母国を追われた草いじり令嬢は、敵国で『宮廷植物医』として新生活を満喫しています~元婚約者様と義妹、お元気ですか? 貴重な植物が全て枯れ、さらに私が渡した大事な園芸書を燃やした?じゃあ、もう無理ですね~
第37話:海と後悔
「……罪人を前に」
アトラ王国の王都にある中央裁判所にて。
裁判官の低い声が響き、疲れ切った様子の男女が広い法廷に連れ出された。
ギルアンとセリーヌだ。
植物博覧会での事件があってから、およそ二週間が過ぎた。
捕縛された二人は王国に移送され、いよいよ裁判の時を迎えたのだ。
法壇には多数の裁判官が並び、フレデリックたち王族もそこにいた。
ギルアンとセリーヌの数多の悪事が裁判官によって述べられる。
改めて罪状を朗読されると、針山の上に座っているかのような居心地の悪さだった。
それでも、婚約破棄の件までは知られていないのが唯一の幸いか。
「……貴様らはベルナデッタ嬢を婚約破棄にまで追い込んだな? 宮殿の調査で全て判明したぞ」
フレデリックに告げられ、二人はびくりと身体を揺らした。
隠し通してきた最後の罪が暴かれ、焦燥感と切迫感が身を焦がす。
「今まで黙っていたとは、反省の意思がないと考えざるを得ない。貴様らのその強気の態度は判決にも影響したことを事前に伝えておく」
「「待っ……!」」
裁判官のガゼルが振り下ろされ、強制的に言葉を断たれる。
そのまま、フレデリックは現在の国際関係を話す。
「ベルナデッタ嬢の献身のおかげで、我が王国とエーデル帝国は同盟を締結できた。互いに争いは望んでいないことを共有し、これまでの軋轢は全て解消された。博覧会での一件も、帝国はベルナデッタ嬢の顔に免じて許してくれた今後は両国間での交流が盛んになるだろう。彼女の功績は他にもある。ノルドハイム王国との関係も取り持ってくれた。近いうちに調印をやり直す機会が来る。貴様らの後始末をつけてくれたこと、深く感謝しろ」
淡々とベルナデッタの功績が説明され、賞賛の言葉が紡がれる。
台無しにされた月照蘭の一件も丸く収め、むしろ先方から好印象を得るほどだった。
ギルアンとセリーヌは後始末されたことに悔しさを感じ、恥じらいに顔を強くしかめる。
歯軋りする二人はどうにかして罪を軽くできないかと考えを巡らせた結果、例の黒鳥を思い出した。
いくぶんか心の軽くなったギルアンが高らかに弁明を始める。
「僕たちは脅されたのです! 不気味な黒い鳥に! お望みとあらば特徴を絵に描いてもいいです! どうか調査のほどを……!」
裁判官が手を上げて制する。
「拘禁塔を調べたところ、たしかに何者かが侵入した痕跡が確認された。エーデル帝国との合同調査により、その黒い鳥の魔法は彼の国でクーデターを企てた人物が行使したと判明した」
「「じゃ、じゃあ……!」」
全てはその人物のせい。
ギルアンとセリーヌは責任転嫁に成功したと喜びを露わにするが、続けて告げられた裁判官の話に大変な衝撃を受けた。
「だからといって、貴様らの罪が消えることはない。これまでの悪事、及び嬉々として博覧会を破壊した様子を鑑みて同罪と判断された」
二人は憔悴のあまり言葉を発することさえできず、存在を消すように俯くばかりだ。
裁判官は少しの同情も見せず、極めて淡々と判決を下した。
「ギルアン及びセリーヌ、貴様らは国外追放――海上流刑に処す。ベルナデッタ嬢に行った仕打ちがどれだけ辛いものだったか、己の身で実感するがいい」
判決が下された瞬間、項垂れていた二人は顔を上げる。
刑の名が頭の中で反響する。
「「どうか……海上流刑だけはおやめください!」」
いつ沈むかわからない小さな船を一隻だけ与えられて、沖合数百キロメートルの大海原で追放される。
過酷な処罰内容も併せ、名実ともにアトラ王国の最高刑だった。
生存者の報告は……ない。
呆然とする二人に構わず、フレデリックはポリーン、パスカルとともに立ち上がる。
「では、私たちはこれで失礼する。もう二度と貴様らに会うことはないだろう」
「さようなら。海の上で人生が終えられるなんて素敵ね」
「僕に弟はいなかった……これからはそう思って生きていくよ」
王族の三人は、まったく未練を感じさせぬ足取りで立ち去ってしまった。
法廷に残る裁判官と衛兵、その全ての視線がギルアンとセリーヌに突き刺さる。
(ほ、本当に僕は海上流刑されるのか……? 大海原に……追放される?)
焦燥感に耐えかねたギルアンは後ろ手のまま駆け出す。
続けて、セリーヌも走り出した。
「捕まえろ!」
裁判官の号令で、即座に衛兵が追いかける。
「……クソッ、捕まってたまるか!」
「きゃあっ!」
ギルアンはセリーヌを蹴り飛ばし衛兵にぶつける。
ほんの僅かながら時間稼ぎができた。
出入り口の扉が自分を待っている。
(あと一歩で外に出られる――)
笑顔を浮かべるギルアンは勢いそのままに突進して扉を突破する。
直後、外にいた衛兵に棍棒で殴られ気絶した。
□□□
ギルアンとセリーヌを乗せた木製の小舟は、どこかの海を漂っている。
海上で追放され、もうどれくらいの時が過ぎたのだろうか。
見渡す限り水しかない。
用意された道具は貧相な釣り竿が一本に、古びたバケツが一個だけだ。
釣った魚を食い、雨水で生きろと暗に示されている。
照りつける太陽と容赦なく吹きすさぶ海風に体力を奪われ、生きる気力は限界だった。
ともに言葉を交わす元気もなく、ただ呆然と何もない海を眺める。
二人の頭にぼんやりと浮かぶのは一人の女性だ。
植物に関しては右に出る者がいない、緑の申し子ベルナデッタ。
彼女を不当に婚約破棄して国外追放したことが全ての原因だったのだ。
((あんな酷いことをしなければ……敬意を持って接して、仲良くなっていれば……))
ギルアンとセリーヌの心を占めるのは"後悔"――その薄暗い感情だけだった。
アトラ王国の王都にある中央裁判所にて。
裁判官の低い声が響き、疲れ切った様子の男女が広い法廷に連れ出された。
ギルアンとセリーヌだ。
植物博覧会での事件があってから、およそ二週間が過ぎた。
捕縛された二人は王国に移送され、いよいよ裁判の時を迎えたのだ。
法壇には多数の裁判官が並び、フレデリックたち王族もそこにいた。
ギルアンとセリーヌの数多の悪事が裁判官によって述べられる。
改めて罪状を朗読されると、針山の上に座っているかのような居心地の悪さだった。
それでも、婚約破棄の件までは知られていないのが唯一の幸いか。
「……貴様らはベルナデッタ嬢を婚約破棄にまで追い込んだな? 宮殿の調査で全て判明したぞ」
フレデリックに告げられ、二人はびくりと身体を揺らした。
隠し通してきた最後の罪が暴かれ、焦燥感と切迫感が身を焦がす。
「今まで黙っていたとは、反省の意思がないと考えざるを得ない。貴様らのその強気の態度は判決にも影響したことを事前に伝えておく」
「「待っ……!」」
裁判官のガゼルが振り下ろされ、強制的に言葉を断たれる。
そのまま、フレデリックは現在の国際関係を話す。
「ベルナデッタ嬢の献身のおかげで、我が王国とエーデル帝国は同盟を締結できた。互いに争いは望んでいないことを共有し、これまでの軋轢は全て解消された。博覧会での一件も、帝国はベルナデッタ嬢の顔に免じて許してくれた今後は両国間での交流が盛んになるだろう。彼女の功績は他にもある。ノルドハイム王国との関係も取り持ってくれた。近いうちに調印をやり直す機会が来る。貴様らの後始末をつけてくれたこと、深く感謝しろ」
淡々とベルナデッタの功績が説明され、賞賛の言葉が紡がれる。
台無しにされた月照蘭の一件も丸く収め、むしろ先方から好印象を得るほどだった。
ギルアンとセリーヌは後始末されたことに悔しさを感じ、恥じらいに顔を強くしかめる。
歯軋りする二人はどうにかして罪を軽くできないかと考えを巡らせた結果、例の黒鳥を思い出した。
いくぶんか心の軽くなったギルアンが高らかに弁明を始める。
「僕たちは脅されたのです! 不気味な黒い鳥に! お望みとあらば特徴を絵に描いてもいいです! どうか調査のほどを……!」
裁判官が手を上げて制する。
「拘禁塔を調べたところ、たしかに何者かが侵入した痕跡が確認された。エーデル帝国との合同調査により、その黒い鳥の魔法は彼の国でクーデターを企てた人物が行使したと判明した」
「「じゃ、じゃあ……!」」
全てはその人物のせい。
ギルアンとセリーヌは責任転嫁に成功したと喜びを露わにするが、続けて告げられた裁判官の話に大変な衝撃を受けた。
「だからといって、貴様らの罪が消えることはない。これまでの悪事、及び嬉々として博覧会を破壊した様子を鑑みて同罪と判断された」
二人は憔悴のあまり言葉を発することさえできず、存在を消すように俯くばかりだ。
裁判官は少しの同情も見せず、極めて淡々と判決を下した。
「ギルアン及びセリーヌ、貴様らは国外追放――海上流刑に処す。ベルナデッタ嬢に行った仕打ちがどれだけ辛いものだったか、己の身で実感するがいい」
判決が下された瞬間、項垂れていた二人は顔を上げる。
刑の名が頭の中で反響する。
「「どうか……海上流刑だけはおやめください!」」
いつ沈むかわからない小さな船を一隻だけ与えられて、沖合数百キロメートルの大海原で追放される。
過酷な処罰内容も併せ、名実ともにアトラ王国の最高刑だった。
生存者の報告は……ない。
呆然とする二人に構わず、フレデリックはポリーン、パスカルとともに立ち上がる。
「では、私たちはこれで失礼する。もう二度と貴様らに会うことはないだろう」
「さようなら。海の上で人生が終えられるなんて素敵ね」
「僕に弟はいなかった……これからはそう思って生きていくよ」
王族の三人は、まったく未練を感じさせぬ足取りで立ち去ってしまった。
法廷に残る裁判官と衛兵、その全ての視線がギルアンとセリーヌに突き刺さる。
(ほ、本当に僕は海上流刑されるのか……? 大海原に……追放される?)
焦燥感に耐えかねたギルアンは後ろ手のまま駆け出す。
続けて、セリーヌも走り出した。
「捕まえろ!」
裁判官の号令で、即座に衛兵が追いかける。
「……クソッ、捕まってたまるか!」
「きゃあっ!」
ギルアンはセリーヌを蹴り飛ばし衛兵にぶつける。
ほんの僅かながら時間稼ぎができた。
出入り口の扉が自分を待っている。
(あと一歩で外に出られる――)
笑顔を浮かべるギルアンは勢いそのままに突進して扉を突破する。
直後、外にいた衛兵に棍棒で殴られ気絶した。
□□□
ギルアンとセリーヌを乗せた木製の小舟は、どこかの海を漂っている。
海上で追放され、もうどれくらいの時が過ぎたのだろうか。
見渡す限り水しかない。
用意された道具は貧相な釣り竿が一本に、古びたバケツが一個だけだ。
釣った魚を食い、雨水で生きろと暗に示されている。
照りつける太陽と容赦なく吹きすさぶ海風に体力を奪われ、生きる気力は限界だった。
ともに言葉を交わす元気もなく、ただ呆然と何もない海を眺める。
二人の頭にぼんやりと浮かぶのは一人の女性だ。
植物に関しては右に出る者がいない、緑の申し子ベルナデッタ。
彼女を不当に婚約破棄して国外追放したことが全ての原因だったのだ。
((あんな酷いことをしなければ……敬意を持って接して、仲良くなっていれば……))
ギルアンとセリーヌの心を占めるのは"後悔"――その薄暗い感情だけだった。