【1話からの長編大賞用】冴えなかった元彼が、王子様に変身して帰ってきた。
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そして、その日の夜。
二人が暮らすマンションのリビングは、いつもと変わらないあたたかい空気に包まれていた。
洗濯物を畳んで、夕食の準備もして、理人がいつ帰宅してもいいようにお風呂の掃除も済ませている。けれど、ソファに浅く腰掛ける悠里の指先は、どれだけあたためてもそこに温もりが入っていかない。
ガチャリ、と玄関のドアが開く音がした。
「ただいま、悠里ちゃん!」
それは十日間の長い出張を終えて、ようやく帰宅した理人は荷物を置いて一番に悠里の元へ駆け寄る。
そして会えなかった分の寂しさを埋めるように思いきりギュッと抱きしめた。
「……すごく、会いたかった」
「うん、私も」
ずっとこの手に抱きしめられたかった。この声で名前を呼んでもらいたかった。
喉から手が出るほどに会いたかった人が、今、目の前にいる。それでも足底から湧き上がってくる喜びを、悠里は無理やり蓋をして封じ込めた。
「……悠里ちゃん?」
そんな悠里の微かな機微に反応するのが、理人だ。
悠里の声色がいつもと違うことを察して、顔を覗き込みながら心配そうに見つめる。
「何かあった?体調よくない?」
十日も出張に出ていた理人のほうが余程疲れているはずなのに、それでも彼は悠里のことを何よりも大切にして、優先する。
──この人は明日、四ツ谷食品の社長自ら縁談の話を持ちかけられる。
理人ならきっと、断ってくれる。
これまでの理人の思いや行為が、悠里をそう思わせくれている。
「ううん。ちょっとあとで理人くんに話したいことがあるんだよね」
「話?」
「うん。だから先にお風呂行ってきて!お湯張りも完璧だから、疲れてるだろうしまずはゆっくり……」
「先に聞かせて?悠里ちゃんの話」
理人の声がワントーン下がるときは、彼が真剣な話をするときだ。
悠里がどれだけ理人を優先しようとしても、当の本人は彼女の手を引いてそっとソファに座らせる。
「どんな話?」
「わ、私と理人くんの……これからの話」
催促されるがままそういうと、理人の表情が強張った。
そして、悠里の繋いでいた手に力が籠る。
「ごめん、待って?もしかして悠里ちゃん、俺と別れ話をしようとしてる?」
「別れ話じゃ……」
「──絶対、別れないからね」
「え?」
「悠里ちゃんが今から別れ話をするなら俺、聞かない」
そう言って立ち上がった理人は、泣きそうになりながら違う部屋へ移動しようとする。
悠里は理人の袖を力なく摘んでそれを阻止した。
「違うよ、別れ話じゃない」
「じゃあ何?これからの話って」
振り返った理人の顔は、まるで捨てられるのを怯える子供のように切羽詰まった表情を浮かべていた。
「……理人くんはさ、これまで私のためにこの十年間を後悔して努力してきてくれたんだよね」
「そう、だね。悠里ちゃんの隣にふさわしい男になりたくて必死だったよ」
悠里は自ら理人の手を繋いで、もう一度ソファに座るよう促した。
力なくそれに従う理人に、悠里はきちんと向かい合いながら話を続ける。