仕立て屋の秘密の採寸~冷徹な投資銀行家が、試着室でネクタイを解くとき~
四・私だけの赤い秘密
数日後。
休日の夕方。リビングでテレビをつけていると、ニュース番組に高瀬様が映しだされる。
彼は私が仕立てたチャコールグレーのスーツを完璧に着こなし、いつもの冷静な表情でインタビューに答えていた。キャスターは彼を『若き天才投資家』と褒め称えている。
けれど、誰も知らないだろう。
画面の中で人を寄せ付けないオーラを放っている彼が、私とふたりだけのときは子どものように甘えた声を出すことを。そして、あのジャケットの裏地には私が『私のもの』の印として選んだ、妖艶なワインレッドの特注シルクが使われていることを。
表からは絶対に見えない。けれど捲ったときにだけ現れる、鮮やかな赤色。
それこそが、私だけが知っている彼の本当の姿なのだ。
彼が映る画面から目線を動かし、自分の指先を見つめる。
あの日シャツ越しに触れた彼の体温、私を抱きしめた腕の強さ、そしてほんの少しの悔しさ。そのすべてが今も私の指先に、消すことのできない記憶として残っている。
次は、どんな服を仕立てようかしら……。
そんなことを考えていると、店の出入り口の扉にあるベルがチリリンと鳴った。古い柱時計の針は、十九時少し過ぎを指している。
もう鍵を閉める時間なのに……。
そう思いながら振り返ると、扉の前にネクタイをきっちりと締めた彼が立っていた。