【1話からの長編大賞用】冴えなかった元彼が、王子様に変身して帰ってきた。
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悠里が案内されたのは、仄暗い間接照明と静かなジャズが流れる大人びた会員制のバーだった。
カウンター席に並んで座らされた悠里の前には、美しい琥珀色のブランデーが置かれている。
けれど、それを堪能できるほど今の悠里に余裕はなかった。
「ねぇ奥畑ちゃん全然飲んでないじゃん?せっかく俺の奢りなのにさぁ?」
自分のグラスの氷をカラカラと鳴らしながら、高元は面白がるように頬杖をついて強張る悠里のほうを見る。
一緒に出されたオリーブの塩漬けとアーモンドを差し出しても、悠里は一切口にしない。
「お酒はあまり得意ではないので」
「へぇ、そうなんだ。でも奥畑ちゃんって前職は秘書だったんでしょ?それなりに接待とかあったんじゃない?そのときはどうしてたの?」
「秘書はそこまで飲み方を言われることはありませんでしたけど、頑張らないといけないときはそれなりに……」
「そうなんだ!やっぱりすごいねぇ、奥畑ちゃんは」
裕一の秘書をしていたとき、お酒があまり飲めなかった悠里は接待中に先方から注がれた酒を飲めなかった。
それを咎めたのは裕一本人だった。
『あのね、悠里。グラスに注がれたものくらいはすべて飲まないと失礼だろう?』
『先方にとっては悠里の好き嫌いなんて関係ないんだからね?接待の意味をもう少し理解してから臨んでくれる?』
それ以来、悠里はどんなに体調のコンディションが良くない日でも接待がある日はそれなりの量のアルコールを体内に入れた。
だんだんと脈が速くなって、顔が火照りはじめても、仕事と思えばどうにか耐えることができていた。
「今日がその〝頑張らないといけない日〟であればこちら頂きますが」
真っ直ぐに彼の目を見据えてそう言い放つと、高元は一瞬慄いたように目を丸くしたあと、満足そうに喉の奥で鳴らした。
「……さすが、切り返しが上手いね。そういう芯の強い女性、俺大好きだなぁ」
高元はふっと目を細め、グラスの中に入っていたブルーの液体を飲み干した。
そして、そんな悠里を逃さまいと冷たい声色にトーンを変える。
「大した純愛だねぇ。そんなに理人のことが好きなの?」
「そうですね」
「わぉ、認めんじゃん!え、出会いは?確か高校の頃の同級なんだったよね?」
高元は社内随一の情報通とも言われている。
営業一課の中で誰よりも成績を伸ばし、ダントツで契約を取り続けられるのは、単に口が上手いだけではなかった。誰よりも情報を探りながら、徹底的に分析して商談を行う。それが彼の何よりの武器だった。
「そうです」
「ねぇ、もっと詳しく教えてよー!」
「それより、今日私を誘った理由を先にお伺いしてもよろしいですか?」
背筋を伸ばしたまま仕事の延長線として接する悠里の態度に、高元は面白くない。
「ちぇ〜」と頬を膨らませて拗ねたような顔を見せても一向に変わらない悠里に、高元は観念したように両手を広げて見せた。
「仕方ないなぁ。同棲の件は別に誰にも言わないから安心しなよ」
「そう言ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます」
高元からその言葉を聞くと、悠里は張り詰めていた糸がふっと解けるように微笑んだ。そして初めて目の前に出されていたブランデーのグラスを手に取る。
理人に嘘をついてまで高元の誘いに乗ったことは後ろめたいけれど、それでもこうして同棲のことを誰にも言わないと言ってくれたことに、そっと肩の荷が下りたように安堵した。
「でもさぁ、俺が本当に言いたかったのは同棲の話じゃないんだよね?」
「……どういうことですか?」
「知ってる?奥畑ちゃんの王子様、うちの会社の社長令嬢と縁談の話が入ってるって噂」