力も惜しみません」

 ギルアンは手を握ったまま離そうともしない。
 彼の移り気が伝わりセリーヌは苛立つが、どうにか感情を抑えて冷静に笑顔を浮かべていた。

(月照蘭は私も育てましたよね?)

 手柄を独り占めされたこともそうだし、自分より衆目を集める女性が現れたので心中穏やかではなかった。
 特注のドレスを用意したのに、セリーヌに注目する者はこの会場で誰もいない。
 
(ギルアン様はだらしないし、見ているだけでイライラするわね。第一王子のパスカル様と少しでも仲良くならないと割に合わないわ)

 彼女は周囲を見渡す。
 お目当てのパスカルはすでに挨拶が終わり、中央のテーブル付近にいた。
 月照蘭が置かれた丸いテーブルだ。
 演出のため今は布を被せられており、注意深く見守っていた。
 ギルアンは自分が布を外す大役をフレデリックに申し出て、了承を受ける。
 そのままカローラの手を取り、テーブルの方にエスコートした。
 
「月照蘭はあの布の中にあります。あなた様に一番最初に見ていただきたく布を被せてあるのです」
「まぁ、ありがとうございます。わたくしのためなんて恐れ多いですわ」

 布を被せてあるということは、花粉も封じ込められているということだ。
 ギルアンは破滅への道を進んでいるとも知らず、胸を高鳴らせて会場を歩く。

(花を見せたらカローラ様は大喜びするはずだ。花を育てたのは僕だけの手柄にすれば、一気に仲を進展させられるぞ)

 二人はテーブルの前に着いた。
 あとは花を見せるだけでいい。
 ギルアンは絶世の美女を手に入れるという、希望に溢れた未来に向かって勢いよく布を外す。

「さあ、カローラ様。こちらがアトラ王国の極めて貴重な固有種――月照蘭でございます!」

 満月を染めたかのような、眩いばかりの黄色い蘭が現れた。
 カローラは目の前に月があるのかと錯覚するほどで、紫の瞳を輝かせ歓喜の言葉を口にする。

「なんて……なんて美しいのでしょう! 植物図鑑で何度か目にしたことはありますが、これほどまでに美しいお花を見るのは初めてです! 本当に満月の前に立っているかのような……」

 ギルアンもまた歓喜の声を上げようとしたが、カローラの異変に思わず口を噤んだ。

(な、なんだ……? どうした……?)

 彼女の瞳はあっという間に紫から赤に変わり、じわじわと涙ぐむ。
 鼻には耐えがたいむず痒さが広がった。

「……くしゅんっ! 目がかゆくて仕方ありません! この月照蘭は……くしゅんっ、花粉を出さないのではなかったのですか……!」

 カローラは何度もくしゃみをしてしまい、あまりのかゆさに目から大量の涙を流す。
 咄嗟にハンカチで顔を抑えるが、大量の花粉は彼女を苦しめる。
 カローラは侍女たちに付き添われ、迅速に会場を去った。
 国の面子をかけた重要な外交で化粧は崩れ、体裁は悪く、王女として大恥をかいてしまった気分だ。
 激しく混乱する会場の中、ノルドハイム王が険しい顔で歩み出た。
 重く厳しい声が周囲に響く。

「フレデリック殿、アトラ王国は我が国との同盟を結ぶつもりはない……そう考えてよろしいですな?」
「お、お待ちください、ノルドハイム王! 決して、私たちはそのような……!」
「直接言わず花を介するとは瀟洒な文化だ。我々はもう二度とこの地は踏まないでしょう。あなたは聡明で立派な王だからぜひ同盟を結びたかったが……非常に残念です」

 ノルドハイム王国の関係者は、みな肩を落として会場を後にした。
 無論、双子の姉クララもそうだ。
 フレデリック、ポリーン、パスカルが追いかけ必死に謝罪を重ねる。
 とてつもない無礼を働いてしまったからだ。
 慌ただしい声が聞こえなくなると、ギルアンがセリーヌを糾弾した。

「どうして花粉が出るんだ! カローラ様は花粉症だと言っただろう!」
「知りませんわ! 私は別に何もしておりません!」

 醜い争いを始める二人に注目する人間はおらず、みな息を呑んで廊下を見るばかりだ。
 会場からは徐々に喧噪が去り、代わりに不気味な静けさが横たわる。
 重苦しい空気の中、月照蘭の輝きがどこか浮いた印象だと、ギルアンとセリーヌはぼんやり思った。
 誰も何も話さぬ会場に、意気消沈したフレデリックが戻る。
 全ては無駄に終わったことが容易にわかり、空気はさらに重くなった。
 空虚な表情の彼は瞳の奥に怒りの炎を宿らせ、とある男女の前に立つ。

「ギルアン、セリーヌ嬢。これはどういうことか説明してもらおう。……花粉の出ない月照蘭を用意してくれるのではなかったか?」

 国王夫妻に第一王子、宮殿の重鎮たち……全員の視線がギルアンとセリーヌに突き刺さる。
 ――国際的に極めて重要な同盟の締結が、自分たちのせいで台無しになった。

 二人は弁明の声を出すことさえできず、ただただ事の重大さに震えるばかりだった。
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