仕立て屋の秘密の採寸~冷徹な投資銀行家が、試着室でネクタイを解くとき~

 それはさっき驚いたことに対する腹いせか、子どもっぽい意地悪のようにも思えてクスッと笑みが漏れる。

「わかりました。それでは少し息を止めて、胸を張ってください」
 
 私がそう言うと、彼はその言葉に素直に従った。彼の広背筋のラインを手のひらで確認するように滑らせ、丁寧にピンを打っていく。生地越しでもはっきりと伝わる引き締まった男性の身体の厚みに、指先がわずかに震える。

「千早さん。君は本当に、服を仕立てることが好きなんだな」
「はい。特に、高瀬様のような素晴らしい身体のためにお仕立てするのは、その……格別です」
 
 言い終えてから口を滑らせたことに気づき、慌てて唇を噛んだ。
 
 こんなところでフェチとしての本音が漏れてしまうなんて……。
 
 これは気分を害しただろうかと、恐る恐る鏡に映る彼を確認する。しかし意外なことに怒るどころか、どこか嬉しそうな甘い微笑みを浮かべているから拍子抜けしてしまう。

「光栄だな。君にそこまで言ってもらえるのなら、仕立ててもらう甲斐がある」
 
 彼はそう言ってあまりにも無防備に笑うから、胸の鼓動が収まらない。

 理性を保つのがこれほどまでに難しいお客様は、彼が初めてだった。




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