【1話からの長編大賞用】冴えなかった元彼が、王子様に変身して帰ってきた。






 「泣かないで、悠里ちゃん」

 「でも私、理人くんに嘘ついて高元さんと居たから」

 「あー、実は悠里ちゃんが友達と飲みにいく予定があるって言ってたとき、嘘だっていうのは気づいてた」



 耳元に落ちてきたその声は、泣き出しそうなほど切実だった。




 「え……?」

 「悠里ちゃんは無意識なんだろうけど、悠里ちゃんって動揺したり何か誤魔化そうとしたりするとき、いつも視線が左右に泳ぐ癖があるんだよ」

 「えっ!?そ、そんな癖……ある、のかな」

 「ふふ、うん。俺だけが知ってる悠里ちゃんの癖だよ」

 「……っ。嘘、ついてごめんなさい」



 悠里は震える声を押し殺して、理人に何度も謝った。

 理人は少しだけ抱きしめる力を緩めて、悠里の涙をそっと人差し指で拭いはじめる。




 「ううん。あのとき俺がちゃんと聞いてあげれば、こんなことにはならなかったよね。ごめんね」

 「り、理人くんのせいじゃない!」

 「どうして舜とあのバーにいたのか、聞いてもいい?」


 どこまでも優しさしかない理人に、悠里は大粒の涙をこぼしながらゆっくりとその経緯を語った。





 「高元さんに、私たちが同棲してること知られてて……っ。誰にも言わないでもらうために、この誘いだけは断れなくて……」

 理人は「うんうん、そっか」と言って聞きながらしゃくり上げる悠里の背中を大きな手で優しく、何度も何度も撫で続けた。




 「元はと言えば、一緒に住もうって言い出したのは俺なのに。悠里ちゃん一人に責任取らせるようなことになっちゃって、本当にごめんね」


 身体を離してもなお、理人は痛ましげに目を細めて悠里を見て微笑んだ。

「……でも、もう大丈夫だから。この件は、全部俺に任せてくれる?」




 その声は甘く、そして絶対的な決意に満ちていた。

 理人のあたたかい腕の中で、悠里の恐怖は確かに溶けていく。





 「うん、ありがとう」

 「じゃあ家に帰ろっか。あ、悠里ちゃん夜ご飯は食べた?」

 「いや、私はまだ……」

 「俺も!何も食べずにここに飛んできちゃったからお腹ぺこぺこ。このままお寿司でも行っちゃおっか!」



 二人の間にまた笑い声が戻ってきた。

 ──けれど、どうしてもこれだけは聞けなかった。

 悠里の胸の奥には、高元から突きつけられた『結城紗彩』という名前と、『縁談』の二文字が、抜けない棘のように深く突き刺さったままだった。




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