く ち な し―身代わりの恋
この時。
初めて、大橋は奥さんの名前を口にした。

どこかで聞いた事のある名前だと思った。
その人もまた、理の知り合いかもしれない。

「……もう、私と会わなくても、平気なの?」

私と恋をする事で、現実逃避するんだと言っていたのに。

「梓が幸せになってくれれば、それでいいよ」

大橋は、最後に握手を求めてサヨナラをしようとした。

大きな手。
最後まで冷たい手。
それを握り返して、離したくない、と思った。

「やっぱり……」

″また、会いたい ″

そう言おうとして、止めた。

「これからが梓の人生だよ」

大橋を。
好きになった人を、これ以上苦しめたくないから。

大橋は家の前に停めていた車に乗り込むと、猛スピードで走り去って行った。

まるで後ろ髪引かれる事すら、許さないかのように。
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