仕立て屋の秘密の採寸~冷徹な投資銀行家が、試着室でネクタイを解くとき~

「あの、高瀬さま……お、お洋服が皺に──」
「構わない。君の前では、完璧な自分でいなくていい気がするんだ」
 
 彼は私の目を見つめたまま肩にあった手を頰へと移動させると、親指の腹で唇を優しくなぞる。

「ねえ、千早。俺を余裕のない男にした責任を取って」
 
 歪んだネクタイに、少し乱れた髪。

 いつも冷静で完璧なはずの彼が、甘い顔を隠しもせず縋り寄ってくる。そのギャップに、私の理性は粉々になってしまった。

「もう……どうなっても知りませんからね」

 降参と言わんばかりに肩から力を抜き、目をつぶる。すると彼は嬉しそうに吐息を漏らし、私の背中に優しく腕を回して少しきつめに抱きしめた。

 彼の速い心臓の鼓動が、直に伝わってくる。

 完璧な彼でも緊張するのね……。

 それほどまでに恋心を抱いてくれているという事実が、なによりも嬉しい。

「君の手になら、どうされたっていい」

 耳元でささやかれた低音ボイスに、身体中の力が抜けていく。

 いつもは完璧を身に纏い、プロとしての仮面を被っていた私たち。そんなふたりが薄暗い試着室の中で、お互いの気持ちを確かめ合うように、何度も何度も甘いキスを重ね合わせた。




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