く ち な し―身代わりの恋
「どういう事?」

大橋は私から離れて、ブラックライトに浮かぶ天井の絵をボンヤリ見て言った。

「大学生の時に、貴女に会った」

「大学生? そんな前に何処で出会ってたの?」

私が何となくこの人を知っているような気がしたのは、そのせい?

「梓の実家の庭で。俺は理の同級生で丁度、遊びに行ってた」

「……え」

私に視線を戻すと、大橋は私の顔に優しく触れてきた。

「黙っててゴメン。理には知られたくなかったんだ」

言ってくれれば、とも思ったけど。
そうしたら、私は、きっとこの人と恋愛はしなかった。

「クチナシの木の側で両親と仲良く話してる梓を見て、その清らかさに釘付けになった。近寄りたいのに、そうさせないオーラを放ってた」

「そんなにツンケンしてた?」

服部からも言われたけど。

「そうじゃない。純潔そのもので尊かった。そういう女性が周りに居なかったから余計に憧れたんだ」

「……」

そんなこと、なかったのに。
私は、どこにでもいる普通の女の子だった。

「だから、まともに誘ったって絶対に無理だろうって思ってた」

大橋は苦い顔をして続けた。

「俺は、その後、直ぐに今の嫁と結婚したんだ。彼女が妊娠したから」

……デキ婚か。
そんな夫婦が時を経て離婚してしまうケースは沢山知っている。

「結婚生活は幸せじゃなかったの?」

ストレートな問いに、少し間をあけて大橋は答えた。

「幸せだったよ。子供が産まれるまでは」

“子供”と口に出した時の顔は、とても苦しそうだった。
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