【1話からの長編大賞用】冴えなかった元彼が、王子様に変身して帰ってきた。
***
あれから、悠里の頭の中は裕一が最後に残していった言葉に支配されていた。
『いずれ、彼も僕と同じ選択をすると思うよ?』
『彼だって、いつ出世の欲に駆られてしまうかわからないだろ?』
──そんなわけない。理人くんはあの人とは違う。
頭ではそうわかっていても、かつて信じていた人に一番残酷な形で裏切られたトラウマは、悠里の心をじわじわと侵食していく。
もし、理人くんがいつか私のことを重荷に思ったら?
もし、理人くんのキャリアの邪魔になってしまったら?
「(またあの日のときのように、突然すべてを失って傷つくのだけは……もう嫌だ)」
これ以上、理人の底なしの優しさに甘えてはいけない。
いつ彼が離れていっても傷つかないように、ちゃんと自分の足で立てる準備をしなければ。
そもそも必死で今の会社に転職した理由も、すべては一人で生きていくためだった。
この先一生誰に頼ることもせず、生涯一人で過ごすために安定した職に就く必要があったからだ。
暖房もつけずに電気も消えたままの薄暗いリビングの床で、悠里はこれまで通い詰めていた不動産屋からもらった大量の間取り図の資料や賃貸情報誌を広げた。
「(この際、駅近や立地を望むのはやめにして、もうとにかく借りれるところを優先的に内見予約入れてみよう)」
理人のマンションに住まわせてもらうよになって、もうすぐ二ヶ月が経とうとしていた。
悠里はもっと早く家を見つけてここから出て行く予定だった。
けれど、理人との今の生活があまりにも心地いいものになっていたせいで、最初の勢いが少しずつ薄れていた。悠里は今更ながらそのことに気がついて、酷く自己嫌悪に陥る。
かじかむ指先でページをめくって、手当たり次第に物件に赤丸をつけていく。
そうでもしていないと、今の悠里は目には見えない何かに押しつぶされてしまいそうになっていた。