く ち な し―身代わりの恋
車体の拭き上げまで終えた大橋は、汗ビッショリだった。
つなぎの背中部分が大きな地図を描いている。

そういえば、男の人が汗をかいて仕事してる姿なんて久しぶりに見た。
今迄に付き合った人は、生徒会の先輩だったり、同じ銀行員だったり、肉体労働系とは程遠かったから。

額の汗を袖口で拭う、端整な横顔をボォッと見ていると、

「風邪、ひかなかった?」

「え?」

不意に尋ねてくるから、変な声が出た。

「今、声、裏返ったよ。 あ、だから。あの大雨の日。凄く濡れてたから透けるほど」

大橋のどの言葉にも恥ずかしさを覚え、私は無愛想に、「いいえ」としか答えられなかった。

「なら良かった」

安堵したような大橋の笑みに再び戸惑う。

「麦茶、持ってきますね」

玄関ドアのノブを引いて、そうだった、と鍵をかけた事を思い出した。

それなのに、お茶を出すなんて。
警戒心が薄れてきたのかもしれない。
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