十秒怪談
理由
高校時代の友人たちと、久しぶりに酒を飲んだときのことだ。
そのうちの一人が、付き合っていた彼女と別れたのだと、ぽつりと漏らした。
誰もが羨むような、美しくて気配りのできる女性だった。読書という共通の趣味もあり、彼は「ゆくゆくは結婚したい」と我々の前で公言してはばからないほど、彼女に惚れ込んでいた。
だからこそ、別れた理由が気になった。
問いただしても、彼はなかなか口を割ろうとしない。仕事ですれ違いが生じたとか、勧めた小説の感想が合わなかったとか、適当な理由を並べるが、そんなことで別れを選ぶとは思えない。どちらかの浮気かと疑ってみたが、即座にきっぱりと否定された。
答えが分からないと、余計に探りたくなるのが人間の性というものだ。我々は示し合わせ、彼に強い酒を次々と勧めた。私も無理をして付き合った。
やがて泥酔した彼は、唐突にこう吐き出した。
「首だよ」
ある夜、彼女が彼の部屋に泊まったときのことらしい。
深夜、隣で寝ていた彼女の腕が不意に当たり、彼は目を覚ました。部屋には空調の微かな音と、彼女の静かな寝息だけが響いている。
彼は身を起こし、自分が引き寄せてしまっていたタオルケットをかけ直してやろうと、ふと横を見下ろした。
彼女の身体は、彼の方を向いて眠っていた。先ほどぶつかってきた腕も、たしかにこちら側にある。
だが、枕に乗った顔だけが、完全に向こう側を向いていたのだという。
顔があるはずの位置には、長い黒髪が流れていた。
「首が、180度――半転していたんだ」
関節が柔らかいんだろ。誰かがそう言った。
だが、彼は顔の前で力なく手を振った。
「人間には、首を回せる限界がある。身体の正面はこちらを向いたまま、顔だけを背中側に向けるなんて、人体の構造上ありえないんだ。俺だって後から何度も試みたさ」
だけど、そんなことで……。
私の漏らした言葉に、「俺もそう思うよ」と彼は自嘲気味に笑った。
頭ではわかっている。
だからどうした、大したことじゃない。実際、すぐに彼女は寝返りを打って、顔と身体の向きを自然に揃えたしな。
その夜の一回だけだ。別に何度もそんな姿を目撃したわけではない。実害なんか何もない。
四年も交際したんだ。思い出だって数え切れない。誰よりも信頼している。
心の底から俺は、彼女を愛している。
そう、自分に何度も言い聞かせた。
だけど、あの夜に見た奇妙な姿が脳裏にこびりついて離れないんだ。
どうしても、彼女を以前とは違う概念として認識してしまう。
すすり泣くような声だった。泥酔していた彼の目には、涙さえ浮かんでいた。
そのうちの一人が、付き合っていた彼女と別れたのだと、ぽつりと漏らした。
誰もが羨むような、美しくて気配りのできる女性だった。読書という共通の趣味もあり、彼は「ゆくゆくは結婚したい」と我々の前で公言してはばからないほど、彼女に惚れ込んでいた。
だからこそ、別れた理由が気になった。
問いただしても、彼はなかなか口を割ろうとしない。仕事ですれ違いが生じたとか、勧めた小説の感想が合わなかったとか、適当な理由を並べるが、そんなことで別れを選ぶとは思えない。どちらかの浮気かと疑ってみたが、即座にきっぱりと否定された。
答えが分からないと、余計に探りたくなるのが人間の性というものだ。我々は示し合わせ、彼に強い酒を次々と勧めた。私も無理をして付き合った。
やがて泥酔した彼は、唐突にこう吐き出した。
「首だよ」
ある夜、彼女が彼の部屋に泊まったときのことらしい。
深夜、隣で寝ていた彼女の腕が不意に当たり、彼は目を覚ました。部屋には空調の微かな音と、彼女の静かな寝息だけが響いている。
彼は身を起こし、自分が引き寄せてしまっていたタオルケットをかけ直してやろうと、ふと横を見下ろした。
彼女の身体は、彼の方を向いて眠っていた。先ほどぶつかってきた腕も、たしかにこちら側にある。
だが、枕に乗った顔だけが、完全に向こう側を向いていたのだという。
顔があるはずの位置には、長い黒髪が流れていた。
「首が、180度――半転していたんだ」
関節が柔らかいんだろ。誰かがそう言った。
だが、彼は顔の前で力なく手を振った。
「人間には、首を回せる限界がある。身体の正面はこちらを向いたまま、顔だけを背中側に向けるなんて、人体の構造上ありえないんだ。俺だって後から何度も試みたさ」
だけど、そんなことで……。
私の漏らした言葉に、「俺もそう思うよ」と彼は自嘲気味に笑った。
頭ではわかっている。
だからどうした、大したことじゃない。実際、すぐに彼女は寝返りを打って、顔と身体の向きを自然に揃えたしな。
その夜の一回だけだ。別に何度もそんな姿を目撃したわけではない。実害なんか何もない。
四年も交際したんだ。思い出だって数え切れない。誰よりも信頼している。
心の底から俺は、彼女を愛している。
そう、自分に何度も言い聞かせた。
だけど、あの夜に見た奇妙な姿が脳裏にこびりついて離れないんだ。
どうしても、彼女を以前とは違う概念として認識してしまう。
すすり泣くような声だった。泥酔していた彼の目には、涙さえ浮かんでいた。