【1話からの長編大賞用】冴えなかった元彼が、王子様に変身して帰ってきた。
「──こんなの、悠里ちゃんは聞かなくていい」
そう言って、うしろからそっと悠里の両耳を塞いだのは理人だった。
真っ青になって冷たくなった耳元に、理人のあたたかい体温がじんわりと広がっていく。
閉ざされた音の世界の中で、理人の静かな声の振動だけが背中越し伝わってきた。
「今すぐお引き取りを。これ以上の滞在は許可しません」
「なにを偉そうに、僕はまだ……」
「──出ていけ、と言っているんです」
その低く冷酷な響きに、裕一は息を呑んだ。
これ以上理人には敵わないと観念した裕一は、忌々しげな舌打ちをしながら乱暴な足音と共に会議室の扉を叩きつけるように開いて出て行った。
静寂が戻った室内で、理人はゆっくりと悠里の耳から手を離した。
そして、そのまま震える彼女の華奢な体を包み込むように抱きしめる。
「もう大丈夫だよ。……よく頑張ったね、悠里ちゃん」
「……理人、くん」
耳元で囁かれる、理人の優しい声。
抱きしめられた腕から伝わる、彼特有のぬくもり。
「俺、絶対大丈夫だからね。悠里ちゃんから離れるなんてこと、絶対ないから」
理人の胸の中で、悠里は安堵の涙を流した。
「助けてくれてありがとう。……それから、ごめんね」
その一方で──……それでも、悠里の中に落とされた暗い影はすぐには消えてはくれなかった。