母国を追われた草いじり令嬢は、敵国で『宮廷植物医』として新生活を満喫しています~元婚約者様と義妹、お元気ですか? 貴重な植物が全て枯れ、さらに私が渡した大事な園芸書を燃やした?じゃあ、もう無理ですね~

第32話:拘禁塔と黒い鳥

 同盟締結が台無しになった小一時間後。
 ギルアンとセリーヌはフレデリックの執務室に連行された。
 先ほどの会場よりさらに重い空気に喉が締め付けられるようだ。

「……ノルドハイム王たちは見送りもさせてくれなかった。同盟の締結はもう絶望的だな。どうしてこうなってしまったのか……」

 フレデリックは力なく呟く。
 外交の場で王女が辱められたとなっては、先方の怒りも尤もだった。
 ギルアンとセリーヌは顔を見合わせる。
 このままではまずいと、二人は保身を始めた。

「父上、落ち着いてください。まだ間に合うかもしれません。……そうだ、もう一度月照蘭を栽培させてください。今度は必ず成功させます」
「カローラ様は月照蘭の美しさには感動されていました。きっと、機嫌を直してくださいますわ」
「……本当にそう思うのか?」

 フレデリックにきつく睨まれ、二人の言葉は止まる。
 もう一度月照蘭を送る機会はそもそもなく、機嫌が直るなどあり得ないのだ。

「ベルナデッタ嬢と同じ栽培法法をしなかったのか? なぜだ、説明しろ」
「「そ、それは……」」
「彼女の作業小屋を私も尋ねたことがあるが、何冊もの園芸書を見せてくれた。一度育てた植物の栽培方法は全て記録に残しているそうだ。私が読ませてもらったのは月照蘭とは別の植物だったが、素人でも栽培できるほどわかりやすい説明だった」

 すらすらと話が展開され、ギルアンとセリーヌは追い詰められた。
 全てを白状すればいいものを、保身に走る二人は嘘を嘘で塗り固める。

「じ……字が汚くて読めなかったのです。僕たちは必死に読もうと努力したのですが、植物の名前もわからない始末でして……」
「ギ、ギルアン様の仰るとおりですわ。お義姉様は貴族令嬢なのに昔から字が汚くて……おそらく、陛下が読まれた本だけは綺麗な字で書かれたのだと思います」
「では、その字が汚い園芸書を持ってこい。私も確認させてもらう」

 フレデリックは片手を差し出した。
 ギルアンもセリーヌも動くことはできず、無言の時が流れる。
 二人の脳裏に浮かぶのは炎だった。
 何冊もの園芸書を放り込んだ暖炉の炎だ。
 これ以上の誤魔化しはできないといい加減悟った二人は顔を見合わせ、とうとうあの事実を白状した。

「ベ、ベルナデッタの園芸書は……ありません」
「全て私たちが……も、燃やしてしまったので」
「……は? 燃やした?」

 観念したように呟く二人の言葉を、フレデリックはすぐに理解できなかった。
 いったい何を言われたのか十秒ほど反芻し、ようやく意味がわかったのだ。
 同時に、この愚か者たちに強い怒りを覚える。

「彼女の園芸書はただの本ではない、王国の大切な財産だ! わからなかったのか!? 植物園で育つ植物は、どれも王国……いや、世界的に見ても貴重な種が揃っている! ベルナデッタのたゆまぬ努力の賜物を……無に帰すなど!」

 フレデリックは怒号を上げ、ポリーンは愚かさのあまり気を失いそうになった。
 執務室が怒気や落胆、失望で支配される中、扉が極めて控えめにノックされた。
 パスカルが応対に出ると、怯えた様子のメイドが手紙を差し出す。
 冷静に中身を読んだ彼は至極呆れた表情で言った。

「父上、母上。この手紙をお読みください。ジェフリー御祖父様からです。どうやら、そこの二人の嘘は今回が初めてではなかったようですね」

 フレデリックとポリーンは奪い取るほどの勢いで手紙を読む。
 中身を読み進めるにつれ、怒りと落胆が入り交じった複雑な感情が沸々と湧いた。

「……なるほど、鈴玲花を枯らしたのか。ジェフリー御祖父様が大事にしていた花だ。ベルナデッタ嬢がせっかく開花してくれたのに…………貴様らはどこまで愚かなのだ!」

 怒りに耐えかね、再度フレデリックは叫んだ。
 落雷のような怒号が響き、ギルアンもセリーヌもびくりと震える。
 
「これほどまでに愚かな人間は私も見たことがない! ああ、本当によくここまで迷惑をかけられるものだ!」
「どこで教育を間違えてしまったのでしょうね。加担したセリーヌ嬢もセリーヌ嬢ですわよ」

 ポリーンの顔は失望に染まる。
 事の重大さがひしひしと実感される中、パスカルが進言した。

「やはり、ベルナデッタ嬢でなければ王宮植物園を管理することはできません。……体調不良でフォーセット領の田舎にいるらしいが、それも嘘なのだろう?」

 問われたギルアンとセリーヌは、揃って気まずそうに視線を逸らす。
 パスカルはため息を吐きながらさらに問う。

「彼女は今どこにいるんだ?」
「……わかりません。国外追放を命じましたので」
「国外追放だと!? ……ああ、なんということだ。我が息子がここまで愚かだったとは……」

 フレデリックは頭を抱え、ポリーンは額に手を当て、パスカルは厳しい顔で俯く。
 室内の空気はずしりと重さを増す。
 居場所が完全にわからないと同義であり、想像以上の深刻な状況に三人は神経が擦り減りそうだった。
 フレデリックは椅子に座り直すと、疲労の滲む顔で切り出す。

「ベルナデッタ嬢の捜索はパスカルに一任する。必ず見つけ出せ。ここまでの仕打ちをされたとなってはもう戻ってきてくれないかもしれないが、まずは愚行を謝罪したい」
「はい、承知しました」
「そして……この愚かな二人は拘禁塔に一時幽閉とする。追って正式な処罰を下す。それまで自分の行いについて向き合うことだな」

 ベルが鳴らされ、執務室に大勢の衛兵が集まる。
 ギルアンとセリーヌを捕らえ、縄で縛り出す。

「お、お待ちください、父上! お考え直しください!」
「お許しください! せめて私たちの言い分を……!」

 必死の抵抗もむなしく、二人は外に連れ出されるのであった。

 □□□

 宮殿の敷地の一角に聳える、濃い灰色の高い塔――それが拘禁塔だ。
 市井ではなく、王族の関係者などが罪を犯した場合に使われる場所だった。
 ギルアンとセリーヌは魔法を無効化する腕輪を装着され、最上階に収容されている。
 窓は空気を取り入れるための小さな窓しかない。
 せいぜい小鳥が通過できるくらいだ。
 地上から三十メートルの位置にあり、壁や床、天井の物理的強度も高く脱出はとうてい不可能だ。
 力なく座り込む二人の脳裏には、衛兵や使用人にかけられた言葉が蘇る。

「ここ最近は何年も収容者が出ていなかったのに……よりによって第二王子が収容されるとは……」
「大切な外交を台無しにしたあげく、共謀して王宮植物園の貴重な園芸書まで燃やしたらしい。この国の恥だな」

 明日には国中に広がっているだろう。
 万が一にでも解放されたとして、以前のような生活を送れることはない。
 石造りの嫌な冷たさに我慢の限界を迎えたギルアンはセリーヌを激しく責めた。

「こうなったのも元はと言えば、君……いや、お前のせいだ!」
「なんですって!」
「ベルナデッタの義妹ならもっと植物について知っとけよ! すぐ近くにいたじゃないか!」

 自分の行いを棚に上げる彼に、セリーヌも我慢の限界を迎えた。

「園芸書を燃やそうと言い出したのはどちらで!? ギルアン様でしょう! 燃やさなければこんなことにはならかったんです!」
「だから、お前も喜んで暖炉に放り込んだだろうが! 人のせいにするな!」

 責任転嫁を始める二人は口論を繰り広げる。
 怒声が反響し出すと、即座に扉が激しく叩かれ口を噤んだ。
 扉の外には衛兵が控えるので、碌に大声を出すことさえできない。
 息荒く座り直したギルアンはセリーヌに命じる。

「婚約破棄の件については言うなよ」
「ええ、言うものですか」

 まだ、ベルナデッタを婚約破棄してセリーヌが婚約者の地位に収まった一件は誰にも伝えていない。
 これ以上、余計な叱責を受けてたまるかと二人は隠し通すことを誓った。
 だが、現状は何も変わらないのだ。

(クソッ……このままじゃ監獄行きだ。どうにかしてここを抜け出さないと……セリーヌを囮にするか?)

(ギルアン様を囮にすれば私だけでも脱出できるかも……私の人生を終わらせてなるものですか)

 思案するギルアンとセリーヌは、ふと気配を感じ小窓を見上げる。
 この辺りでは見かけぬ黒い鳥が止まっていた。
 鳥は音もなく二人の前に舞い降りる。
 迷い込んだらしいとわかった二人は、鬱憤を晴らす相手を見つけた気分だった。

「なんだ、こいつは。……よし、こいつを苛めて楽しんでやれ」
「手始めに羽根を一枚ずつ毟って差し上げましょう」
〔静かにしろ〕

 ギルアンとセリーヌの頭に声が響く。
 念話だと理解するのに多少の時間がかかった。
 鳥はどこか人間のように微笑む。

〔お前たちをここから出してやる。……私の指示に従ったらな〕
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