十秒怪談

事故物件

田代さんは、事故物件に住んだことがある。
大学生のころの話だ。不動産会社に就職した先輩から紹介されたアパートだった。

「一度誰かが住めば告知義務がなくなるから、半年間住んで欲しいんだ」
そう悪びれずに言う先輩が提示した家賃は、相場の三分の一程度だった。人が亡くなったばかりの部屋ということだ。もちろん迷った。

だが、内見に行ってみると、アパートは築年数が古く外観こそくたびれていたが、室内はリフォームされているらしく、とても綺麗だった。一人暮らしに憧れていた田代さんは契約を決めた。

入居した当初は不安も強く、ネットの情報を頼りに部屋の隅へ盛り塩を置いたりもしていたが、一ヶ月もするとやめてしまった。怪奇現象の類は、一切起きなかったからだ。

部屋の不満をしいて挙げるなら、リビングと廊下を繋ぐドアの建て付けが悪かったことくらいだ。
すんなりと開かないことがあって、そういうときは押し開けるのに体重をかける必要があった。しかし、それも些細なこと。すぐに慣れてしまった。

日当たりも良く、住人も静かで、周辺にスーパーや定食屋もある。田代さんはその部屋での暮らしにすっかり満足していた。

事故物件の生活は思いのほか、快適だった。

約束の半年が過ぎ、実家に戻ってしばらくした頃。田代さんの大学の部室に先輩が訪れた。

「お前、あの部屋で幽霊とか見たの?」
後輩への差し入れのハンバーガーを自分で齧りながら、先輩が話題を振ってきた。

「いや、なんにも。俺、霊感ないみたいで」

田代さんが答えると、先輩は「そっか、つまんないな」と少し残念そうに肩をすくめた。

「ちなみに、あの部屋で誰が亡くなったんですか?」
田代さんは、内心ずっと気になっていたことを尋ねてみた。

「三十代の女の人が、首を吊った」

先輩はあっさりと答えた。田代さんは、記憶の中で久方ぶりにあの部屋へ足を踏み入れた。天井を見上げる。あの飾り気のない部屋のどこにロープをかけたんだろう。

腕を組み、ぼんやりと部室の天井を見上げている田代さんを見て、先輩は言った。

「違うよ。ドアノブに電源コードを引っ掛けたんだ」

なるほど。リビングのドアか。田代さんは確信した。
押し開けるときに感じていた、あのひっかかるような重みを、田代さんの右手はしっかりと覚えていた。
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