十秒怪談

タチ、タチ、タチ、タチ

とある女性から聞いた話だ。

蝉が鳴き出す少し前、夏の入り口でのことだったという。

前日、前々日と続いた雨がようやく上がり、彼女は溜まっていた洗濯物をまとめて洗い、マンションのベランダに干した。休日で家にいる息子の昼食を用意したり、掃除機をかけたりと家事をこなしたあと、録画したドラマを見ているうちに居眠りをしてしまった。

目を覚まし、夕飯の買い出しに行こうと立ち上がる。出かける前に洗濯物を取り込もうとしたが、外の熱気に反して、衣類はまだ湿気を帯びていた。そのため取り込むのは後回しにして、彼女は家を出た。

普段パート勤めをしている近所のスーパーへ向かい、同僚と少し立ち話をして買い物を済ませた。帰宅後、息子と一緒にアイスを食べて涼をとり、いよいよ日が落ちる前にはと、再びベランダへ向かった。

サンダルをつっかけて外に出た彼女は、洗濯物を掴んで首を傾げた。

先ほどよりも濡れていたのだ。湿っているというレベルではない。強く絞れば水が滲み出てくるほどに、ぐっしょりと水分を含んでいる。

隣の部屋の住人に水でも掛けられたのだろうか。しかし、ベランダの床はまったく濡れておらず、そもそも嫌がらせを受けるような心当たりがない。廊下で会えば他愛のない立ち話もするし、人見知りの夫や息子でさえ挨拶を欠かさない間柄だ。

では、上の階からの悪戯だろうか。上の階の住人の顔は知らない。しかし、騒音などのトラブルは一切起きていない。どちらにしろ床や手すりがまったく濡れた様子がないのだから、それも考えにくい。

なんだかわからない。彼女は釈然としないまま、一つ一つ衣類やタオルに触れていった。やがて、ひどく濡れているものに「ひとつの共通点」があることに気がついた。

タオル、下着、ハンカチ、シャツ。
それらはすべて、夫の持ち物だった。
彼女と息子の衣類は、すっかり乾ききっていたのである。

タチ、タチ、タチ、タチ。

かすかな音がして振り返ると、夫の洗濯物から水滴が滴り落ちていた。

タチ、タチ、タチ、タチ。

ベランダに、見る間に水溜まりができていった。

「だから、その時点で嫌な予感がしていたんです」

彼女はひどく疲れた顔で、静かにそう言った。
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