【1話からの長編大賞用】冴えなかった元彼が、王子様に変身して帰ってきた。
***
「じゃあまた月曜日ね、奥畑ちゃん!」
「はい、お疲れ様でした」
終業のチャイムが鳴って、総務部のフロアには続々と人が捌けていく。
明日できる仕事は明日しましょうというモットーのもと、残業ゼロを今月の目標に掲げている悠里たちは早々に帰り支度をはじめた。
ゴミ箱の中身を空ににして、パソコンの電源を落とす。
そして荷物をまとめて帰宅しようとしたとき、そっとこちらへやってきたのは紗彩だった。
「あの、奥畑さん……」
「結城さん?」
いつもの余裕に満ちた明るい笑顔はそこになかった。
その綺麗な顔にはどこか思い詰めたような切実な色が浮かんでいる。
「あの、少しだけお話しいいですか?」
そう言って連れてこられたのは、十二階のミーティング室だった。
静まり返った部屋の扉を閉めて電気をつけた途端、紗彩は深く頭を下げた。
「本当にごめんなさい!私、丹波さんと奥畑さんがお付き合いされていること、知らなくて……!」
大まかな予想がついていた悠里は、深々と謝る紗彩に「顔をあげてください」と言って前を向かせた。
「今朝、お二人の同棲の噂を耳にしました。それから、私との縁談の噂も出回っていると……」
「……」
「言い訳ですが、私、ここにきたばかりで人間関係のことがまだ全然わからなくて……。それなのに、父と縁談の話を勝手に進めてしまったこと、どうお詫びしていいか……っ」
紗彩の口から語られたのは、今月末に社長主催で行われる別荘でのバーベキューパーティーで、理人との縁談を正式に打診して進めるという話だった。
大型プロジェクトの始動と出張続きで多忙を極めている理人本人にはまだ伝えておらず、明日帰社したタイミングで社長自らが伝える手筈となっていることまで、紗彩はすべて包み隠さず悠里に打ち明けた。
「本当に、申し訳ありませんでした」
もう一度深く頭を下げる紗彩に、悠里は胸が締め付けられる思いだった。
「顔を上げてください、結城さん。結城さんが謝ることでは……」
紗彩は震える両手を胸の前でギュッと握りしめていた。
伏せられた長い睫毛が、微かに震えている。
「いえ、ダメなんです!……私、どうしても丹波さんのことを諦めることができなくてっ」
「え?」
苦しそうに語尾を強めてそう吐き出した紗彩の言葉に、悠里は目の前が真っ暗になった。
「私は……っ、父がこの会社の社長という立場にあるので、昔から自由に恋愛をして結婚することはできないのだと、諦めていました。少なくとも両親が認めるような人でなければいけないのだと、学生のころからずっと、ずっと思い知らされてきました」
ぽつり、ぽつりと紡がれる声には、社長令嬢という華やかな肩書きの裏にある、紗彩自身の深く重い苦悩が滲んでいた。