仕立て屋の秘密の採寸~冷徹な投資銀行家が、試着室でネクタイを解くとき~
二・じれったい距離
数週間後。しつけ糸で組んだだけの仮縫いの日。
仮縫いとは、服の骨組みを決める最も重要な作業だ。まだ完成していない不安定な生地を纏った彼は、この前よりもどこか隙があるように見える。
「高瀬様。こちらのジャケットに、袖を通していただけますか?」
彼が腕を通すのを確認すると、ピンとチョークを手に彼の胸元へと近づく。
仮縫いのジャケットはまだ生地が硬く、身体になじんでいない。ところどころにある隙間から彼の体温や呼吸のリズムが手のひらに伝わってきて、心拍数が高くなる。
「今日はずいぶんと真剣な目をするんだな」
頭上から降ってきた声に、私はピンを打つ手を止めて彼を見上げた。
「このスーツの命を決める、一番大事な工程ですから。なにか気になることでも?」
「いや。今日は、その……少々緊張する」
「高瀬様が、ですか?」
意外な言葉に驚いた顔をすると、彼はバツが悪そうに視線を泳がせた。
「君が熱心に俺の身体を見るからだ。仕事の場でも、ここまで真っすぐに見られることはない」
彼の口から放たれたその言葉はどこか甘い響きを帯びていて、どういうことかと小首をかしげた。
すると彼は私を試すつもりなのか、「ミリ単位の誤差もない、タイトなシルエットにしてほしい」と無理難題を振ってきた。