仕立て屋の秘密の採寸~冷徹な投資銀行家が、試着室でネクタイを解くとき~

三・ドレスコードを脱ぎ捨てて


 そして、ついに完成したスーツの納品日。
 
 試着室のカーテンが開いた瞬間、彼のあまりのカッコよさに言葉を失う。
 
 チャコールグレーのスリーピース。重厚な英国製のウールが、彼の完璧な骨格をなぞるように美しい曲線を描いている。肩から胸への流れるようなドレープと絞られたウエストがどこから見ても完璧で、ひとつの隙もない紳士がそこに立っていた。

「高瀬様、素晴らしい。完璧です!」
 
 手を合わせ見惚れていると、彼は鏡の中の自分を確認してふっと微笑んだ。そしてなにを思ったのか、振り向きざまに試着室出入り口の鍵を閉めた。
 
 ガチャリという金属音が静かな室内に大きく響き、私は思わず息をのんだ。

「高瀬……さま?」
 
 ふたりだけの密室になると、その空間が急に狭く感じる。同時に心臓が、うるさいくらいに跳ね始めた。

「し、仕上げに、ネクタイのバランスを、整えますね」
 
 声を震わせながらも、プロとしての仕事を遂行するために彼へと一歩近づく。シャツの襟もとに手を伸ばし、シルクのネクタイの結び目をキュッと引き締めた、そのとき。
 
 彼の大きな手が、優しく、けれど拒めない力強さで私の手首を掴んだ。




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