【1章だけ大賞長編用】冴えなかった元彼が、王子様に変身して帰ってきた。
「(だからせめて、家事くらいはちゃんとしないと……)」
エプロンの紐をキュッと縛り直して、悠里はフローリングの床拭きを始める。
悠里がここまで完璧に家事を熟せるようになったのは、若いときから裕一の求める完璧さに追いつこうと必死だったからだ。
『これくらいはできるようになっておこうね、僕の秘書なら』
『悠里、雑な仕事をする人と一緒には働けないな。僕のそばにいてくれるなら、もう少し頑張ってほしい』
仕事でもプライベートでも一切隙のなかった裕一は、ことあるごとに二十代の悠里のすることに口を挟んだ。
そして悠里はその指摘をすべてメモし、今ではある一定のことであればなんでも完璧に仕上げることができるようになった。
そんな彼女のことを裕一は褒めた。
けれど、悠里が心の底から安らぐ時間は徐々に少なくなっていった。
「あ、そうだ昨日の洗濯物はもう乾いてるよね」
慣れた手つきでバルコニーに干していたものたちを取り込んで、ソファに座りながら丁寧にシワを伸ばして畳んでいく。
「……いい匂い」
座りこごちのいいソファと、洗濯物から香るかすかな石鹸の匂いに、少しずつ悠里の瞼が沈んでいく。
壁に掛けてある時計は、すでに夜の七時を超えていた。
「理人くん、遅いなぁ」
一緒に夕飯を食べようと仕込んでおいたシチューと副菜たちは冷蔵庫に眠っている。
「(やばい、寝ちゃいそう……)」
途端に襲いかかってくる睡魔に、悠里は極限まで抗う。
理人がまだ帰ってきていないのに、居候の身である自分が先に眠るなんて絶対ダメだ。
そう思いながらも、悠里の意識は少しずつ遠ざかっていく。