母国を追われた草いじり令嬢は、敵国で『宮廷植物医』として新生活を満喫しています~元婚約者様と義妹、お元気ですか? 貴重な植物が全て枯れ、さらに私が渡した大事な園芸書を燃やした?じゃあ、もう無理ですね~
第5話:宮廷植物医、枯死確実だった貴重な樹を復活させる
ベルナデッタの申し出に、ラルフは少しばかり険しい表情となる。
彼女の力を行使した場合、負担が大きいのではと心配になったからだ。
「先ほど、君は自分の魔力を注ぐことで〈ニブルフラワー〉を開花させた。今回も同じ方法を想定しているのか?」
「はい。今まで復活できなかった植物はありません。ここまでではないですが、老木を扱った経験もあります。リーベルの樹に力を使うのは初めてですが、他の植物と同じように復活できる可能性は大いにあると考えます」
「ふむ。……気持ちはありがたいのだが許可できない。君の力を信じていないわけじゃない。危険が大きい、という話だ。リーベルの樹は魔力に非常に敏感であり、他者の魔力を弾くことも多い。直接魔力を注ぐなど極めて危険が高い」
ラルフの言うことは尤もだ。
ベルナデッタ自身、魔力に反発する性質のある植物を何度か育てた。
少しでも加減を間違えば注いだ魔力が跳ね返ってしまい、逆に身体を傷つける。
それでも、繊細なコントロールを意識すれば暴れることはなく、自分の思いに誠実に答えてくれる種ばかりだった。
(リーベルの樹もそんな優しい性格なんじゃないかな)
彼女は数え切れないほどの植物と接するうち、いつしか見ただけでその植物の“個性”がわかるようになった。
ラルフが大事な思い出を感じているのが何よりの証だ。
ベルナデッタは自分の思いを曲げることなく、真っ直ぐにラルフに伝える。
「お心遣いありがとうございます。ですが、ぜひやらせてください。絶対に良い結果を生み出してみせます」
「ベルナデッタ、さっきも言ったが……」
「危険なことはわかっております。殿下の思い出の樹なら、なおさら復活させたい……ただその思いがあるだけなのです」
ラルフはしばし無言で考える。
思考は読めぬとも、ベルナデッタの身を案じているだろうことは容易に想像ついた。
廊下で立ち止まって話す二人が気になったのか、執事や使用人たちが集まってきた。
みな、これから何が起きるのかと恐怖半分、興味半分でいるようだ。
逡巡した後、ラルフは折衷案が見つかったとでも言いたげに軽く頷いた。
「……わかった。リーベルの樹との接触を許可しよう。ただし、万が一に備えて私も君の隣で待機する」
「ご許可いただき深く感謝申し上げます。殿下の隣なら何が起きても問題なさそうです。では、一足先に中庭に行って参ります」
「待ちなさい。それには及ばない。私が連れて行こう」
言い終わる前に、ベルナデッタの身体を柔らかい風がふわりと包み込んだ。
ラルフと一緒にリーベルの樹の前に降り立つ。
近くで見ると、一段とその状態の悪さが伝わった。
あと数日もしたら朽ち果てそうであり、本当に黄金色の花など咲くのだろうか、と思ってしまうほどだ。
ベルナデッタは幹に触れ状態を確かめる。
まず感じたのはある違和感だった。
(これは……毒?)
いつしか、触れただけで植物が弱った原因まで感じ取れるようになった。
奇病という話だったため間違ったかと思ったが、この感覚は確かに毒だ。
第三者が見てもわかる検出方法はあるが、それは後ほど行うこととする。
(待ってて。今、私が元気にしてあげるからね。……いえ、あなたが元気になる手助けをさせて)
ベルナデッタの魔力は病気や毒など、不調の原因を浄化する類ではない。
――植物が持つ本来の活性化能力を促進させる。
貴重な回復魔法にさえない特殊な作用で、本人には自覚がないがこの歴史上において彼女にしか持たない技術だった。
これまでにないほど精神を集中したベルナデッタは幹に触れ、ゆっくりとしかし力強く魔力を放った。
まず彼女が感じたのは魔力の通りにくさだ。
樹の大きさも関係しているが、目の前に壁でもあるような抵抗感だ。
それでも、ベルナデッタは決して冷静さを失わなかった。
(……大丈夫。リーベルの樹に接するのは初めてだけど、今まで自分がやってきたことを思い出して)
物心ついた頃から、膨大な数の植物に触れ、彼らを調べ、育て、癒してきた。
その経験値の積み重ねと努力は、初めての植物にも対応できる応用力を身につけていたのだ。
最初、リーベルの樹は驚いた反応を見せたが、すぐに注がれる魔力には敵意がないことを感じ取る。
徐々に身を任せたことで、魔力の通りは格段に良くなった。
少し後方から見守るラルフには、リーベルの樹が少しずつ変化する様子が見える。
幹のひび割れが塞がり始め、一枚もなかった葉が芽吹き出したのだ。
その変貌以上に、心を通わせ癒し続けるベルナデッタから彼は目が離せなかった。
(国内中の植物学者ができなかったことを、彼女はやっている。……それもたった一人で)
彼女の実力が帝国一であると示すようなものだ。
一方のベルナデッタもまたリーベルの樹の変化を感じ取っており、最後の仕上げに移りつつある。
(今まで頑張ってて偉かったわね。でも、もう苦しむ必要は……ないわ!)
魔力を送り続けた結果、樹全体がひと際強い光を放った。
幹は潤いひび割れは塞がり、力強さを取り戻した枝からは深緑の葉が芽吹く。
さらに変貌は留まるところを知らず、黄金色の花が咲き誇った。
これでもかと生命力を主張する様に、ベルナデッタは歓喜の声を上げた。
「治った……治りました、殿下!」
今や、全盛期を超える全盛期を迎えたリーベルの樹を目の当たりにして、ラルフはしばし言葉を発せなかった。
やがて紡ぎ出されたのは、ただひたすらな称賛と感謝の思いだ。
「君は……想像以上の実力者だったようだな。力を見極め切れず申し訳ない。ありがとう、本当にありがとう。君のおかげで家族との大切な思い出が守られた。今の私の心は……嬉しさで溢れている」
出会った頃から人によっては怖いと評されそうな無表情気味だったラルフの顔には、わずかだが明確な微笑みが浮かんでいた。
彼の顔を見たベルナデッタは、再度その直感を強くする。
(やっぱり、“冷眼の皇太子”なんて呼び名は間違っていると思うけど……)
ぼんやりとそんなことを思っていたら、どこからか拍手の音が聞こえてきた。
いつの間にか全ての階の通路に大量の執事やメイドが集まっており、ベルナデッタの偉業を讃えていたのだ。
美しいリーベルの樹は宮殿のみなにとっても大事な樹であり、枯死の運命に悲しんでいる者が大勢いた。
それが回避されたのだから、嬉しさはひとしおだ。
拍手だけでなく、ベルナデッタに感謝や称賛の言葉を投げ掛ける者さえ多数いた。
周囲が歓声で包まれる中、ラルフが問うた。
「君は王国の著名な魔法使いなのか?」
「いいえ、魔法使いなんかじゃありません。そもそも私は魔法がとても下手なので……誰でも使えるとされる初歩的なものさえうまくできないのです」
「そうなのか? とてもそうは見えないが……。植物にどんな力を使ったのか教えてほしい」
「はい。すごく簡単にお話ししますと、私の魔力は植物の活性化を促進できるんです。最初は難しかったのですが、今はもう直接触れればどんな植物も元気にできます」
「……あり得ない」
ベルナデッタの力を聞いたラルフは、ぽつりと呟いた。
「通常、私たちは魔法陣を経ることで魔力を魔法に変換している。回復魔法の類も必ず魔法陣の展開が必要だ。魔力をそのまま作用させられる、しかも活性化を促進できるなど、少なくとも私は聞いたことがない
「そう……でしょうか。植物に対してしか効果がありませんので、普通の回復魔法の方が使い勝手がよろしいかと」
「そんなことはない。十分すぎる能力だ。少なくとも今の帝国においては。君はどうやってその力を身につけたんだ? 王国で特殊な訓練を受けたとか」
「そうですねぇ……」
ベルナデッタは王国での日々を思い出す。
ただ一つ、植物に関しては楽しい毎日だった。
「何かしらの訓練などは受けていません。毎日植物に触れ合っていたら自然にできたと言いますか……。これしかできなかったというのもありましたし。植物の本はたくさん読みましたが」
「それはつまり、独学ということか。なおさらすごいじゃないか」
どんな修行をしたのか聞かれたので、ベルナデッタは王国で送った毎日をとうとうと話す。
最初こそラルフは楽しみを隠さずにいたが、少しずつ様相がおかしいと感じ始める。
「……植物は同じ種類でも人間と同じように個体差があるので、とにかく経験が必要だと考えました。王国に自生する全ての植物を調べ、自生地を訪れ、日が暮れるまで魔力を注ごました。気がついたら食事も取らずに丸二日過ぎていたなんてこともよくありました」
植物は動かない。
よって、実際に触れるにはその場に行くしかない。
種類によっては非常に厳しい環境で育つものも多く、辿り着くまで大変な労力が要された。
険しく高い山が連なる山岳地帯の頂上や崖際、身も焦げるほど熱い蒸気が常に立ち昇る火山の噴火口、凶暴な魔物が棲む深い森の最奥などなど……。
ベルナデッタは身一つでそのような危険地帯に赴いては、植物たちに触れたり話しかけたりスケッチしたりと心を通わせた。
実地訓練と並行して、図鑑や文献による勉強も欠かせない。
移動時間は元より、朝から晩まで王立図書館に籠もることもあった。
植物の特徴をよく知るために、毒草を実際に肌に当てて激しい痛みを味わったり、幻覚症状に囚われることもよくあった。
という話をしたら、ベルナデッタは気づかなかったが、ラルフの顔は少しばかり引き攣っていた。
その他にもあれこれと話す彼女を、ラルフは素直に賞賛する。
「努力家だろうとは思っていたが、君は私の想像を毎回超えてくるな。そこまで高密度な努力を積んだのなら、その実力も納得だ」
「そんなにすごいんでしょうか。いまいち実感が湧かないと申しますか……。本当に好きでやってただけなんです」
彼女が話す訓練の密度や難易度は宮廷魔法使いに匹敵するかそれ以上で、何とも思っていない様子にラルフは苦笑する。
「好きこそ物の上手なれ、という東国の古い言葉があるが、まさしく君はそれを体現している」
「まぁ、植物くらいしか好きな物はありませんから」
「君はどうして……それほど植物が好きなんだ?」
ラルフの問いに、ベルナデッタは思案する。
脳裏に浮かぶのは、今まで触れ合ってきたたくさんの植物だった。
どれもいつも彼女を癒してくれた。
「美しくて華やかな見た目や、懸命に生きる健気さだったり理由は本当にたくさんあります。その中で一番は愛情を注いだ分だけ応えてくれるところ、でしょうか。自分自身を認めてくれた気持ちにさせてくれ、それが嬉しいんです」
大事に世話をすれば世話した分だけ、力一杯繁茂し、綺麗な花を咲かせ、おいしい実を実らせてくれる。
そのような話を聞いたラルフはわずかに頬を緩めた。
「なるほど、良い話だ」
「あの、殿下。ちょっとお話ししておきたいことが……」
ベルナデッタは毒の疑惑について伝えた。
感覚の話になるが、経験則からはほぼ間違いないだろうとも聞いたラルフは思案する。
「毒か……。我が国の植物学者たちを疑うつもりはないが、君がそう言うのなら毒なのだろうな」
「私は毒の検出方法も心得ているので、後で作業してもいいでしょうか? 検出のため一部だけ完治させず、異変の箇所を残してあります」
根に近い幹のほんの一部だけ黒ずんだ部分がある。
「ぜひ頼む。ただ、今は見学の使用人たちも多いし環境を整えてからにしよう。検出の際は宮殿の植物学者も同席させたい」
毒の検出は日を改めることになり、二人は宰相の執務室に向かう。
□□□
執務室の扉は重厚な樫の黒い木で作られており、意匠の雰囲気の違い――具体的には、遠近法を駆使することで立体感を強調する手法に、ベルナデッタは帝国の文化を感じた。
「とても細かな装飾ですね」
「ああ、帝国の名だたる職人が彫った物だ。帝都には美術館などもあるから、いずれ案内できたらいいな」
ラルフが軽くノックして名乗った瞬間、扉が激しい勢いで開かれた。
中から現れた男性はラルフに負けず劣らずの美男子で、髪と同じ深い藍色の眼は広大な海を思わせる。
左側だけ伸ばしたアシンメトリーな髪型が印象的だった。
普段は穏やかな微笑みを湛えた人物なのだろうと雰囲気からわかるが、今はどこか切羽詰まった顔つきだ。
「大変だ、ラルフ! 気分転換に中庭を眺めていたら……リーベルの樹が復活したんだ! いったい何が起きたのか僕にもわからない! 枯死寸前だった樹がどうして……。これはきっと奇跡……そう、奇跡だ! おや、そちらの女性は?」
捲し立てるように話した後、男性はベルナデッタに初めて視線を向けた。
緊張する彼女を、ラルフは自信に満ちた表情で紹介する。
「彼女はベルナデッタ。この国の植物問題を解決してくれる希望だ」
彼女の力を行使した場合、負担が大きいのではと心配になったからだ。
「先ほど、君は自分の魔力を注ぐことで〈ニブルフラワー〉を開花させた。今回も同じ方法を想定しているのか?」
「はい。今まで復活できなかった植物はありません。ここまでではないですが、老木を扱った経験もあります。リーベルの樹に力を使うのは初めてですが、他の植物と同じように復活できる可能性は大いにあると考えます」
「ふむ。……気持ちはありがたいのだが許可できない。君の力を信じていないわけじゃない。危険が大きい、という話だ。リーベルの樹は魔力に非常に敏感であり、他者の魔力を弾くことも多い。直接魔力を注ぐなど極めて危険が高い」
ラルフの言うことは尤もだ。
ベルナデッタ自身、魔力に反発する性質のある植物を何度か育てた。
少しでも加減を間違えば注いだ魔力が跳ね返ってしまい、逆に身体を傷つける。
それでも、繊細なコントロールを意識すれば暴れることはなく、自分の思いに誠実に答えてくれる種ばかりだった。
(リーベルの樹もそんな優しい性格なんじゃないかな)
彼女は数え切れないほどの植物と接するうち、いつしか見ただけでその植物の“個性”がわかるようになった。
ラルフが大事な思い出を感じているのが何よりの証だ。
ベルナデッタは自分の思いを曲げることなく、真っ直ぐにラルフに伝える。
「お心遣いありがとうございます。ですが、ぜひやらせてください。絶対に良い結果を生み出してみせます」
「ベルナデッタ、さっきも言ったが……」
「危険なことはわかっております。殿下の思い出の樹なら、なおさら復活させたい……ただその思いがあるだけなのです」
ラルフはしばし無言で考える。
思考は読めぬとも、ベルナデッタの身を案じているだろうことは容易に想像ついた。
廊下で立ち止まって話す二人が気になったのか、執事や使用人たちが集まってきた。
みな、これから何が起きるのかと恐怖半分、興味半分でいるようだ。
逡巡した後、ラルフは折衷案が見つかったとでも言いたげに軽く頷いた。
「……わかった。リーベルの樹との接触を許可しよう。ただし、万が一に備えて私も君の隣で待機する」
「ご許可いただき深く感謝申し上げます。殿下の隣なら何が起きても問題なさそうです。では、一足先に中庭に行って参ります」
「待ちなさい。それには及ばない。私が連れて行こう」
言い終わる前に、ベルナデッタの身体を柔らかい風がふわりと包み込んだ。
ラルフと一緒にリーベルの樹の前に降り立つ。
近くで見ると、一段とその状態の悪さが伝わった。
あと数日もしたら朽ち果てそうであり、本当に黄金色の花など咲くのだろうか、と思ってしまうほどだ。
ベルナデッタは幹に触れ状態を確かめる。
まず感じたのはある違和感だった。
(これは……毒?)
いつしか、触れただけで植物が弱った原因まで感じ取れるようになった。
奇病という話だったため間違ったかと思ったが、この感覚は確かに毒だ。
第三者が見てもわかる検出方法はあるが、それは後ほど行うこととする。
(待ってて。今、私が元気にしてあげるからね。……いえ、あなたが元気になる手助けをさせて)
ベルナデッタの魔力は病気や毒など、不調の原因を浄化する類ではない。
――植物が持つ本来の活性化能力を促進させる。
貴重な回復魔法にさえない特殊な作用で、本人には自覚がないがこの歴史上において彼女にしか持たない技術だった。
これまでにないほど精神を集中したベルナデッタは幹に触れ、ゆっくりとしかし力強く魔力を放った。
まず彼女が感じたのは魔力の通りにくさだ。
樹の大きさも関係しているが、目の前に壁でもあるような抵抗感だ。
それでも、ベルナデッタは決して冷静さを失わなかった。
(……大丈夫。リーベルの樹に接するのは初めてだけど、今まで自分がやってきたことを思い出して)
物心ついた頃から、膨大な数の植物に触れ、彼らを調べ、育て、癒してきた。
その経験値の積み重ねと努力は、初めての植物にも対応できる応用力を身につけていたのだ。
最初、リーベルの樹は驚いた反応を見せたが、すぐに注がれる魔力には敵意がないことを感じ取る。
徐々に身を任せたことで、魔力の通りは格段に良くなった。
少し後方から見守るラルフには、リーベルの樹が少しずつ変化する様子が見える。
幹のひび割れが塞がり始め、一枚もなかった葉が芽吹き出したのだ。
その変貌以上に、心を通わせ癒し続けるベルナデッタから彼は目が離せなかった。
(国内中の植物学者ができなかったことを、彼女はやっている。……それもたった一人で)
彼女の実力が帝国一であると示すようなものだ。
一方のベルナデッタもまたリーベルの樹の変化を感じ取っており、最後の仕上げに移りつつある。
(今まで頑張ってて偉かったわね。でも、もう苦しむ必要は……ないわ!)
魔力を送り続けた結果、樹全体がひと際強い光を放った。
幹は潤いひび割れは塞がり、力強さを取り戻した枝からは深緑の葉が芽吹く。
さらに変貌は留まるところを知らず、黄金色の花が咲き誇った。
これでもかと生命力を主張する様に、ベルナデッタは歓喜の声を上げた。
「治った……治りました、殿下!」
今や、全盛期を超える全盛期を迎えたリーベルの樹を目の当たりにして、ラルフはしばし言葉を発せなかった。
やがて紡ぎ出されたのは、ただひたすらな称賛と感謝の思いだ。
「君は……想像以上の実力者だったようだな。力を見極め切れず申し訳ない。ありがとう、本当にありがとう。君のおかげで家族との大切な思い出が守られた。今の私の心は……嬉しさで溢れている」
出会った頃から人によっては怖いと評されそうな無表情気味だったラルフの顔には、わずかだが明確な微笑みが浮かんでいた。
彼の顔を見たベルナデッタは、再度その直感を強くする。
(やっぱり、“冷眼の皇太子”なんて呼び名は間違っていると思うけど……)
ぼんやりとそんなことを思っていたら、どこからか拍手の音が聞こえてきた。
いつの間にか全ての階の通路に大量の執事やメイドが集まっており、ベルナデッタの偉業を讃えていたのだ。
美しいリーベルの樹は宮殿のみなにとっても大事な樹であり、枯死の運命に悲しんでいる者が大勢いた。
それが回避されたのだから、嬉しさはひとしおだ。
拍手だけでなく、ベルナデッタに感謝や称賛の言葉を投げ掛ける者さえ多数いた。
周囲が歓声で包まれる中、ラルフが問うた。
「君は王国の著名な魔法使いなのか?」
「いいえ、魔法使いなんかじゃありません。そもそも私は魔法がとても下手なので……誰でも使えるとされる初歩的なものさえうまくできないのです」
「そうなのか? とてもそうは見えないが……。植物にどんな力を使ったのか教えてほしい」
「はい。すごく簡単にお話ししますと、私の魔力は植物の活性化を促進できるんです。最初は難しかったのですが、今はもう直接触れればどんな植物も元気にできます」
「……あり得ない」
ベルナデッタの力を聞いたラルフは、ぽつりと呟いた。
「通常、私たちは魔法陣を経ることで魔力を魔法に変換している。回復魔法の類も必ず魔法陣の展開が必要だ。魔力をそのまま作用させられる、しかも活性化を促進できるなど、少なくとも私は聞いたことがない
「そう……でしょうか。植物に対してしか効果がありませんので、普通の回復魔法の方が使い勝手がよろしいかと」
「そんなことはない。十分すぎる能力だ。少なくとも今の帝国においては。君はどうやってその力を身につけたんだ? 王国で特殊な訓練を受けたとか」
「そうですねぇ……」
ベルナデッタは王国での日々を思い出す。
ただ一つ、植物に関しては楽しい毎日だった。
「何かしらの訓練などは受けていません。毎日植物に触れ合っていたら自然にできたと言いますか……。これしかできなかったというのもありましたし。植物の本はたくさん読みましたが」
「それはつまり、独学ということか。なおさらすごいじゃないか」
どんな修行をしたのか聞かれたので、ベルナデッタは王国で送った毎日をとうとうと話す。
最初こそラルフは楽しみを隠さずにいたが、少しずつ様相がおかしいと感じ始める。
「……植物は同じ種類でも人間と同じように個体差があるので、とにかく経験が必要だと考えました。王国に自生する全ての植物を調べ、自生地を訪れ、日が暮れるまで魔力を注ごました。気がついたら食事も取らずに丸二日過ぎていたなんてこともよくありました」
植物は動かない。
よって、実際に触れるにはその場に行くしかない。
種類によっては非常に厳しい環境で育つものも多く、辿り着くまで大変な労力が要された。
険しく高い山が連なる山岳地帯の頂上や崖際、身も焦げるほど熱い蒸気が常に立ち昇る火山の噴火口、凶暴な魔物が棲む深い森の最奥などなど……。
ベルナデッタは身一つでそのような危険地帯に赴いては、植物たちに触れたり話しかけたりスケッチしたりと心を通わせた。
実地訓練と並行して、図鑑や文献による勉強も欠かせない。
移動時間は元より、朝から晩まで王立図書館に籠もることもあった。
植物の特徴をよく知るために、毒草を実際に肌に当てて激しい痛みを味わったり、幻覚症状に囚われることもよくあった。
という話をしたら、ベルナデッタは気づかなかったが、ラルフの顔は少しばかり引き攣っていた。
その他にもあれこれと話す彼女を、ラルフは素直に賞賛する。
「努力家だろうとは思っていたが、君は私の想像を毎回超えてくるな。そこまで高密度な努力を積んだのなら、その実力も納得だ」
「そんなにすごいんでしょうか。いまいち実感が湧かないと申しますか……。本当に好きでやってただけなんです」
彼女が話す訓練の密度や難易度は宮廷魔法使いに匹敵するかそれ以上で、何とも思っていない様子にラルフは苦笑する。
「好きこそ物の上手なれ、という東国の古い言葉があるが、まさしく君はそれを体現している」
「まぁ、植物くらいしか好きな物はありませんから」
「君はどうして……それほど植物が好きなんだ?」
ラルフの問いに、ベルナデッタは思案する。
脳裏に浮かぶのは、今まで触れ合ってきたたくさんの植物だった。
どれもいつも彼女を癒してくれた。
「美しくて華やかな見た目や、懸命に生きる健気さだったり理由は本当にたくさんあります。その中で一番は愛情を注いだ分だけ応えてくれるところ、でしょうか。自分自身を認めてくれた気持ちにさせてくれ、それが嬉しいんです」
大事に世話をすれば世話した分だけ、力一杯繁茂し、綺麗な花を咲かせ、おいしい実を実らせてくれる。
そのような話を聞いたラルフはわずかに頬を緩めた。
「なるほど、良い話だ」
「あの、殿下。ちょっとお話ししておきたいことが……」
ベルナデッタは毒の疑惑について伝えた。
感覚の話になるが、経験則からはほぼ間違いないだろうとも聞いたラルフは思案する。
「毒か……。我が国の植物学者たちを疑うつもりはないが、君がそう言うのなら毒なのだろうな」
「私は毒の検出方法も心得ているので、後で作業してもいいでしょうか? 検出のため一部だけ完治させず、異変の箇所を残してあります」
根に近い幹のほんの一部だけ黒ずんだ部分がある。
「ぜひ頼む。ただ、今は見学の使用人たちも多いし環境を整えてからにしよう。検出の際は宮殿の植物学者も同席させたい」
毒の検出は日を改めることになり、二人は宰相の執務室に向かう。
□□□
執務室の扉は重厚な樫の黒い木で作られており、意匠の雰囲気の違い――具体的には、遠近法を駆使することで立体感を強調する手法に、ベルナデッタは帝国の文化を感じた。
「とても細かな装飾ですね」
「ああ、帝国の名だたる職人が彫った物だ。帝都には美術館などもあるから、いずれ案内できたらいいな」
ラルフが軽くノックして名乗った瞬間、扉が激しい勢いで開かれた。
中から現れた男性はラルフに負けず劣らずの美男子で、髪と同じ深い藍色の眼は広大な海を思わせる。
左側だけ伸ばしたアシンメトリーな髪型が印象的だった。
普段は穏やかな微笑みを湛えた人物なのだろうと雰囲気からわかるが、今はどこか切羽詰まった顔つきだ。
「大変だ、ラルフ! 気分転換に中庭を眺めていたら……リーベルの樹が復活したんだ! いったい何が起きたのか僕にもわからない! 枯死寸前だった樹がどうして……。これはきっと奇跡……そう、奇跡だ! おや、そちらの女性は?」
捲し立てるように話した後、男性はベルナデッタに初めて視線を向けた。
緊張する彼女を、ラルフは自信に満ちた表情で紹介する。
「彼女はベルナデッタ。この国の植物問題を解決してくれる希望だ」