こわもて専務の秘密の趣味 ~御曹司は愛する人を運命の糸でからめとる~
「昨日のポーチ、返して。あれはもらいもので大切なの」
「くれたものを返せって、ひどくない?」
「あげてない!」
 彩羅ははっきりと言い返す。
「あれだけはあげられない。ほかになにをあげても……」
 途中で、彩羅は言い直す。
「今まで充分あげたよね。言われるままに編んだし、あなたにあげた。濡れ衣を着せられてもなにも言わなかった。もう充分でしょ? 返して」
 彩羅は手を突きだす。
 今まで黙って耐えてきた。
 だけど、これだけは嫌だ。
 万葉がくれた、あのポーチだけは。
「ばっかみたい。いっつも編み物、編み物。逃げてるだけじゃん」
「違うわ」
「事実でしょ。もてない、仕事できない、ぱっとしない。だから現実逃避」
「絶対に違うわ」
 彩羅はかろうじて答えた。月菜に言いくるめられてはいけない。ただそれだけを思って。
 確かに編み物をしている間は現実を忘れられた。
 同時に自分の支えでもあった。帰ったらあれを編もう、次はあれ。楽しみがあるから、仕事も頑張れた。それを現実逃避と斬り捨てるのは違うと思う。
「いい加減にしてよね」
 ため息交じりの月菜は、ふと表情を変えた。
「嫌よ。無理。やめて!」
 月菜はスマホをぎゅっとにぎりしめて叫ぶ。
< 163 / 212 >

この作品をシェア

pagetop