【1話からの長編大賞用】冴えなかった元彼が、王子様に変身して帰ってきた。
けれど、悠里が泣きながら固まっているのを見て、途端に理人の顔に焦りの色が戻っていく。
「ご、ごめん!えっと、泣かせたいわけじゃなくて……っ。だから、その、中に入れてくれないかな?もし嫌だったらカフェにでも行かない?この時間だから限られてるだろうけど、全然車出すし、すぐ空いてるお店調べるから……!」
悠里の涙に弱い理人は、大慌てでスマホを取り出しながら検索をかけはじめる。
そこには彼女に拒絶されることを誰よりも恐れている、不器用ないつもの理人の姿がそこにあった。
「……ううん、部屋の中で聞かせて?」
そんな理人を見て、悠里は観念したように今度こそ理人を迎え入れると、彼は遠慮気味に玄関を跨いだ。
「お邪魔します」と言って丁寧に靴を揃える。
まだまだ積み上げられたままの段ボールや、整理できていない服や本が所狭しと置かれている様子を、理人は切なそうにぐるりと見渡した。
お互いに一人になってみて、その寂しさを埋められずにいる。
「あ、ごめん理人くん。まさかもう人が来るとは思ってなくて、飲み物の用意が全然なくて……。缶のカフェラテかお水しかないんだけど、どっちがいい?」
「ありがとう。じゃあお水もらってもいい?」
「うん、わかった」
理人の水と自分用のカフェラテを持って、悠里はリビングで待っている彼の元へ手渡した。
悠里の心臓はずっとドキドキと音を立てて忙しない。
理人が持ってきた答えを聞く勇気をかき集めながら、そっと隣へ腰を下ろした。
「あ、えっとね。まずどうして悠里ちゃんの家がわかったかっていうと……前に仁科さんに頭下げて聞き出しちゃった」
「に、仁科さん……」
「勝手に押し掛けて、本当にごめんね。出張からこっちに戻ってきたその足でここに向かってた……」
理人は一口だけ水を含むと、ペットボトルをローテーブルに置いて真っ直ぐに悠里を見つめた。
その真剣な眼差しに、悠里はごくりと喉を鳴らす。
「で、でも今回の出張って一ヶ月くらいかかるって聞いたんだけど……。プロジェクトのトラブルが発生したせいだって」
「全部終わらせてきたよ」
「お、終わらせたって……そんなに早く?」
「自分の力だけでもちゃんとできるんだぞってところを……見せつけてきたつもり」
理人の声のトーンが、一つ落ちていく。
それは理人が真剣に何かを話そうとするときの癖だった。
「それからね、悠里ちゃん。悠里ちゃんが今回の決断をしたのって、結城さんとの縁談の話を聞いていたから……で、合ってる?」
その問いを聞いた瞬間、悠里の心臓が大きく跳ねた。
悠里は「うん」と声を出す代わりに小さく頷く。
「あのね、悠里ちゃんには怒られるかもしれないんだけど……ってか、本当に怒ってもらって大丈夫なんだけど」
「……?」
悠里の好物である缶のカフェラテを持つ手が微かに震える。
怒られるってことは、もしかして──。
理人の口から出てくる次の言葉が怖くて、キュッと目を瞑って備えた。
「俺ね、社長には『結婚を前提にお付き合いをしている人がいるのでお断りさせてください』って──……言ってきちゃった」