く ち な し―身代わりの恋
ーけれど。
大橋は、唇には触れてこなかった。

「……?」

いつの間にか私から離れて、夕陽が輝き出した湾の方を向いていた。

「誰か来た」

「え」

そっと振り返ると、展望台への階段を五十代くらいの女性が二人で昇ってきていた。

「ここ景色いいから」「春は桜がねぇ」

先客の私達にも目もくれず、写真を撮りまくっている。
すかさず大橋にサングラスを渡され、それをかけた私は下を向いて、階段を降りていく彼についていった。

……危なかったー―。


「今度は、ラルク(私の好きなバンド)の曲だらけにしておくから」

別れ際、大橋は言った。

「車の中で大音量で歌っていいよ。それともカラオケに行く?」

私は、まとめて「うん」といい、サングラスを外して返したが、受け取って貰えず。

「持ってて」

「え?」

「次に会う時に返してくれればいい」

大橋は、少しだけ名残惜しそうに私の手を握ってから自身の車に乗り込む。

私も、直ぐに自分の車へ。
彼の車が先に、同じ山道を下っていく。
大きな道路に出た交差点から、二台は別々の方角へ向かう。

私は車内の音楽をラルクに変えて、大音量で聴き、ノリノリで唄っていた。
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