母国を追われた草いじり令嬢は、敵国で『宮廷植物医』として新生活を満喫しています~元婚約者様と義妹、お元気ですか? 貴重な植物が全て枯れ、さらに私が渡した大事な園芸書を燃やした?じゃあ、もう無理ですね~
第4話:宮廷植物医、中庭の枯れそうな木を癒したいと頼む
瞼の外で光が収まったとき、ベルナデッタは見知らぬ場所に来たと察した。
荒れ地の砂っぽい空気はもうどこにもなく、代わりに澄んだ風が爽やかに彼女の髪を揺らしているからだ。
恐る恐る目を開けたベルナデッタが思ったのは、極めて素直な感想だった。
(すごく大きな建物……)
目の前に聳えるのは、アイボリーの壁と青の屋根が清廉潔白な印象をもたらす巨大な建造物だ。
中央の部分は壁が前方に膨らんでおり、そこだけドーム状の屋根が覆う。
無数の窓はいずれもアーチ状を呈し、整然とした配置にさえ美を感じる。
趣向を凝らした華美な装飾だけでなく、機能的で合理的な質実剛健さが醸し出されていた。
今いるのは正面玄関に続く大階段の下なので、より威圧感や威厳が強く伝わる。
(見たところ五階はありそう。アトラ王国の宮殿より……ずっと大きくて美しい)
横一直線の建物の幅はどれくらいあるかはわからないほどだ。
まさしく見渡す限りの、という表現が正しい。
ベルナデッタは圧倒されつつも推測を口にする。
「もしかして、ここは……」
「ああ、君が考える通り我が国の宮殿だ。……ようこそ、エーデル帝国へ」
「ありがとうございます。しばしの間、お世話になります」
横を向いたラルフの銀髪は、陽光を反射して満月の如く光り輝く。
澄んだ赤い瞳も相まってただただ美しかった。
……のだが、ベルナデッタは見惚れることもなく、次の瞬間には階段横の花壇に夢中だった。
(全て枯れてしまっている……)
本来なら色とりどりの花々が咲き誇っていただろうに、いずれも茶色く萎れていた。
周りの花壇も同じ状況のようだ。
悲しい気持ちで眺める彼女の隣に、ラルフが静かにかがみ込んだ。
「ここは庭園だが、帝国の縮図と考えてもらっていい。国内全域でこのような状況になっている」
「……私、頑張ります」
ベルナデッタは今一度決意を新たにし、ラルフもまた他人にはわからないくらいの微笑で応えるのだった。
「しかし、宮殿はとても立派で帝国の繁栄を象徴するような建物ですね。意匠も細かくておしゃれで素敵です」
「そうか。混乱のときずいぶんと汚れてしまったのだが、清掃した甲斐があったな。さて、中に入る前に捕縛した奴隷商人を騎士に引き渡すから少々待っていてくれ」
ラルフが合図すると、たちまち何人もの騎士が集まる。
空間魔法により現れた奴隷商人の一団に驚きつつも、騎士たちは全員連行していった。
手際の良い迅速な対応だったが、ベルナデッタは彼らの反応に気になる点を感じる。
(みんな……殿下を怖がっている?)
騎士たちは必要以上に怯えた様子に見えた。
皇太子という高位の立場を考えれば当然かもしれないが、それにしても過度な印象だ。
しばし思案する彼女は、ラルフに話しかけられ我に返った。
「では、宮殿を案内しよう。ついてきなさい」
「は、はい、よろしくお願いします。ところで、<ニブルフラワー>はどうすればいいでしょうか」
ベルナデッタは鉢植えを抱えたままだ。
やはり珍しい植物ではあるので、それもまた周囲の視線を集めているらしい。
「うむ。私の空間魔法で一時的に保管させてもらおう。亜空間は生物に悪影響を与えないから心配は無用だ」
「ありがとうございます」
<ニブルフラワー>を仕舞ってもらい、ベルナデッタは歩き出す。
ここは住み慣れた母国とは違う環境なのだと、自然と身が引き締まった。
ラルフに続いて足を踏み入れた宮殿は、内部も外観に違わぬ質実剛健した雰囲気だ。
それでいて磨き上げられた琥珀色の床は上品そのもので、白い壁も相まって室内は非常に明るい。
壁や天井の装飾は一つ一つに丁寧な匠の技が垣間見られ、辺りを包むひんやりとした空気は新鮮な心持ちにさせてくれた。
宮殿には執事や侍女といった使用人が行き交っており、みなラルフを確認しては足を止めて素早く頭を下げる。
そこから感じるのは、やはり敬意というより恐怖の感情だった。
(騎士の人たちと同じだ。殿下は……そんなに怖い人には見えないけどな)
冷徹という噂とは違う人物なのではないか、と歩きながら思う。
ベルナデッタは自分自身や<ニブルフラワー>に対する対応からそう感じていた。
何より、荒れ地での防御魔法の温かさがその直感を強くしたのだ。
「植物の過熱な投機が起きたとき、混乱に乗じて不正や悪事を働く者が多く出た。その全てはすでに私が粛正したのだが、逆恨みだろう。いろいろと悪い噂が流されることになった。まぁ、多少は強引な対応をしたかもしれんがな」
「そんな……国のために行動したのに悪く言われるなんて……」
「噂など別に構わんさ。国と民を守れればそれでいい」
気にも留めない様子の彼に、ベルナデッタは感銘を受けた気持ちだった。
(だって……)
「殿下は嫌われ者を買って出られたのですね。私にはとてもできません」
他者から恨まれても国や民のために行動する。
わかっていてもなかなかできないことだ。
皇太子という立場に対する真摯な思いが伝わり、ベルナデッタは尊敬した。
彼女の言葉にラルフはほんの一瞬だけ目を見開いたが、特に何も返すことなく階段を登る。
「君には一度、宰相に会っておいてもらいたい。三階に執務室がある。まぁ、緊張することはない。私がいうのもなんだが彼は気さくな人物だ」
“彼”という呼び方から、皇太子と皇帝陛下は親しい関係なのかとベルナデッタは思う。
話しているうちに三階に着いた。
この空間もまた縦に横にと非常に広く、二人は静かに歩を進める。
「君の話を聞いたら、きっと彼も喜ぶだろう。私と同じように植物の奇病にはずいぶんと頭を悩ませている」
「私も植物が枯れるのは嫌なのでどうにか頑張りたいです。しかし、今さらなのですが、私を帝国にお呼びいただいてよかったのでしょうか」
「なぜだ」
「いや、それは……私はアトラ王国の人間なので」
「……なるほど」
ラルフの表情はわずかに険しくなる。
しばし思案した後、彼が告げたのは事実を踏まえた冷静な言葉だった。
「たしかに、現状の帝国と王国は決して仲が良いとは言えない。だが、だからと言って王国の人間が全て悪人とは思っていない。そんなものは人によって違うだろう。君の力は今の帝国に必要。ただそれだけだ」
「……ありがとうございます。なんだか安心いたしました」
ベルナデッタが吐くのは安堵の息だ。
国同士の関係を考えるとやはり気になっていた部分ではあり、ラルフの言葉で肩の荷が下りた気がする。
「君は植物のことだけ考えてくれていればいい。とはいえ、ゆくゆくは両国の関係も改善したいとは思うがな」
そう話され角を曲がると、廊下の側壁が片方なくなり吹き抜けが現れた。
外の爽やかな風が身を包む。
(あっ、中庭だ。でも……)
葉も花も枯れ果て土が剥き出しとなっており、とうてい庭とは言えない状況だ。
帝国の実情が凝縮されたような空間に胸が痛む。
ベルナデッタの視線は、中央に聳える老木に自然と吸い寄せられた。
今にも枯れそうだがまだ枯れてはいない。
「殿下、あの樹は何でしょうか?」
彼女の問いに、ラルフは足を止めて答えてくれた。
「あれはリーベルの樹だ。この宮殿ができる頃からこの場に生えていたと聞く。樹齢は軽く三千年を超えるという話だ。帝国を象徴する樹と言って差し支えない」
「リーベルの樹ですか。すごい……実物は初めて見ました
「宮殿の者たちも復活を待ち望んでいる」
世界樹の流れを汲む非常に貴重な種で、今はめっきり数を減らしてしまった。
最新の報告では、世界中でたった二本しか確認されていない。
(そのうちの一本がここにあるなんて)
他の樹とは比べものにならないほどの魔力を持ち、この樹から作られた杖はいずれも各国で国宝に認定されている。
落ちた枝でさえ膨大な魔力を宿すため、どの時代でも捜索に人生を懸ける者たちが数多くいた。
人々を惹き付ける魅力は魔力だけではない。
黄金色の美しい花が満開に咲き誇る光景は非常に幻想的で、人生で一度は見たい景色だと言われていた。
(でも、図鑑で見た健康な状態とまったく違う……)
眼下に見えるリーベルの樹は葉も花もなく、赤茶色のはずの幹はひび割れ、もはや黒に近い焦げ茶色だ。
――生命の終わりが近づいている。
辛い現実を色濃く突きつけられているようで、ベルナデッタの胸は痛くなった。
「やはり、これも例の奇病でしょうか」
「ああ、そうだ。人の出入りを封じるなど細心の注意を払っていたのだが、この中庭にも侵入してしまったたらしい。老齢な樹だから、魔法で隔離すると新鮮な空気が吸えず弱ってしまう。それ故、防御魔法などで保護できなかったのだ。今の時期、本来なら美しい黄金色の花を咲かすのだが……見ての通りだ」
悔しげな表情と声、力なくわずかに落ちる肩から、彼のやるせない思いが伝わった。
「帝国一の植物学者も、もう手立てがないと話す。まだ生きているのが不思議なくらいともな。枯れてしまうのはそう遠くないだろう。今は亡き母が本の読み聞かせをしてくれたり、病床に臥す父が魔法を指導してくれたりと思い出が多々詰まった樹だから……非常に残念だ」
他にも、ラルフは家族との思い出をぽつぽつと話す。
そのうちに言葉は途切れ、周囲には重い静寂が横たわった。
経験豊富なベルナデッタの目から見ても、リーベルの樹は今にも命の灯火が消えかねない。
(なんとかしてあげたい)
心に浮かぶのは素直な感情だけだった。
まだ間に合うかもしれないと決意したベルナデッタは、力強い瞳でラルフを見る。
「お願いします。……私にリーベルの樹を癒やさせてもらえませんか?」
荒れ地の砂っぽい空気はもうどこにもなく、代わりに澄んだ風が爽やかに彼女の髪を揺らしているからだ。
恐る恐る目を開けたベルナデッタが思ったのは、極めて素直な感想だった。
(すごく大きな建物……)
目の前に聳えるのは、アイボリーの壁と青の屋根が清廉潔白な印象をもたらす巨大な建造物だ。
中央の部分は壁が前方に膨らんでおり、そこだけドーム状の屋根が覆う。
無数の窓はいずれもアーチ状を呈し、整然とした配置にさえ美を感じる。
趣向を凝らした華美な装飾だけでなく、機能的で合理的な質実剛健さが醸し出されていた。
今いるのは正面玄関に続く大階段の下なので、より威圧感や威厳が強く伝わる。
(見たところ五階はありそう。アトラ王国の宮殿より……ずっと大きくて美しい)
横一直線の建物の幅はどれくらいあるかはわからないほどだ。
まさしく見渡す限りの、という表現が正しい。
ベルナデッタは圧倒されつつも推測を口にする。
「もしかして、ここは……」
「ああ、君が考える通り我が国の宮殿だ。……ようこそ、エーデル帝国へ」
「ありがとうございます。しばしの間、お世話になります」
横を向いたラルフの銀髪は、陽光を反射して満月の如く光り輝く。
澄んだ赤い瞳も相まってただただ美しかった。
……のだが、ベルナデッタは見惚れることもなく、次の瞬間には階段横の花壇に夢中だった。
(全て枯れてしまっている……)
本来なら色とりどりの花々が咲き誇っていただろうに、いずれも茶色く萎れていた。
周りの花壇も同じ状況のようだ。
悲しい気持ちで眺める彼女の隣に、ラルフが静かにかがみ込んだ。
「ここは庭園だが、帝国の縮図と考えてもらっていい。国内全域でこのような状況になっている」
「……私、頑張ります」
ベルナデッタは今一度決意を新たにし、ラルフもまた他人にはわからないくらいの微笑で応えるのだった。
「しかし、宮殿はとても立派で帝国の繁栄を象徴するような建物ですね。意匠も細かくておしゃれで素敵です」
「そうか。混乱のときずいぶんと汚れてしまったのだが、清掃した甲斐があったな。さて、中に入る前に捕縛した奴隷商人を騎士に引き渡すから少々待っていてくれ」
ラルフが合図すると、たちまち何人もの騎士が集まる。
空間魔法により現れた奴隷商人の一団に驚きつつも、騎士たちは全員連行していった。
手際の良い迅速な対応だったが、ベルナデッタは彼らの反応に気になる点を感じる。
(みんな……殿下を怖がっている?)
騎士たちは必要以上に怯えた様子に見えた。
皇太子という高位の立場を考えれば当然かもしれないが、それにしても過度な印象だ。
しばし思案する彼女は、ラルフに話しかけられ我に返った。
「では、宮殿を案内しよう。ついてきなさい」
「は、はい、よろしくお願いします。ところで、<ニブルフラワー>はどうすればいいでしょうか」
ベルナデッタは鉢植えを抱えたままだ。
やはり珍しい植物ではあるので、それもまた周囲の視線を集めているらしい。
「うむ。私の空間魔法で一時的に保管させてもらおう。亜空間は生物に悪影響を与えないから心配は無用だ」
「ありがとうございます」
<ニブルフラワー>を仕舞ってもらい、ベルナデッタは歩き出す。
ここは住み慣れた母国とは違う環境なのだと、自然と身が引き締まった。
ラルフに続いて足を踏み入れた宮殿は、内部も外観に違わぬ質実剛健した雰囲気だ。
それでいて磨き上げられた琥珀色の床は上品そのもので、白い壁も相まって室内は非常に明るい。
壁や天井の装飾は一つ一つに丁寧な匠の技が垣間見られ、辺りを包むひんやりとした空気は新鮮な心持ちにさせてくれた。
宮殿には執事や侍女といった使用人が行き交っており、みなラルフを確認しては足を止めて素早く頭を下げる。
そこから感じるのは、やはり敬意というより恐怖の感情だった。
(騎士の人たちと同じだ。殿下は……そんなに怖い人には見えないけどな)
冷徹という噂とは違う人物なのではないか、と歩きながら思う。
ベルナデッタは自分自身や<ニブルフラワー>に対する対応からそう感じていた。
何より、荒れ地での防御魔法の温かさがその直感を強くしたのだ。
「植物の過熱な投機が起きたとき、混乱に乗じて不正や悪事を働く者が多く出た。その全てはすでに私が粛正したのだが、逆恨みだろう。いろいろと悪い噂が流されることになった。まぁ、多少は強引な対応をしたかもしれんがな」
「そんな……国のために行動したのに悪く言われるなんて……」
「噂など別に構わんさ。国と民を守れればそれでいい」
気にも留めない様子の彼に、ベルナデッタは感銘を受けた気持ちだった。
(だって……)
「殿下は嫌われ者を買って出られたのですね。私にはとてもできません」
他者から恨まれても国や民のために行動する。
わかっていてもなかなかできないことだ。
皇太子という立場に対する真摯な思いが伝わり、ベルナデッタは尊敬した。
彼女の言葉にラルフはほんの一瞬だけ目を見開いたが、特に何も返すことなく階段を登る。
「君には一度、宰相に会っておいてもらいたい。三階に執務室がある。まぁ、緊張することはない。私がいうのもなんだが彼は気さくな人物だ」
“彼”という呼び方から、皇太子と皇帝陛下は親しい関係なのかとベルナデッタは思う。
話しているうちに三階に着いた。
この空間もまた縦に横にと非常に広く、二人は静かに歩を進める。
「君の話を聞いたら、きっと彼も喜ぶだろう。私と同じように植物の奇病にはずいぶんと頭を悩ませている」
「私も植物が枯れるのは嫌なのでどうにか頑張りたいです。しかし、今さらなのですが、私を帝国にお呼びいただいてよかったのでしょうか」
「なぜだ」
「いや、それは……私はアトラ王国の人間なので」
「……なるほど」
ラルフの表情はわずかに険しくなる。
しばし思案した後、彼が告げたのは事実を踏まえた冷静な言葉だった。
「たしかに、現状の帝国と王国は決して仲が良いとは言えない。だが、だからと言って王国の人間が全て悪人とは思っていない。そんなものは人によって違うだろう。君の力は今の帝国に必要。ただそれだけだ」
「……ありがとうございます。なんだか安心いたしました」
ベルナデッタが吐くのは安堵の息だ。
国同士の関係を考えるとやはり気になっていた部分ではあり、ラルフの言葉で肩の荷が下りた気がする。
「君は植物のことだけ考えてくれていればいい。とはいえ、ゆくゆくは両国の関係も改善したいとは思うがな」
そう話され角を曲がると、廊下の側壁が片方なくなり吹き抜けが現れた。
外の爽やかな風が身を包む。
(あっ、中庭だ。でも……)
葉も花も枯れ果て土が剥き出しとなっており、とうてい庭とは言えない状況だ。
帝国の実情が凝縮されたような空間に胸が痛む。
ベルナデッタの視線は、中央に聳える老木に自然と吸い寄せられた。
今にも枯れそうだがまだ枯れてはいない。
「殿下、あの樹は何でしょうか?」
彼女の問いに、ラルフは足を止めて答えてくれた。
「あれはリーベルの樹だ。この宮殿ができる頃からこの場に生えていたと聞く。樹齢は軽く三千年を超えるという話だ。帝国を象徴する樹と言って差し支えない」
「リーベルの樹ですか。すごい……実物は初めて見ました
「宮殿の者たちも復活を待ち望んでいる」
世界樹の流れを汲む非常に貴重な種で、今はめっきり数を減らしてしまった。
最新の報告では、世界中でたった二本しか確認されていない。
(そのうちの一本がここにあるなんて)
他の樹とは比べものにならないほどの魔力を持ち、この樹から作られた杖はいずれも各国で国宝に認定されている。
落ちた枝でさえ膨大な魔力を宿すため、どの時代でも捜索に人生を懸ける者たちが数多くいた。
人々を惹き付ける魅力は魔力だけではない。
黄金色の美しい花が満開に咲き誇る光景は非常に幻想的で、人生で一度は見たい景色だと言われていた。
(でも、図鑑で見た健康な状態とまったく違う……)
眼下に見えるリーベルの樹は葉も花もなく、赤茶色のはずの幹はひび割れ、もはや黒に近い焦げ茶色だ。
――生命の終わりが近づいている。
辛い現実を色濃く突きつけられているようで、ベルナデッタの胸は痛くなった。
「やはり、これも例の奇病でしょうか」
「ああ、そうだ。人の出入りを封じるなど細心の注意を払っていたのだが、この中庭にも侵入してしまったたらしい。老齢な樹だから、魔法で隔離すると新鮮な空気が吸えず弱ってしまう。それ故、防御魔法などで保護できなかったのだ。今の時期、本来なら美しい黄金色の花を咲かすのだが……見ての通りだ」
悔しげな表情と声、力なくわずかに落ちる肩から、彼のやるせない思いが伝わった。
「帝国一の植物学者も、もう手立てがないと話す。まだ生きているのが不思議なくらいともな。枯れてしまうのはそう遠くないだろう。今は亡き母が本の読み聞かせをしてくれたり、病床に臥す父が魔法を指導してくれたりと思い出が多々詰まった樹だから……非常に残念だ」
他にも、ラルフは家族との思い出をぽつぽつと話す。
そのうちに言葉は途切れ、周囲には重い静寂が横たわった。
経験豊富なベルナデッタの目から見ても、リーベルの樹は今にも命の灯火が消えかねない。
(なんとかしてあげたい)
心に浮かぶのは素直な感情だけだった。
まだ間に合うかもしれないと決意したベルナデッタは、力強い瞳でラルフを見る。
「お願いします。……私にリーベルの樹を癒やさせてもらえませんか?」